鳥籠は消えて

 ――皆さん。聞こえますか?


 ジウの背中を見つめていたアヤとサヨの頭に、声が響いた。

「まさか……ユキの声か?」

 アヤが驚いて後ろを振り返った。

 ジウも、ハッと顔を上げて振り返った。


 そして、自分が生まれ育った街の姿を、生まれて初めて見た。


 枯れ果てた大地に、近くからでは全貌が解らないほど、巨大な真っ白な半球が突き出している。


 半球は頂上からひび割れて、少しずつ少しずつ、黄金色に光りながら、内側に溶け落ちている。


 ――今、皆さんは、天上を見上げていますか?

 天上に浮かんでいた映像が見えましたか?

 あれは、神話の、絵本の、真実の映像です――


 結界は、強いところと弱いところがあるのか、白い壁がなかなか消えないところと、どんどん溶け落ちていくところが交互になっている。

 まるで鳥籠のようだとジウは思った。


 ――この街は、はるか昔、大きく広い世界の一部でした。

 だけれど、醜い争いの末、その広い世界からこの街だけを切り取って、朝の来ない空間に閉じこもる決断をしなくてはならなくなったんです――


 徐々に徐々に、白い鳥籠は溶けるように消えて行って、硝子森が見えた。

 砂嵐も、もう吹いていないようだった。

 現実感を失うような光景を目に、ジウも、アヤもサヨも、呆然とするばかりだった。


 ――今、閉じ込められていた時は、終わりました。

 僕らはこれから、広大な世界の一部に戻って、新たな第一歩を踏み出さなくてはいけない。

 それはきっと、今まで経験したこともないような困難と苦悩を強いられる日々になると思う――


 ユキの言葉が、ユキの声が、呆然としたジウの頭の中に、鮮烈に響いていた。


 ――だけど、僕たちは、千年以上も前の時代の人たちが、たくさんの人たちが、己の命を犠牲にしてまで、未来に残してくれた希望の種なんです。

 絶対に負けちゃいけない。諦めちゃいけない――


 あーあ。結局、貧乏くじひいてんな……。

 ジウはユキの力強い声を聞きながら、そう思った。

 もう出兵しなくてよくなったってのに。

 アイツは結局、皆を護るために力を尽くすんだな。


 ――今まで、千年以上も永い間、ぼくらを護っていてくれた、お姫様とくろいとりはもういないけれど、彼らが遺してくれた僕らという命は、無駄な存在じゃない。必ず、前に進むことができる――


 白い鳥籠はもうほとんど消滅して、黄金色の光の雨も、少しずつ弱くなり始めていた。

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