慈しみの雨

「何だ……何が……?」

 アヤが呆然と呟いたと同時、ガシャンという音がアヤの心を引き戻した。


 ジウがジュナを押し倒した音だった。

 ジウは光の雨を浴びて、動きを止めたジュナの隙をついて、肩を押して地面に押し倒した。

 何故か視界が滲んだ。

 ジュナの手が、槍から離れた。

 ジウはジュナの頭に巻かれた布にそっと触れて、側頭部の辺りを少しだけ引っ張り、ジュナの頭に当たらないように気を付けて剣で切り裂いた。

 剣を投げ捨てて、頭に纏わりついた布を払うと、ジュナの額が露になった。

 真っ白な額には、真っ赤な魔法円が浮かび上がっていた。

 魔法円がぼんやり光って消えると、ジュナの頬が僅かに動いた。

 今までとは違い、明らかに瞳に感情が宿る。

 目を大きく見開いて、ジウのライトグリーンの瞳を真っ直ぐに見つめた。


「アータ……博士?」


 ジュナが今までとは違う、千年ぶりに心の通った声を出した。

 ジウは目が沁みて、思わず目を閉じた。

 ジュナの頬にぽたぽたと何かが零れ落ちた。

「計画は、終わったのですか?」


 ちがう。

 ちがうちがう。


「ちがう」

 ジウの声はひび割れていた。

「え?」

「ちがうよ。俺を見ろよ。博士じゃねえよ。もう皆、先にいっちまったんだ」


 ジュナの大きく見開かれた瞳が、一度まばたきをして、今度は眩しいものを見るように細くなった。


「アンタも、もう自由だ。全部、終わったんだよ」


 背中に太陽を背負って、ジウは、我知らず大粒の涙を流していた。

 ジュナは、困惑したような顔をしていたが、自分に降りかかってくる涙に触れようとした。

 そして、輝く光の粒子を見て、驚いたような顔をした後、もう一度ジウの瞳を見た。


「そうか。ありがとう」


 そう言ったジュナの顔は、優しく、穏やかに微笑んでいた。

 まるで、女神のようだった。


「もう、泣くな」


 そう言ってジウの頬に差し伸べられた両腕は、もう光の粒になって消えかかっていた。

 キラキラ輝く粒子が、優しくジウの頬を撫でて、涙と一緒に何も無い大地にしみこんで消えた。

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