壊れてしまった人形の涙

 ――結界を解いて、街を解放するには、エトランゼを止めるしかない。

 エトランゼが壊れてしまった今、止める方法は、彼女と天球儀の繋がりを強制的に切断するしかない。

 頭の環に付いている管を切ればいい。

 そうすれば、天球儀も、塔も、全てが徐々に止まっていく。


 私も、エトランゼも、ようやく眠れる――



 我ながら、残酷で無責任なことだと、カラスは思った。



 ――それって、コルボ様とイーシャ姫様を、殺すってこと?――


 そう言った時のシノの顔は、悲痛なものだった。


 ――コルボはとうの昔に死んだ。

 私はカラスだ。

 絵本の住人だよ。

 人じゃない。

 イーシャ姫もだ。

 もういない。

 私も、エトランゼ――イーシャ姫も、もう人じゃない。

 ただの人形だ。


 殺すんじゃない。

 止めるんだ。

 動いているのが不自然な人形の、動力源を断って、自然な形に戻すんだ。


 それだけだ――


 ――それだけ、だって? なら――


 ――俺がやる――


 シノの肩の荷を下ろしたくて、ぐだぐだと言い訳を並べたカラスに、ジウとユキとアヤが、同時にそう言った。


 ――女王は、エトランゼは、カゴミヤ計画の要。

 女王が止まればすべて終わる。

 女王はそれを知っている。

 故に、自分を傷つけないように、市民の意識を制御してしまう。

 だから、少しでも影響を受けない者でなくては、できないだろう――



 ――コルボ様、くるしい? ――

 シノが、震える声で言った。

 ――終わりにしなきゃ、いけないんだよね? ――

 カラスは、何も言えなかった。答えられなかった。

 だがシノは、足元に置いた槍を拾って、真っ直ぐにカラスを見て言った。


 ――わかった。やる。できるよ――


 俺が。

 この足が動けば。


 カラスはそう思いながら「ありがとう」と答えるだけで、精一杯だった。


 五人が出ていった部屋には、今までずっと、もう千年も続いていた静寂が戻っていた。

 だが、カラスの心に千年以上も時を超えて帰ってきた感情は、数時間前のように凪いではくれなかった。


 悔しくて、無力な自分が悔しくて、両腕と両足を引き千切りたい衝動に駆られた。


 だが、この両手足に纏わりつく管が、頭に縛り付けられた環が、外れてしまっては、街の生命維持のための機能が全て停止してしまう、

 自分はこの椅子から、無様に転げ落ちることすらできやしない。


 あんまりにも、あんまりにも無力だ。


「エトランゼ」


 言葉と一緒に涙がこぼれても、ぬぐう事すらできやしなかった。

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