イケニエ
――イケニエ?
聞いたこともない言葉だった。
「守護者となった者達は、天球儀に少しずつ魔力を送る為の、魔法円が描かれた兜を身に付ける。それにより自我を失い、身体の時間は止まり、魔力を全て天球儀に吸い付くされ駆動限界が来て、身体が崩壊、消滅するまで、エトランゼの願いを全うする為だけの操り人形となって働き続ける」
ジウの思考は唐突に停止した。
「――――は?」
かろうじて絞り出た声は、かすれてただの呼吸音にしか聞こえなかった。
「私や、エトランゼと同じ……いや、もっと惨いな。この塔に捧げられた犠牲者だ」
――出兵する者は、出兵するその日に墓標に名が刻まれる。
――出兵した者は、二度と帰ってこない。
――出兵は死と同義。
永い永い時の中で、貴族達は「誉れ」と称して我が子を死に追いやってきたのだ。
それは、例え話でも何でもなかった。
「そんな……それじゃ……」
シノが目を大きく見開いてユキを見た。言いかけた言葉の続きは出てこなかった。
ユキは真っ青な顔をしていた。本を持つ手が震えていた。
サヨは両手で顔を覆っていた。
「大人達は……」
ジウは、何かから逃げ出そうとするかのように麻痺し始めた心に抗い、必死に声を絞り出した。
「大人たちは、守護者が自我を失うって、知ってんのか」
声が震えるのは止められなかった。
カラスはジウのライトグリーンの瞳を、真っ直ぐに、強い瞳で見つめた。痛みを堪えるような、そんな顔をしていた。それでも、どんなに痛くても、目を逸らさずに答えた。
「今の市民は、恐らくもう誰も、この事実を知らないだろう」
「知らない? そんな大事なことを?」
シノが信じられないと言いたげな声で言った。
「この街に生きる生命は、エトランゼの祈りの下、思考を制御されている。街を維持するために、満月の塔が存続するにあたって不都合となり得る情報は、考えることはもちろん、言葉にすることも難しい。徐々に忘れ去られてしまうのは、当然のことだ」
――当然?
アヤがユキの手元の本から顔を上げた。
「俺たちがこの記録書を手に入れてから、何度か頭痛がしたが、あれはそのせいか?」
「ああ、そうだ」
アヤとカラスの会話は、ジウには遠くに聞こえた。
「外を望まぬように、外のことを考えないように、制御されているんだ。アータ博士が、結界を解除する為に遺したその記録書について考えたり、話したりするのは、エトランゼの祈りに抵抗することになる。身体的な苦痛も伴うだろう」
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