昔語り3

 頂上にある「満月」は、街の生命維持に欠かせないものだ。


 あの光は、結界内を外の、本来のあるべき世界の形に近付けるために必要不可欠なものなんだ。

 そして中には、エトランゼがいる。


 エトランゼが座る女王の椅子は、天球儀と直結し、結界を維持すると同時に、この街の中の全ての生きものの意識を統制している。


 外に出たいと望まぬよう。


 外を知りたいと望まぬよう。


 人や動物の考えや心を操作・制御しているんだ。

 そうしないと、人々は閉じ込められているという精神的な苦痛から、心を病んでしまい、挙句の果てには死んでしまう恐れがあるからだ。


 エトランゼは、己の生命と精神を犠牲にして、街に住む全ての生命の、思考を制御しているんだ。


 ジュナ・マウナ・アータ博士・リグ王太子妃……たくさんの人々が力を合わせて、結界を張った。それは、王都の外にいる人々を置き去りにするという辛い決断でもあった。


 計画を発動した翌日。

 結界の外では、きっといろんなことが起こったのだろう。


 総攻撃は予定通り行われたそうだ。


 外の様子が解らなければ、外に出て良いかどうかの判断もできない。そのため、アータ博士は、一羽の鳥を使い魔にして、外に放していた。マウナの高度な医療魔術の応用だと聞いたが、鳥と自分の視野を繋げて、鳥が見ているものを己でも見えるようにしたと言っていた。

 その目で、アータ博士は一部始終を見たそうだ。


 アータ博士は泣いていた。


 酷い光景だと言っていた。


 森も、山も、街も、何もかも焼き尽くされたと。


 この街の結界以外は、もはやただの焦げ付いた荒野となってしまったと。


 たった一度の攻撃だったと。


 たった一撃の光線が走ったあと、全て焦土と化したと言っていた。


 そこまでの攻撃力のある兵器を、祖国が保有していたことを、私は知らなかった。

 恐らく、新しい兵器だったのだろう。


 その未知の攻撃が予想をはるかに上回る破壊力であった為に、アータ博士と繋いであった鳥も、すぐに死んでしまった。


 我々の計画は早速躓いた。

 外の状況を知る手立てを失ってしまったのだ。

 他にも外を見るための使い魔や、魔法も用意したと聞いたが、全て焼き尽くされてしまったそうだ。

 アータ博士も、すっかり心が壊れてしまった。

 どれほどの恐ろしい光景を見たのか……。


 更に、外の大地が死んでしまった影響なのか、結界近くの森の木々が、数か月後に枯れ始めた。

 その頃にはまだ、多くの貴族や騎士たちが自我を保っていた。

 残っていた魔法を使える者たちで、木々を結晶化させ、大地の汚染をそこで食い止めた。木々の生命を代償にして、大地の時を止めたのだと聞いた。

 それが、お前たちの知っている硝子森だ。


 硝子森の外側には、結界壁内部にある非常用の通路に市民が迷い込まないために、強い風が常に吹き荒れている。

 その風が、死にかけた大地を削り、その砂を巻き上げているのが、砂嵐だ。


 こうしてこの街は、結界と砂嵐に護られて、気の遠くなるほど永い時間を過ごしてしまった。


 街の住人全員の記憶から、戦争も、魔法も、外も、朝も、全て忘れ去られてしまうほどの、永い永い時が流れてしまった。


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