月を頂く塔、声

 滑り落ちるとはどういうことか、中はどうなっているのか。解らないが、他に退路はないように思えた。


「行くか」


 ジウがそう言った、次の瞬間。


 ――逃げて。


 女の声が頭に響いた。


「これ――!」


 今まで何度か頭痛と共に聞こえた声だった。

 今までと違い、頭痛はないものの、声は大きくはっきりと聞こえた。


「わっ! なっなに?!」


 今度はシノにも聞こえたようだ。


 ――逃げて。早く。


「エトランゼ!」


 サヨが叫んだ。サヨにも聞こえているらしい。


「エトランゼって、この声、もしかして……」


 ユキが言いながら、女王を見た。


「この声、あの女の人の声?」


 シノがユキの言葉の続きを言う。

 ジウも女王を見た。見た目には何の変化もない。それどころか、唇も瞳も、全く動いていない。


 ――記録書を、彼に。


 ジウは女王を見ていて、その前で槍を構えていたジュナの様子がおかしいことに気付いた。


 先程、自分達を襲おうとして動きを止めた守護者たちのように、こちらに駆け出そうとした姿勢のまま固まっている。

 槍を持つ手が、駆け出そうとした足が、不自然な所で動きを止め、細かく震えている。


 ――今のうちに、早く。


「まさか、アンタが」


 アンタがジュナを止めてるのかと言おうとしたジウだったが、言い終わる前にユキに腕を引かれた。


「行こう!」


 四人とサヨは慌てて駆け出す。

 サヨはまだ抵抗していた。


「いや、わたしは、エトランゼに……!」


 ――その娘を、サヨを頼みます。


 また響いた。ジウが振り向くと、女王はやはり全く動いていなかったが、ジュナは虚ろな無表情のまま、両目から涙を流していた。

 ジウは思わず立ち止まった。


「ジュナ、アンタ……」

「行くよ、ジウ!」


 何を言おうとしたのか、自分でも解らない。何をしようと思ったのかも解らない。だが、何かをジュナに伝えようとしたジウは、ユキに引っ張られ、無理矢理穴に押し込まれる。

 暗闇に入る直前、少し小さくなった女王の声が聞こえた。


 ――ごめんなさいね……ジュナ。

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