月を頂く塔、襲撃

 驚くジウのことはお構いなしに、シノがさらに少女に詰め寄る。


「忘れちゃった? サヨだよね? 違ってたら、違うって言ってくれたら嬉しいんだけど」


「シノ……アヤ……」


 少女――サヨが消え入りそうな声で呟いた。


「うそ。シノもアヤも、そんな声じゃなかった」


 今にも泣きだしそうな声だった。


「大きくなったんだよ。声も、身体も、大人になったの」

「おとな……?」


 シノが笑いながら言うが、サヨは理解が追いつかない様子だった。


「わ、わたしは……」


 サヨが何かを言おうとした時、階段の上から、ガシャンという音がした。聞き覚えのある、金属質の足音。

 サヨがハッと顔を上げた。

 アヤがほとんど反射的に駆け出して、サヨの手を掴んだ。


「えっ? だれ? やだ」

「ごめん、でも、早く」


 アヤは早口でそう言うと、サヨの手を無理矢理引いて、ジウ達の方へ駆けだした。

 直後、サヨがほんの数秒前まで立っていた場所に、雷光が走り、槍が天井を通り抜けて一直線に落下してきた。槍は、バチバチ放電しながら、床に突き刺さっている。どういうわけか天井に穴はなく、何事もなかったかのように無傷だった。


「――っ!」

「来るぞ!」


 叫びながら、ユキが剣を構えた。

 シノがアヤとサヨに手を貸して自分たちの方へ引き寄せる。


 直後、金属質の足音の主が階段から現れた。


「危険因子を確認。排除する」


 美しく、虚ろな女守護者。全く情のない声が、肉厚な唇から漏れる。


「ジュナ!」


 サヨが叫んだ。

 ――やっぱり。

 心の中でジウはそう思った。この女守護者は、夢に出てきたあの女性騎士団長だ。


「ジュナ! やめて! この人たちは、市民ですよ! エトランゼが――」


 サヨが必死に呼びかけるが、ジュナは眉一つ動かさずに、床に突き刺さった槍を抜き、構えた。


「下がって!」

 シノがサヨを抑えた。

「カラスの所へ」


 ユキが言った瞬間、ジュナの瞳が僅かに揺れた。

 四人とサヨが少しずつ下がり出したと同時、ジュナの声が冷たく響いた。


「アサが来てはならない。タイヨウがのぼってはならない」


 ジウが、またそれかと思うが早いか、ジュナが動いた。

 槍を構えて、電光石火、四人とサヨに向けて突進して来る。


「よけて!」


 ユキがアヤとシノをサヨごと突き飛ばし、ジウの腕を引いて横に転げた。

 ジウが無様に転げた次の瞬間、先ほどまで立っていた空間をジュナの、雷を纏った槍が切り裂いていく。

 ジウはぞっとしながらも、内側に何かが沸々と湧き上がるのを感じた。


 怒り――のようなもの。


 ジュナがカラスの部屋の扉の前で止まり、こちらに振り返る。


 退路を断たれた。


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