異国のひな鳥の記憶4

 その日の深夜。

 コルボは全身を真っ黒な装備で包み、口元を覆う黒いマスクをして、城に忍び込む支度を整えていた。

 黒い手袋に、黒いマスク、黒いブーツ。

 まるであの黒い鳥のようだ。


 コルボという名は、あの黒い鳥を意味する言葉だ。


 コルボはこの日のために――敵の王城内を探るために、ここに暮らしているのだ。

 自分と、家族になるためなどではない。


 リューは暗澹あんたんたる思いで、家の裏口で支度しているコルボを見つめていた。


 台所には、あのマダムがくれた焼き菓子がおいてある。

 リューの叶わない夢の象徴のようだ。

 そんなリューの思いを知ってか、コルボはマスクを下ろして、焼き菓子を一つ口に放り込んで、ニッと笑った。

 リューの頭をいつものように乱暴に撫でまわすと、左目の眼帯に触れて言った。


「この戦争が終わって、俺達が無事だったなら、お前を俺の養子にしたい」


「へ?」

 リューは一瞬、理解が追いつかず混乱した。


 養子……?


「この街に来てから、ずっと考えていた。お前も考えといてくれ」

 言うなり、コルボはマスクを着けて、リューの返答を待たずにドアを開けた。


「あ。お気をつけて」

 リューは慌てて、小さな声で言った。

 コルボは振り向かずに、片手を上げて出て行った。


 リューはコルボが言った言葉を思い出し、頭の中で何度もはんすうして、ドキドキしていた。


 養子? あの人と、本当の家族になれる?

 夢みたいだ。


 ――夢。


 そう、夢だ。きっと叶わない。


 リューとコルボの任務が終わる時、それはこの王都に総攻撃がかかる時。

 この王国を滅ぼす時。

 自分たちの存在は、一部の上層部しか知らない。当然自分たちも攻撃対象となる。

 そして、優しく、善良なこの街の人々も、戦乱に怯え苦しむ難民たちも皆。


 みんな――。


 リューは希望の光を見つけたと同時、その光に辿り着くまでに支払わねばならない代償の大きさも改めて自覚し、何とも言えない、辛い気持ちになった。


 寝室に戻ると、窓を開けて空を見上げた。

 月のない今夜の夜空には、白い星屑たちがキラキラと輝いていた。


 その儚い光に、リューはコルボの無事を祈った。祈ることしかできなかった。

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