異国のひな鳥の記憶3

 リューとコルボは、夕暮れを前に、森にほど近い街の外れにある難民たちに当てがわれた一角に帰ってきていた。

 中でも一番森に近い場所にある小さな家が、リューたちに与えられた家だ。


「あらぁ、リューちゃん、コルボさん」

 恰幅の良い中年女性が声をかけてきた。

 この王都の住民で、難民たちの世話を無償でしている奇特な女性だ。


「どうも、マダム」

 コルボが笑顔で答える横で、リューは無言で会釈をした。この国の言葉はしっかり学んでいて、聞くことも話すこともできるが、難民を装っているので、リューは言葉が解らないふりをしていた。この方が、ボロが出ない。


「おいしいお野菜をお母さんに届けておいたから、お料理してもらってね。あと、私が焼いたお菓子も置いてきたから、是非食べてねえ」

「いつもすみません」

 にこにこと笑う女性に、コルボがそつなく礼を言う。


 この女性が作ってくれるお菓子は、甘くて、幸せな味がした。

 リューは、こんなにおいしいものがこの世にあるなんて、と心から感動した。

 だからこそ、リューは、このお菓子を食べるのが辛かった。


 家に帰ると、夕食の支度が整っていた。

「お母さん」は料理上手でとても優しい。

 リューは何度も何度も、これが任務などではなく、真実の家族だったらどんなにいいかと思い、思う度にそんな甘い妄想を打ち消すのに苦心した。


 リューたちは偽名を名乗っている。コルボもリューも、本当の名前ではない。

 お互いの本名も知らない。

 だが、本当の名などもういらないとさえ思っていた。


 ――リューになりたい。リューになってしまいたい。


 叶わぬ夢を心に抱いているのは、辛かった。

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