黒い鳥の誘い

哀しみの淵

 目の前で起こった事が、とても現実と思えず、アヤは頭が真っ白になっていた。

 眼前では、いつも自分をばかにしたような態度をとる、貴族の友人が、見たこともない顔で床に突っ伏している。

 先ほどまでは「兄」と呼んだ守護者が、砂となって消えた天井を見上げていたが、今は膝を着き、床に突っ伏して声も出さずに泣いていた。

 貴族なんて大嫌いだ。

 自分たちの――自分の両親の、努力の成果を、研究結果を簡単に奪い取って、堂々と己の功績として発表し、実際に動いた平民達の名は記録にも残さない。ずっと最低だと思っていた。

 この友人達に出会うまでは。

 彼等と知り合い、貴族も自分と同じ人間なんだと、そんな当たり前のことにやっと気付いた。だが、それでもやはりどこか距離があった。

 決して本音を見せないような、どこか冷めた関係だったように思う。

 以前より親しくなっとは言え、いけ好かないところがあると思っていた。心のどこかで、所詮は貴族と思っていた。

 そんなジウが、今、眼前で家族を失い、泣いている。

 不思議な感じがした。

 かける言葉なんて見つかるわけもなく、ただ呆けて見ているしかない自分に、少し腹が立った。

「アヤ。今の人、ジウのお兄さんだったのかな」

 シノが震える声で言った。シノは、アヤの斜め後ろで、膝立ちのまま、やはり呆然としていた。

「そうみたいだな」

 一体何が起こったんだ。

 答えながら、アヤは考えていた。

 人が、硝子森の砂のようになって消えるなど、あるものだろうか。

 あの女守護者が何かしたのか。魔法の一種なのか。

 そもそも人は死んだ後どうなるのか。

 自分の両親の時はどうだったか。

 確か、街の外れにある墓所で火葬され、その後はそれぞれの地域ごとに分けられた墓地の墓標に、名前が刻まれたはずだ。

 遺体は棺に入れられて、真っ白で無機質な、四角く巨大な装置の中に、棺ごと入れられる。遺族はそこまでしか見られない。その装置の中で火葬されるのだ。

 火葬。火で燃やされるのだと聞いた。

 王立研究所に入って、あの装置も、古代の魔法の技術が関わっているらしいと知った。

 だが、あの装置の中で本当に何が起こっているのかは、解らない。この目で見ることはできないのだ。本当に火で燃やされているのかも解らない。

 もしや、今、目の前で起こったことと、同じようなことが起こっていたのかもしれない。

 確かめる術もないのだが。

 確かめたところで、亡くなった人々が戻ってくるわけでもない。

 あの友人の涙を止めてやれるわけでもない。

 ――だめだ、混乱している。

 アヤは、冷静さを取り戻そうとて、本能的に書物を求めた。無意識に記録書を探して、さっき奪われたことを思い出した。


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