無力な小鳥たち

 記録書は奪われてしまったが、この通路の図面はある程度、頭に入っている。アヤは冷静になるよう努めて考えた。通路の図面を記憶していたとしても、あれを失くしたのは大きい。

 だが、これでもう守護者に追われる心配はなくなったのかもしれない。


 この中は、存分に探索できる……ということか。

 ただ――ジウが、どうするか。


 家族を失うことは辛いことだ。

 アヤは、両親や王立研究所の先輩達から聞いて、出兵がどういうことか、それとなく知っていた。

 出兵するということは、あの満月の塔に入って、二度と帰ってこないということだ。出兵した貴族は、その名を、出兵するその日に墓標に刻まれるのだと聞いた。

 つまり、残された家族にとっては、出兵とは死と同義だということだ。

 ジウは、兄を、出兵の日と今と、二度失ったのだ。

 その心の傷の深さは、寿命を全うし、静かに眠った両親を見送った自分やシノとは、また違うものだろう。

 想像することはできても、真に理解することはできはしない。

 アヤは、本当に無力な自分が嫌になった。


 どのくらい沈黙していただろう。

 重い空気を動かしたのは、他でもない、ジウだった。

「わりぃ、先、行かなきゃな」

 ズズっと鼻をすする音がした。

 いつも着ているシャツの袖で、顔を乱暴に拭いて立ち上がったジウは、やはり見た事のない憔悴しきった表情をしていた。


「あ……記録書」

 ジウは何とも頼りないしぐさできょろきょろと足元を見渡した。

「守護者が持って行った」

 アヤは、どの程度できたか自分では判断できないが、いつも通りの口調を心がけて言った。

「え? あ……そうか。わりぃ、俺……」

「気にするな。この通路の図なら、頭に入っている」

 そっぽを向いてアヤが言うと、シノが後ろで「えっほんと?」と、とぼけた声を上げた。

「はは、アヤ君、スゲーな」

 力なくジウが言った。いつもなら嫌味のひとつも言うところだろうに。全く調子が狂う。

 そう言えば、先ほどからユキが言葉を発していない。ユキはいつも周りを気にかけて、優しく、正しく立ち回る。そんな存在だ。

 ユキは、家族の中で長子である自分が出兵するのだと、ずっと覚悟していた。それにアヤも気付いていたから、大嫌いな貴族であっても、ユキだけは特別だった。

 ユキは、責任感が強く、優しいのだ。その姿勢は、相手が誰であろうと変わらない。

 貴族であっても、平民であっても。

 実際、自分たち四人がつるむようになったのも、ユキがシノに声をかけたのが始まりだった。

 そんなユキでも、さすがにジウの兄の最期は、衝撃だったに違いない。


 もうすぐ自分も守護者になるという時に、目の前で守護者があんな風に消えてしまったうえ、その守護者は幼馴染の兄で、自分も見知った存在だ。きっといろいろな感情が渦巻いているに違いない。

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