出発
アヤは、本を指すと「この本を今から記録書と呼ぼうと思うがいいか」と前置きして、自身の立てた仮説を説明しだした。
「絵本の話は、この街のはじまりの話だって言われてるだろ。それが本当だとすれば、この記録書が書かれるよりも、もっと前の時代の話だって可能性があるだろ。もしそうだったとして、絵本には既に満月の塔が描かれていることから、記録書よりも前に満月の塔はできていたってことになる」
アヤの話は、あまりに大きな話で、やはりジウには現実感が持てなかった。シノなどすっかり置いて行かれた顔をしている。
「つまり、俺が言いたいのは、この図は塔を新しく建てる為のものじゃなくて、カゴミヤ計画の為に、塔を改造した時のものなんじゃないかってことだ」
「ああ。アヤ、何の為にこの記録書が作られたかってことから考えてるんだね」
「ははあ。俺、そこまでは考えてなかったな」
ユキとジウがそれぞれ素直に感心して言った。
ほんの少し顔が赤くなったアヤの横で、何故かシノが自慢気な顔をしている。
「そこまで考えなきゃ、本当に何が書いてあるのか解らないだろ。全部の文字が読めるワケじゃないんだし」
照れ隠しだろう、アヤは早口になってそう言うと、記録書に目線を戻した。
「で、塔の内部はちょっと飛ばすぞ」
言いながら、アヤは指を下の方へ滑らせて、塔の地下の部分まで移動させた。
「ここが『制御室』。そして『カラスの椅子』と書いてある」
「カラス! 絵本のくろいとり!」
シノが目を輝かせて声を上げた。
また絵本と繋がった。
「やっぱり絵本は実話なんじゃん!」
シノが楽しそうに言う。
「だから、実話だとしてもそのまま鵜呑みはおかしいって。鳥は話さない。くろいとりは何かの例えだろうさ」
浮かれるシノに苦言を呈するようにアヤが言った。
「けど、絵本の上でのお姫様とカラスに該当する存在が、はるか昔にいたってことじゃない?」
ユキの問いに、アヤは「その可能性はあるが」と答えた。
「とりあえず、絵本が実話かどうかは置いておくとして、この『カラスの椅子』がある部屋。ここに、シノが見たって扉の先にあると思われる、謎の建物が繋がってるんだ」
アヤは人さし指で図をなぞりながら説明した。
その指先を見つめながら、今まで中がどうなっているかなど、考えたこともなかった満月の塔の、中に入れるかもしれないと、ジウは、現実感を喪失したままぼんやりと考えていた。
そのぼんやりと霞んだ思考の中に、ハッキリと長兄の姿が浮かんだ。
満月の塔には守護者がいる。長兄もいる。
会えるかもしれない。兄さんに。
ジウの心臓が僅かに跳ねた。
頭の中に、長兄の優しい声が甦る。
「塔に、入るの?」
シノが少し怯えた様子で言った。
「俺は、この記録書に書かれている内容に興味があるんだ。塔の中に行ったりしたら、記録書が取り上げられるだろ。とりあえず、この記録書の図の通りの場所に、その通りのものがあるのか確かめたいだけだ。塔に入る必要はない」
アヤの返事を聞いたシノは「だよね」と胸を撫で下ろした。
「じゃあ、扉を確認したらまた戻ってくる?」
「可能なら」
ユキの問いに答えたアヤの言葉が、浮わついていたジウの心を現実に引き戻した。
また守護者に襲われるかもしれない。
胃の腑が浮き上がるような不安と恐怖から、ジウは無理矢理目を逸らして、こっそり深呼吸をした。
――もう戻れない。
また何か、頭の中に響いた気がした。
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