響き出す声

 アヤは、王立研究所で古文書や古代文字の研究の手伝いをしているのだ。古語が読めなくては、やっていけない仕事だろう。

 よし、明日学院に持って行ってアヤに見せよう。

 そう思いながら、更に頁をめくってみると、後半に設計図のようなものが出てきた。

「これ――」

 満月の塔。

 そこには、ジウの大嫌いな満月の塔の精巧な図が描かれていた。

 周囲にある四本の大樹こそ描かれていないが、細長い無機質な円筒形。頂きにある巨大な球体。

 間違いなく満月の塔だ。

 次の頁を開く。ジウは、全身が粟立つのを感じた。

 そこに描かれていたのは、満月の塔の内部だった。

 全体を縦半分に割って、左右に開いたような図があり、各階にどんな部屋があるのかが簡単に記してあった。

 中心に螺旋階段があり、外からでは解らなかったが、この図でいくと、どうやら地下室もあるらしい。

 次の頁からは、各階の各部屋について更に詳しく描いてあった。

 各図に付け加えられている注釈は、やはり読めなかったが、それでもかなり事細かに説明しているのだろうことは予想できた。それほど詳細な図と、たくさんの文字数だった。

 そして最もジウが驚いたのは、塔の頂上にある巨大な球体――満月の内部も部屋になっているらしいことだった。

 今まで何となく、巨大なランプのようなもので、街を照らす為だけのものだと思っていた。

 ジウはごくりと喉を鳴らした。

 不意に、指で見取り図をなぞったとき、ジウの頭に激しい痛みが走った。

「――っ!」

 あまりの痛みと驚きで、本を取り落としそうになったが、何とか踏みとどまる。息もできず、身を固くしていると、今度は耳鳴りがしてきた。

 不快な高音がジウの脳内を支配し、外の音が一切聞こえなくなった時、女性の声のような音が聞こえた。



「――――い」



 耳鳴りの高音に埋もれた、か細くか弱い声は、ほとんど聞き取れない。

 何だか悲しそうだ。

 そう思った途端、痛みや不快感よりも、胸が張り裂けそうな悲しみに襲われた。

 両目に何かが沁みて、開けていられなくなり、思わずきつく閉じた時、扉を開ける音がした。


「失礼いたします」

 聞き慣れた抑揚のない声が背後から聞こえた。

「ぼっちゃま、お食事の時間でございます」

 執事だ。反射的に本を閉じて背筋を伸ばす。

「ぼっちゃま?」

 執事が立っている扉の辺りからは、ジウの姿は棚に隠れて見えないのだろう。ジウの返事が無いので、ジウがいないのではないかと思っているのだろう。

 しかしそれでも、彼は室内には入って来ないだろう。一端、母屋に戻って両親に許可を得てから入室する。

 ジウは大きく息を吐いた。ずっと息を止めていたのだ。気付けば痛みも耳鳴りも治まっている。少しホッとした。


「すぐ行く。ここは俺が閉めて行くから、下がっててくれ」

 ようやく大声で返すと、執事は「かしこまりました」と答えて出ていった。

 ジウはこの本を明日、アヤに見せようと決めて、大切に抱えて立ち上がった。

 ふと、頬に違和感を覚えて手で拭う。

 そうして初めてジウは自分が涙を流していたことに気付いた。

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