動き出す時

 幸いだったのは、落ちてきた本がさほど重くなかったことだ。光を発していた時は分厚く見えたが、光が消えてみるとそれほどでもなかった。

 それでも、日頃ジウが手に取るような書物よりは圧倒的な厚みだが。

 ジウはふらふらと上半身を起こすと、憎々しげに落ちてきた本を手に取った。

「何なんだよ」

 手に触れてしまってから、こんな不気味なものに触るなど不用心だったかと思ったが、それよりも興味と怒りが勝った。

 床に胡座をかいて、本の外側からじっくり吟味してみる。

 古くさい装丁に、題名らしきものが書かれているが、どうやら古語らしく、正しい読み方がジウには解らない。

 学院でオマケ程度に教わった単語くらいしか知らないジウには、「街」を意味する文字しか解らなかった。

 表紙を開いてみると、僅かに墨の香りがした。

 ふとジウは気付いた。

 装丁や造りは随分古めかしいというのに、本棚にある他のどの本よりも新品のように綺麗なのだ。まるでついさっき完成したようだ。

 再度、不安と恐怖が沸き上がってきたが、ジウはそれを振り払うように一項目をめくる。表題と同じ、ジウには理解出来ない古語が、達筆で紙面にびっしりと書き込まれている。何頁も何頁も。

 ジウは学院の課題でだってこんなに文字を書いたことなどない。しかも見たところ、全て一文字一文字手書きだ。信じられない。この本を作った人間は、きっとアヤのような変人に違いないと、ジウは思った。

 ――アヤ。

「そうだ。アヤなら読めるんじゃね?」

 ジウはポツリと呟いた。

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