恋戻り

@root0

第1話 恋戻り

「今年も暑いな、南沢」


 一人言を呟きながら、自分の汗を拭う。


 俺は、もう絶対に故郷に帰って来ることはないと思っていた。

 なぜなら、どうしても離れ離れになった彼女のことを思い出してしまうからだ。


 しかし、俺は今、墓の前に腰を下ろしている。


「何してんだろう、俺」


 俺が頭を抱えていると、スタスタとした足音が響き、こちらに誰かが近づいてきた。そして、そちらに視線を向けると────。


「え、北宮…………?」

「み、南沢?!」


 俺は驚きにすっ転びそうになった。


「な、なんでお前…………!」

「それはこっちのセリフよ!びっくりさせないで!」

「はあ?俺がここに来るのは当然だろーが!」

「私だって当然ここに来るわよ!」


 そんな出会い頭の喧嘩が懐かしく、少し間を置くと二人同時に吹き出した。


「何やってんだろうね、私達」

「そうだな〜」

「あ、良ければ久しぶりにここら辺歩かない?」

「え、いいけど」

「よし決まり!ほら、行くよ!」


 そう言って南沢は俺の腕を掴もうとしたが、するりとすり抜けてしまった。


「ありゃ、まあそうだよね……」

「……………………」


 俺は視線を逸らし、胸を締め付けられる思いを負ったまま立ち上がった。





───────────────────





 暮れなずむ街並みを眺めながら、昔よく通った道を二人で歩いていた。


「恋戻り。この村に伝わる都市伝説で、この時期になると亡くなってしまった恋人が戻ってくるんだって。昔そんな話しを聞いた」

「あー、それでこんなことになってるのね」


 彼女は平然とそう告げた。


「お前、この状況に順応しすぎじゃね?」

「まあ、驚きより、あんたにまた会えた嬉しさの方が上回ってるからね!」


 彼女はそう言ってニカッと笑った。それにつられ、俺も口角を上げる。


「そうだな…………」


 南沢とは幼少期からの幼なじみで、家が近所だったこともあり、ずっと一緒に遊んでいた。

 だが、そんな俺達も段々大人になるにつれ、あまり交流は無くなっていったのだ。


 しかし、俺は自分の想いを諦めきれず、高校の卒業式の日に告白した。すると彼女は、「遅いわよ。待ちくたびれたわ」と上から目線ながらも承諾してくれた。


 それから俺達は幸福な日々を紡いでいく。その間に、俺は何がなんでも彼女を守り、幸せにするという誓いを立てた。

 だって、こんなにも俺と一緒にいてくれて、笑い合って、ハッキリものを言ってくれる女性なんて、彼女ぐらいしかいないだろうと思ったからだ。


 しかし、それも長くは続かなかった。


 ある日、この村は連日の豪雨に見舞われた。その際、緩くなった地面は一気に瓦解し、土砂崩れという形となって、あらゆるものを飲み込んでいった。それは、人の命までも例外なく巻き込んでいき────。


「ねえ、ボーッとしてどうしたの?」

「え?あ、ああ」


 彼女はムスッとした表情でこちらを覗き込んで来た。それさえも愛らしく、抱きしめてしまいそうだった。

 しかし、それも叶わないだろう。なぜなら、彼女と俺は、完全に違う世界の住人となってしまったのだから。


「会えて、本当に良かった」

「…………私もだよ、北宮」


 そのあまりにも優しく、儚い表情に、思わず涙が零れそうになった。だが、俺はそれをぐっと堪え、変わりにずっと言いたかった言葉を紡いだ。


「南沢、ゴメンな」

「え?な、なに、急に」

「俺は、誓ったのに…………。お前を一生守るって、この手で幸せにするって!」

「北宮…………」

「なのに、こんなことになっちまって…………。情けなくて、悔しくて、後悔してもしきれねーよ!!!」


 足は崩れさり、地面へと向かって言葉を吐いた。今更どうしようもないというのに、それでも俺は、後悔せずにはいられなかった。


 すると、彼女は腰を屈ませ、俺に優しい声を降らせた。


「やめてよ、そんなこと言うのは」

「南、沢…………」


 俺が顔を上げると、彼女は潤んだ瞳を和らげて、そっと俺の頬に手を添えた。


「私だって、あの日のことは本当に後悔してる。あんたと二度と会えないんだって、ずっと泣いていた。けれど、私は自分を責めるのはやめたの。だって、私がそんなことしてたら、あんたはいつまでも引きずっちゃうでしょ?」

「南沢、俺は…………」

「だから、あんたももう自分を責めるのはやめなさい。私は、元気にやってるから。だからあんたも、いつもみたいにバカ笑いしてなさい。そうしたら私も、安心できるから」


 彼女の言葉に、思わず熱涙が頬を伝った。南沢の温かい心がじんわりと染み渡り、心の枷をそっと外していく。

 情けないけど、この涙は収まりそうにない。しかし、それは彼女も同じだった。


 南沢は鼻をすすりながら腰を上げ、堂々と立ち上がった。


「そら、本当に言いたいことはそれだけなの?」


 彼女の快活な言葉は、不思議と俺の体を強く引っ張りあげた。そして、俺は涙を手で拭い、真っ直ぐと彼女を見据えた。



「俺がいなくても、お前はそっちで元気にやれよ」

「うん…………。北宮もね」

「ああ、もちろんだ。愛してる、ずっと、いつまでも、好きだよ。南沢。俺の恋人になってくれてありがとう」

「私も…………。私も、愛してる」


 互いに涙の雨は止まらず、頬をつたい続ける。しかし、言葉は止めない。

 なぜなら、もう彼女の姿がはっきり見えなくなっているからだ。


「会いに来てくれてありがとう、南沢」

「あんたも。わざわざ来てくれてありがとう」

「ああ、また来るよ、絶対に」

「うん。私も絶対に、あなたに会いに来るから」


 そう話している間に、本当にぼんやりしてきた。もう刻限のようだ。恋戻りと都市伝説になっているぐらいなら、もっと時間をくれてもいいだろうに。


「俺、南沢といれて幸せだった。しつこいようだけど、本当にありがとう」

「私も、同じ気持ちよ。だから、私からも、ありがとう────」


 その言葉を最後に、俺達の時間は終わりを告げた。








───────────────────







 そんな不思議な出来事から一年後、その墓へ再度足を運んだ。柄杓と桶を持ち、墓前で手を合わせる。


 そして、丁寧に墓石に水をかけた。








『北宮家之墓』








「今年も暑いね、北宮」

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