隣人

湖城マコト

D先輩の体験

 これからお話しする内容は、私が大学のD先輩から聞かされた、D先輩が上京一年目に暮らしていたマンションで経験したという、とても不可思議な出来事です。


 当時D先輩は、最寄駅から徒歩15分の四階建てのワンルームマンションで、初めての一人暮らしをすることになりました。部屋は四階の西の角部屋。

 隣室には、こちらも入居したばかりの、別の学校に通う一歳年上の男子大学生Oさんが一人で暮らしていました。同年代で共通の趣味もあったことから、入居から間もなくD先輩はOさんと親しくなり、互いの部屋を行き来し、時間が合えば一緒に夕食を食べたりする、そんな良好な隣人関係を築けたそうです。


 D先輩が初めて異変を感じたのは、入居から半月がたった頃。夜中に突然、隣室の方から女性の泣き声が聞こえてきたそうです。

 隣室のOさんは一人暮らしのはずなので、D先輩も始めは驚いたそうですが、まだ出会って半月程度の間柄。知らないだけで恋人がいたのかもしれないし、姉か妹でも遊びに来ているのかもしれない。女性が泣いている理由は、Oさんと喧嘩してしまったのかもしれないし、お酒でも飲んでいて不意にセンチメンタルな気持ちになってしまっただけかもしれない。

 可能性なんて幾らでも考えられる。幸いなことに泣き声もすぐに止まったので、その日はD先輩も深くは考えず、眠りについたとのことです。


 さらに半月後。またしても夜中に女性の泣き声が聞こえました。

 これもすぐに止まったそうですが、二回目ということもあり、D先輩も女性の存在が気になりだしたそうです。


「昨日、女性の泣き声が聞こえましたけど、彼女さんでも泊まりに来てたんですか?」


 翌日の夜。バイト帰りのD先輩は、マンションのエントランスで一緒になったOさんに、思い切ってそう尋ねてみたそうです。


「何の話だよ? これが彼女持ちの面に見えるか?」


 怒るような真似はせず、Oさんは苦笑顔でそう答えます。

 Oさんは気のいい人だけど、お世辞にもルックスが良いとはいえず、彼女いない歴イコール年齢とのことでした。


「それじゃあ、昨日はお姉さんか妹さんでも来てたんですか?」

「だから何の話だよ。俺は一人っ子で、ついでに言うと従兄弟は全員男だぜ?」


 嘘を言っているようには見えないし、嘘をつく理由もない。

 D先輩は違和感を覚え始めたそうです。


「お前の方こそ、彼女だか何だか知らんが夜中に泣かれるのは迷惑だ。呼ぶなとは言わんが、隣室には気を遣えよ」

「何の話ですか? 今は彼女なんていないし、部屋に女性を入れたこともありませんよ」

「だって昨日、お前の部屋の方から女の泣き声が――」

「だからそれは、Oさんの部屋の方から――」


 互いの顔を見合わせ、しばしの沈黙が流れたそうです。

 混乱するのも無理はありません。昨日聞こえた女性の泣き声は、お互いに相手の部屋から聞こえたものだとばかり思っていたのですから。


「……半月くらい前にも、女性の泣き声が聞こえませんでしたか?」

「聞こえたが、お前の部屋からだと思っていた。新居に彼女でも呼んでたのかなって……」

「どういうことですかね?」

「分からん」


 不可解な状況に困惑しながらも、夜中だったし、お互いに寝ぼけていたのだろうという結論に達し、この日はそれ以上、泣き声の件ついては話さなかったそうです。




 さらに半月後。三度みたび、夜中に女性の泣き声が聞こえてきたそうです。

 三度目となれば気のせいだとは思えない。D先輩は隣室のOさんに電話をかけ、「女の声が聞こえますか?」と尋ねました。Oさんは「俺にも聞こえている」と答えました。もちろん、お互いの部屋には女性などいません。

 泣き声の正体を確かめるべく、二人は声の出所を探しました。声は、部屋と部屋の間の厚い壁から聞こえてくるようでした。


 意を決して、D先輩とOさんがそれぞれ部屋から壁に耳を近づけてみると、


「……出して……出して……」


 壁の中から、泣きじゃくる女性のそんな言葉が聞こえてきたそうです。

 驚きのあまりD先輩とOさんは夜中にも関わらず部屋を飛び出し、その日は近所のインターネットカフェで夜を明かしました。


 それから間もなく、気味が悪いからとOさんとD先輩は、それぞれ部屋を引き払ったそうです。


 その後、二人はあのマンションについて素人なりに調べてみたそうです。

 それによると、10年前にマンションが建てられる以前、あの場所には商業ビルが建っており、解体工事の際、壁に埋められた若い女性の遺体が発見され大騒動になったとのこと。女性の遺体が埋められていた場所というのが、現在立っているマンションでいう、ちょうどD先輩とOさんの部屋の境目くらいの位置だったそうです。




 以上が私がD先輩から聞いたお話しですが、正直なところ私はこの話を信じていません。これはきっと、後輩の私を怖がらせるためにD先輩が考え出した創作だと思います。


 まったくD先輩も困った人です。

 昔、自分が入居していた部屋に私が引っ越すことになったからって、その部屋にまつわる怖い話を吹き込むなんて。


 それにしても、「別の物件にしておけ」と言った時のD先輩の表情は、何時になく真剣だったな。




 了

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隣人 湖城マコト @makoto3

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