第15条 「テュランの力」~異世界で朝食を

「リート!コロー!どうしたの!?」

 私はテントの外から声をかける。男性の泊まっている場所にずかずか入っていくだけのおばちゃん的ぶしつけさはまだない。まだ、ね。

「ナナ、ですか・・・・・・入らないでください。ここは血のにおいがするから。あなたには見せられない」

「血?いったい何が・・・・・・」

 天幕の中からコローが姿を見せた。しっぽをぶんぶん揺らしていらだっている。

「とりあえず、止血はしたぜ。オレ様は医学の心得があるからな」

 バステトはふんっと天狗になった。しめった鼻は天を向いて得意そう。

「おめーは入るな。レモンの香りがする。リートは、その香りに敏感なんだ。すぐ暴れだそうとするから、やめとけ。ま、白衣の猫天使コロー様の手当を受けたいなら話は別だがな」

 コローは元の超絶無礼な猫に戻っていた。

「はいはい、いつかその毛皮の白いところはいでやるから」

「血の堕天使・・・・・・!ゴシック式でそれもいいな」

 ナナの毒舌攻撃!脳天気コローにはダメージを与えない!RPGで言ったらそんな感じ?

 やっぱり中二病を発症しているこじらせ聖猫だった。でも、なんとなく安心した。このやりとりをするうちに慣れたのかな。初めて会った感じもしないし、コローって不思議な猫。

「ま、とにかくリートは暴れて刃物で手を傷つけたんだよ。細菌が入って化膿しないといいがな」

「そう・・・・・・朝ご飯は、私が作ろうか」

「おま、メシなんて作れるのかよ。つーか、『まほろば』のメシ、興味あるぜ」

「材料そろうかな・・・・・・ママの手順でなにか作ってみる。食料は?」

 コローはにゃあと鳴いて、テントの中に置いてある袋のひもをくわえ、ひきずって持ってきた。

「これだ。ま、期待しないで待ってるぜ」

 麻袋の中を開けてみると、缶詰にコーヒー、パン、チーズ、「雑炊のもと」、あと若干の食料品が入っていた。

「じゃあ、朝は軽くパンにして・・・・・・あと、コーヒー?」

「おま、それ料理と言えるのかよ・・・・・・」

 文句たらたらのバステトを無視して、私は袋の中にあったマッチを手にした。七輪のような網で、パンを焼く。あとは、鍋にお湯をわかして、コーヒーを淹れる。

「リートはけがしてるから、雑炊がいいのかな」

「あのな、けがしてるって言っても、胃はピンピンしてるんだぞ。成人男子なめんな。あとバステトのことも馬鹿にすんな」

「まだしてない!」

「未来を先取りしてやったんだ、ありがたく思え、この手抜き朝飯女!」

「じゃ、あんたは『冷えた缶詰』ね」

「ごめんなさい」

 あ、やっぱり脅しに弱い。私はといえば、最近プレイした某RPGでのキャンプのごはんを思い出していたのは内緒だ。

「ね、コロー」

 焼いているパンをひっくり返しながら、私は聞いてみる。香ばしい香りに、猫は鼻をひくひくさせている。

「なんだ」

「私、レモンの香りなんてする?香水なんてつけてないけど」

「ま、かすかにな。でも、香水のにおいなんかじゃなくて、移り香のような・・・・・・」

 バステトは突然目をむいた。

「まさか・・・・・・旅開始一日目にして男を連れ込んだのか!?」

 はあ???なんでそうなるわけ!?この猫、頭沸いてる・・・・・・。

「あんたバカでしょ。アホでしょ。どんな突飛な発想してんのよ。このスケベ猫」

「オレ様は、旅のリーダーとして、当然の心配をしているだけだ!オレ様たちは追われているんだからな。追っ手がハニーチョップをしかけてくる可能性がある。あらゆる可能性を考えること、それがリーダーさ・・・・・・」

「陶酔してるところ、まことに申し訳ございませんが、『ハニートラップ』だと思いまーす。あと、それ主に女が使う手管だから」

 私はあまりにアホらしいバステトの妄想に付き合いきれず、虚無の心持ちで返答をした。きっと今頃、天幕の中の外典には取り戻された言葉が唐草模様で書かれていることだろう。それにしてもなんなの、ハニーチョップって・・・・・・プロレスの技みたいで笑える。

「それと、旅のリーダーはリートだから。あんたはおまけ!私は勇者だからいいの!」

「調子に乗りやがって・・・・・・バステトのパワー、とくと見るがいい!!」

 コローは、お皿にこんがり焼けたパンをのせてコーヒーの支度をする私の足下に寄ってきて、すりすりをし始めた。そして、上目遣いでウィンク。前足のピンクの肉球をチラ見せしている。

「どうだ、この愛らしさ!猫好きなら昇天してもおかしくない・・・・・・フフ、決まった」

「さっむ」

 私はぶるっと身震いして、できた朝食を簡易のテーブルに置いた。これら食事グッズは、昨日の夕飯のまま残して置いたものだ。真言をリートに唱えてもらう心配はいらなかった。

「ああ、朝食を作ってくれたのですね。ありがとう」

 テントから、腕に包帯を巻いたリートがゆっくりと出てきて、笑顔を向けた。ま、確かにパンを焼いてコーヒー淹れただけなんだけど、感謝されるとうれしい。

「リート、大丈夫?私のレモンの匂い大丈夫?」

「ええ、もう香らないようです。何だったのでしょうか・・・・・いきなりナナの方からレモンの香りがしたもので、驚きました。苦手なのですよ。驚かせてすみませんでした」

「ううん」

「トラウム」の話は黙っておくことにした。ミリアムさんのことも内緒だ。リートやコローとはどういう関係なのか気になるけれど、今はきっと話さない方がいい。でも、夢なのにどうして私にミリアムさんの移り香が?不思議・・・・・・。

「それで、今から向かう目的地の話なのですが」

 ちょっと焦げたパンをかじりながら、リートが切り出す。

「僕たちは、ナナに会うまで追っ手の手から抜け出ようとしていました。この不法国家を糺すためには、どうしても王を倒すことが必要です」

 リートは息を継いだ。

「復讐って言ってたよね」

「単なる僕の個人的な体験だけではありません。暴君の力・・・・・『テュランの力』のために、僕だけでなくたくさんの無辜の民が苦しんでいます。」

「『テュランの力』・・・・・・」

「この力を抑え、古代の理想の法治国家を取り戻すためには、王の名を知ることが必要です。言葉の本来の意味と名を取り戻すことで、『テュランの力』は弱まるのです。言葉には力があります。人間の名前、それも王の名前には、とても強力な名の魂が宿ります。テュランの力を抑えるほどの善なる力です。そのため、王は名を秘しているのです。その隠された名を突き止め、ナナの力を借りて外典に記すことで、この世界は救われます。言葉の意味をひもとく僕の聖なる『六法全書』とあなたの『外典』にはそのような役割があり、これを持っている限り僕たちは追われ続けます。しかし、それでも旅をしなければならない。これが僕たちの使命です」

 コローがリートにちぎってもらったパンを食べてから、一声鳴いた。

「ま、そういうわけで、オレ様達の逃亡劇におまえが加わった。とりあえず、ここから近いソッキ村に向かう」

「なんでその村なの」

「オレ様達は名を取り戻す。不法を糺す。そのために、不法が横行して困っている地域を訪れて『解放』しているんだ。そんなわけで追われているというのもあるがな。で、いちばん近い『不法地域』がそこってわけだ」

 法学部で勉強嫌いだった私が、不法から人々を「解放」するなんて、大それたことができるのだろうか。黙り込んでしまった私に、リートが優しく声をかけてくれた。

「大丈夫ですよ、僕たちも微力ながら支えます」

「ありがとう。がんばってみるよ」

 そう笑顔で答えた。緊張と不安を隠す。

 月が満ちたとき・・・・・・「トラウム」で、このもやもやをミリアムさんに癒してもらおうと思いながら。

(15 完)

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疑わしきは信じよ 猫野みずき @nekono-mizuki

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