第七章「蒼天の地、ヘスカラント」
第五十五話「村での日々(前編)」
太陽の眩しさが目に染みる。
ついでに汗が目に伝う。
これもまた目に染みる。
暑い。
運動すれば当然、暑い。
ここは相当涼しい気候のようだし、季節的に見ても涼しい時期らしいのだが。
それでもやっぱり、暑い。
暑いから汗をぬぐう。
手で汗をぬぐう。
――土の匂いがした。
蒼い空、白い雲。
風が心地よい。
今日も良い天気だ。
僕、
当然、トラクターなんてものは無い。
だから全ては人力だ。
原始的に、されど文明の利器により、
こっちではマブレフって言うらしい。
僕の知ってる牛とはちょっと違う。
耳がなんか垂れ耳兎みたいな感じに長く垂れていて、先端が螺旋状にねじれた角は若干山羊っぽい。
そしてちょっと変な顔をしてる。
ラジオも無ければテレビも無い。レーザーディスクは何ものぞ。
実にのどかで小さな村である。
ちなみに虫は沢山いる。
いくらでも沸いて出る。
当然、地球の都会とは大違い。だから最初はてんやわんやだった。
トイレは俗に言うボットン式。
溜めて汲み取って肥溜めで熟成させて田畑にバラ撒く。実にエコロジーだ。
めっちゃ臭い上に虫が沸く。
まぁ、虫除けの魔法が施されているらしいのでこれでも大分マシな方らしい。
魔法って偉大だ。
ちなみにトイレは男女共用。
なんていうか、常識の違いを思い知らされる。
なんでも、つい数十年前まではトイレすら無く、野っぱらで盛大にぶち撒けるダイナミックアウトドアスタイルが主流だったらしい。
この村で取れる特産品を調査するために学者が稀に住み着くようになって、ようやく都会派スタイルに改善されたのだそうな。
そう、改善されて、これなのだ。
石鹸なんて当然無い。
不潔極まりない。
まぁ、浄化の魔法があるらしいし川で水浴びもするから割と清潔ではあるんだけどね。
それでも、日本が懐かしい。
あの世界って本当、凄い発展してたんだなぁ。
心からそう思う。
ちなみに、無双系やチートものなら、この不潔な環境を技術チートで改善して整えて無双を始める所なのだろうけど、僕にはそんな専門知識は当然無い訳で。
普通の高校生が手押しポンプの仕組みを理解してるだろうか?
石鹸の作り方を理解してるだろうか?
当たり前だ。
わかるはずがない。
そういった物がある事を当然として生きてきたのだ。
あって当たり前と思って生きてきたのだ。
知らなくても使う事はできる。
だから知らない。
自分から知ろうともせずに、ただ享受して生きてきたのだ。
普通にあるものを頼り、あることが当たり前だと思い、その利便性に気付きもせず、当たり前を当たり前として感謝さえせずに生きてきたのだ。
そう、それなのに、あるものに感謝もせず、不平不満を溜めこんで、文句ばかり言って生きてきたのだ。
恥の多い人生でした、とはよくいったもの。
恥であることさえ知らずに生きているのが本物の愚者なのだと、無知の知に気付かされる今日この頃な訳で……。
「
背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには白人系の彫りの深い顔立ちの大男。
村の一員の中でも一際体格がよく、筋肉質で肌もこんがり日に焼けている。
緑の瞳。そして後ろ髪をオールバックに結びまとめた茶色い髪。
彼はガルセス。
この畑の持ち主、というか、村のほとんどのものは村人共有の物という考えなので、責任者、といった方が近いかもしれない。
収穫物の根菜をこれでもかと詰め込んだ籠を背負いながら、ガルセスは豪快な笑みを浮かべながらこちらへとやってくる所だった。
「
「
「はっはっは。
くしゃりと頭を撫でられる。
その手は大きな手で、やや土で汚れ、汗と大地の匂いがした。
大分村にも馴染んできた。
ちなみに喋ってる言語は、この世界? 国? のものだ。
僕のはまだまだ片言で、完全に正しいとは言えないあやふやなものなのだろう。
だけど、意思の疎通はできるようになった。
人間死ぬ気になればなんとかなるもので、英語なんて中学高校と何年かけてもまともに喋れなかったというのに……。
覚悟の量、って奴なのだろうか? やらなければならない環境というのは強い。
人間、半年もがんばれば意外となんとかなるものなのだ、と自分が誇らしくも感じられた。
――そう、半年。
僕がこの世界にやってきて、ピネに救われて、この村で生活するようになってもう半年もの月日が経っていた。
みんながどうしてるかは当然わからない。
生きているのかさえ、わからない。
ひょっとして、もう、生きているのは僕だけなのだろうか。
そんな不安に胸が押しつぶされそうになる。
けど、情報を収集する手段が無かった。
まだろくに喋れない。
文字だって当然読めやしない。
ただいま絶賛勉強中だ。
かろうじて外の情報を知る事ができるのは、稀に村へとやってくる行商人のバンガスさんに話を聞く時くらいだ。
まだ、外に旅立てる状況じゃない。
村の仕事を手伝う内に多少は体が鍛えられはしたものの、魔物と戦うにはほど遠い。
そう、魔物。
この世界にはやっぱり魔物が出るのだ。
地球で言う狼や熊みたいな扱いのようだが、炎を吐いたり電撃をまとったりする魔法のような力を持つ魔獣もいるという。
そんな世界に丸腰で、ろくに戦う力も持たずに旅立つほど僕は愚かではない。
傭兵や冒険者を雇うお金も無い。
せめて言葉と文字を学び、魔法か剣などの腕を磨いて、武器や防具を買ってからでないと……。
慎重すぎるし、いつになったらそれが叶うのか、焦る気持ちもある。
けど、死んだら終わりなのだ。
死んでしまったら意味が無い。
おお、勇者よ、死んでしまうとはなさけない。なんて、生き返れる保障なんて、当たり前だけれど、無いのだから。
汗を拭って空を見上げる。
太陽はさんさんと輝き、大地の実りを見守っているようだった。
暑い。
僕は日陰へと移動した。
まだまだ昼前だ。
労働は始まったばかり。
がんばらなければ。
「
僕の
なんちゃって。
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