第四十七話「そして門は開かれる」



「ねぇねぇ、キャラの能力値ってどんな感じ?」

「あぁ、ちょっと待ってくれ……二回降ってその数値から、つまり……2dの一回振りで算出するようだ」

「おっけー」


 僕たちはさっそく、謎ゲームのキャラクターシート項目を埋める作業に入る。


「ふむ、まずはルールブックの熟読からだな」

「スキルとかはどんな感じ?」

「あぁ、今読んでる。わかり次第教える」

「了解~」


 各々、黙々とダイスをコロコロ転がし始めている。卓ゲー民ではよくある光景だよね。


「なぁなぁ」

「何?」

「いきなり筋力が高い値出ちまった」

「それ、何か問題ある?」

「今回は可愛らしい後衛ヒロインやりたいんだよ~。後で能力値入れ替えていい?」


 タケシのキャラクターシートには、すでに可愛らしい美少女らしき絵が書き込まれていた。


「ダメだ。一回にしろ」

「ちぇ。これじゃあマッスルガールになっちまうぜ。せめて魅力は良いの出てくれよなぁ~」

「相変わらずだなぁ」

「ダイスの女神に祈るんだな」

「へいへい。名前はカスミ・シゲウラ。ジャパニーズ系でいくぜ」

「まだゲームの世界観も聞いてないのに?」

「いや、ダメなら変えるけどさ」

「世界観はありがちな剣と魔法のファンタジーだ」

「ふぅん」

「それと、どうやらこのゲーム。キャラの性別もダイスで決めるようだ」

「うげ、マジかよぉ」

「振ってみろ。偶数なら女。奇数で男だそうだ」

「げぇ~」


 しぶしぶとダイスに運命を任せるタケシ。


「ぎゃ~! 野郎かよ~! テンション下がるわ~」

「三回勝負! 三回勝負!」

「まぁ、いいだろう。振ってみろ」


 結果は残念。三連続奇数。


「ぐぬぉぉぉ! 俺の力作がぁぁぁ!」


 せっかく描いた可愛いイラストが台無しである。


「男の娘……いや、それは嫌だっ! 頼むっ! アキラ!」

「……仕方ない。それくらいは見逃してやろう」

「せんきゅ~!」

「私も適当にダイス振ろうっと」


 自前のダイスを取り出し、降り始める麻耶嬢。

 みんなキャラクターシートに黙々と書き込み始めたりしている。


「じゃあ、僕もっ、と――」


 自前のダイスを手にキャラクターシートに書き込み開始。

 アキラの指示通り、ルールブックに則り、キャラクターシートを完成させる僕達。


「なんだこれは……」

「どうしたの?」

「いや、ここにな。キャラクターシートには自分の名前を書き込んでください、とあるんだ」

「……プレイヤーネーム?」

「違うようだ。シートには名前を書く欄は一つしかないだろう?」

「確かに」

「てかさ、さっきから同じ数値しか出ないんだけど」

「だから、一回振りのみだと言っただろう」

「いや、そうじゃなくてさ……」

「重りでも入ってるの?」


 重りで同じ目しか出さないイカサマダイスというのが存在する。

 それかな? と思って尋ねてみる。すると――。


「いや、違うんだよ。ちゃんと数字は違うのが出るんだけどよ。例えば、こう筋力の数値を出そうとダイス振るだろ?」


 専用のオカルトチックなダイスを転がすタケシ。


「十……六」

「で、次に魅力振るだろ?」

「十……二」

「んで、もう一回筋力振ろうとするだろ?」

「十……六!?」

「な? おかしいだろ?」


 不思議な偶然の連続に首を傾げるタケシ。


「……どういう事だ?」


 リビングでは、今度はアキラが首を傾げている。


「どうしたの?」

「いや……このゲームにはシナリオもキーパーも必要ありません、とあってな」

「ゲームブックスタイルなのかな。最近そういったサプリのある奴、あるじゃん?」

「古いゲームなんでしょ~? 随分と時代、先取りしちゃってるねっ」

「ふむ……人数は全部で6人必要です。ここはさっき読んだ通りだな」


 ゲームマスター部分らしきページを読みいぶかしむアキラ。


「ってことはさ、アキラもキャラシ、書かなきゃじゃない?」

「ん? もう書いてあるぞ。元々持ち回りキャンペにでもしようと考えていたからな」

「そうなんだ」

「まぁ、いいか。そろそろ出来たな?」

「うい~」

「では、始めるとしようか。まずは合言葉からだな」

「合言葉って……」


 TRPGとしては奇抜なルールに怪訝な表情を見せる麻耶嬢。


「仕方ないだろう。ルールブックの冒頭にそう書いてあるんだ」

「わけがわからないわね……あ、ごめん。ちょっと電話」


 唐突に鳴り響く着信音。麻耶嬢の携帯のようだ。


「おいおいなんだよ~。タイミング悪いなぁ」

「うるさいわね。しょうがないでしょ」

「誰から?」

「ん~っと、げ……」


 そしてその表情が曇りだす。


「はい、もしもし……」


 よくは聞こえないが、何やら女性の怒鳴るような声が聞こえる。


「今日は友達と遊んでますので、ちょっと帰りは遅れます……え? リョウ? いるけど……はぁ? なんでそういう事になるの……?」


 何やらあまり喜ばしくは無い内容のようだ。


「ふざけないで! 何度も言ってるでしょ!? リョウはそんな人じゃない!!」


 悲鳴にも近い怒号。

 通話を切ると同時に携帯の電源を切る麻耶嬢。


「どうしたの……? ボク、何か悪い事でもしたかな……」


 リョウが捨てられた子犬のような表情で麻耶嬢を見つめる。


「リョウ君は何も悪くないよ……ちょっと、ね。気にしないで」


 そこで気にするな、というのも無理な話な訳だが……。


 いきなりの出来事に、沈黙が場を支配する。


 そんな中――。


『続いては、NBA、プロバスケットボールからのニュースです』


 テレビの音だけがやたらと大きく聞こえる。


 画面にはバスケットボールの試合映像。


 身長の高い選手達が豪快なダンクシュートを決める姿が映る。


「……チッ」


 タケシが露骨に嫌そうな顔でチャンネルを変える。


『魍魎茶! んでます』


 CMに変わる。


 再度、沈黙。


 やがて、気まずい空気が流れ出す。


 ……タケシは、僕のせいでバスケをやめさせられたようなものだからなぁ。


 思わず目を背けてしまう。


 次いで目に映ったのは、アキラの部屋の隅にあるゴミバケツ。


 そこには、破り捨てられた紙切れ。


 バケツから零れ落ちていた一枚を手に取る。


 大学の案内パンフレットのようだ。


「……ッ」


 アキラがそれに気付き、僕の手から紙切れを奪い取ると、ゴミバケツへと投げ込んだ。


「すまんな。少々散らかっていたようだ」


 そして目を伏せる。


 目のやり場に困った僕は、リビングへと視線を向けた。

 その脇に置かれていた袋。神倉氏の持ってきた竹刀袋だ。


 無表情のまま、沈黙を続ける神倉氏。


 彼は何の理由で剣道をやめてしまったのだろう。



――みんな、表には出していないだけで、何かしらの悩みを抱えているのかもしれない。



 これからゲームといった雰囲気では無くなってしまった。



『異世界転生したら幼女のおパンツだった件について、好評発売中!』



 空気を読まないテレビCMがくだらない広告を流す。



 異世界ものか――。



 異世界転生。異世界転移。本当、最近流行ってるよね。

 ……行けるものなら行ってみたいものだよ。異世界なんてさ。



――こんなくだらない世界、捨ててさ!



「ウォーパウンド! アイミーレ・ウォンタス・イデアーラ!」



 アキラが唐突に叫びだす。


「ぅぇ……? 何?」


 アキラの奇行に全員が驚きの眼差しを向ける中――。


「このゲームの合言葉だ。開かれよ、我は夢を求めしもの、という意味らしい」


 アキラが淡々と説明する。


「各々色々あると思うが、今は全てを忘れて遊ぶ時だ。そうだろう?」


 覚ったような、さわやかな笑みを浮かべるアキラがそこにいた。


「辛い事も、悲しい事も、全てを忘れて遊べばいい。そう、ゲームの世界に、異世界に、この世界の不快な感情を持ち込むなんて無粋だ。そうだろう?」


 問いかけるアキラの顔には、諦めにも似た何かが浮かんでいるように見えた。


「そうね」

「そうだな」

「そうだよねっ」

「あぁ」


 みんなが頷くから――。


「うん」


 僕も頷く。


――その時だった。



 強い光の明滅。


 謎の光に包まれ、周囲が一瞬眩い白に包まれた。



「なに?」

「わからん」

「雷……かな?」

「それにしては……」


 轟音は無い。


 音が遅れてくるにしても……静けさだけが残された。



――そして。



「……え?」

「どうしたの?」

「私の、キャラクターシートが……」


 見てみると、麻耶嬢のキャラクターシートが何も記述されていない状態に戻っていた。


「え~……せっかく描いたのに~!」


 自慢のイケメンイラストまで、まっさらな状態にリセットされていた。


「あ~! ボクのもだ!」


 見ればリョウのも、トールのも、アキラのも、僕のもだ。


「どういうことだ……?」

「あ? 俺のは消えてねぇけど?」


 首を傾げるタケシ。


――次の瞬間。


 恐るべき光景が僕の眼に飛び込んできた。


 コロコロ……コロコロ……。


 最初に音がした。


 音の方向に目を向けると、そこには。


 ひとりでに転がり続けるダイスの姿があった。


 あの怪しい怪奇的なデザインの専用ダイスだ。


 それが、何度も転がっては停止、転がっては停止を繰り返す。


 その度に、出た目と同じ数字の緑色の輝く炎のような光が虚空に浮かび上がり――特定の方向へと飛び去っていく。


「ちょっと……何? 何これ!?」


 悲鳴をあげる麻耶嬢の手にはさっきのキャラクターシート。

 ダイスが踊る。その度に、浮かんだ光が吸い込まれるように麻耶嬢のキャラシートに飛び込んでいく。


「え? え……? 何……? 嘘、やだ! 気持ち悪い!!」


 投げ捨てられたキャラクターシートを見てみると――。


 飛び込む光が紙にぶつかるたびに、焼印のように文字が刻まれていく。


 やがて――。


 ステータス

 STR【D】 AGL【B】 VIT【C】 INT【B】 MEN【C-】 MGC【B-】

 スキル

 演劇C+ 演技B 直感B 他言語(英語)B 魅力A


 名前

 相田麻耶


 性別:女


「……どういうこと?」


 まるで、本人を現すかのようなデータが書き込まれていた。

 キャラクターイラストが描かれていたであろう場所には、麻耶嬢そっくりのイラストが添えられて。


「うわぁ! 今度はボクのだ!!」


 悲鳴をあげるリョウのシートを覗き見ると。


 不気味なダイスが動くたびに、輝く炎が浮かび、吸い込まれるようにキャラクターシートに飛び込み、数値やデータが記入されていく。



 ステータス

 STR【D+】 AGL【C+】 VIT【C+】 INT【Bー】 MEN【C+】 MGC【C+】

 スキル

 演劇C 魅力S


 名前

 倉敷涼


 性別:男



「マジかよ……これ、やばくね?」


 リアルSANチェックとか言ってる場合じゃない。

 目の前で起きているのは、まさに冒涜的で不可思議な怪奇現象だった。


「おいおいマジかよ……」


 今度はタケシが青ざめた表情でキャラクターシートを見せる。


「なんだよこれ……なんの冗談だよ」


 タケシの持つキャラクターシートに書かれていたのは……。


 ステータス

 STR【A】 AGL【B+】 VIT【B】 INT【Cー】 MEN【C】 MGC【Cー】

 スキル

 白兵戦(格闘)A+ 運動A 魅力B


 名前

 山下武


 性別:男


 可愛らしく描かれていたイラストは、本人そっくりの、まるで写真のように精巧に描写されたタケシの顔になっていた。


「や、やめようぜストップ!」

「こ、これ何かの冗談よね……?」

「い、いたずらにしてもこれは……うん、凄すぎて逆に引くレベル」

「手品とか、マジックとか、そういうのだよ……ね?」

「種も仕掛けもあるんだろ? なぁ!」


 ドッキリか何かと、淡い期待を抱きながらアキラを見つめるも――。


「いや……違う。断じて俺じゃない。当たり前だろう? こんな事、できるはずがない。俺は、何もしていない……」


――当然の如く、否定するアキラ。


「うそ……だろ」


 そして――。



 よく見れば、それはぼんやりと光っていた。



「ッ!?」



 アキラが小さな悲鳴をあげて投げ捨てたそれは、例のルールブック。

 いや、それはもはや、見るからに怪しい不気味な魔導書だ。


 その本が、うっすらと光り輝きながら浮遊し――。


 小さな稲光と共に、部屋にあった様々な物がふわりと浮かび上がっていく!


「何だ……これは……!?」


 本を中心に渦巻くように浮遊しているのは、アキラの購入していたパワーストーン。そして小瓶――確か前に、マジックオイルだか? が入っていると聞いた事がある――や、棒状の物の束。これもオカルト儀式用のインセンスだとか言っていた気がする。

 そして、冷蔵庫から飛び出してきたのは明日のおかずにでもしようとしていたのであろう鶏肉や豚肉など。


 さらに――。


 竹刀袋がするりと紐解かれ、中から現れたのは――。

 刀身の中心部を血の痕のような黒色で染めた巨大な木剣。


「……なんなんだよこれぇ……」


 ホラー耐性の無いタケシが涙目で悲痛な声をあげる。


「私にだって……わからないわよぉ……」

「怖いよ……麻耶ちゃんっ」


 リョウと麻耶嬢は抱きしめあいながら恐怖に震えている。


「ッ!」


 取り返さんとばかりに、木剣へと手を伸ばすトール。

 全力で引っ張っているのだろうが、宙に浮いた剣は微動だにしない。

 本は青い光を強め、部屋にはまるで暴風雨のような風が吹き荒れ始める!


「あっ!」


 麻耶嬢のキャラクターシートが風に飛ばされ、魔本の傍まで移動してピタリと停止する。


「うわっ」


 リョウのキャラクターシートも。


「くっ」


 アキラのも。


「うおっ!?」


 タケシのも。


「……っ」


 トールのも。


「あぁっ!」


 僕のもだ。


 全員のキャラクターシートが魔本のすぐ手前まで飛ばされて停止する。

 まるで全員のシートをプレイヤーに見せ付けるが如く。


 そして、未だにリセットされたままだったシートに次々と文字が刻み込まれていく。


 ステータス

 STR【B】 AGL【A】 VIT【B-】 INT【B+】 MEN【D+】 MGC【B-】

 スキル

 白兵戦(両手剣)S スポーツA 超集中 殺気感知 都合の悪い偶然B 魅力B


 名前

 神倉徹


 性別:男




 ステータス

 STR【C+】 AGL【C】 VIT【C】 INT【A】 MEN【B】 MGC【B】

 スキル

 他言語S 現代魔術修行S 魔術本暗記 異世界言語暗記 魅力B


 名前

 長谷川輝


 性別:男




 ステータス

 STR【C-】 AGL【C-】 VIT【B】 INT【B】 MEN【B+】 MGC【C-】

 スキル

 都合の良い偶然(生存性)A 魅力B


 名前

 木村圭人


 性別:男




 ついに、キャラクターシートが全部埋まってしまった。


 その瞬間。



『ようこそ異界の門を求めし者たちよ』


 言葉が聞こえた。


『汝らは望んだ。異界の旅を。この世界からの別離を。なれば――認めよう、叶えよう』


 いや、それは聞こえたというよりは、脳裏に直接浮かび上がるように、理解できたイメージ。


「何これ……気持ち悪っ」


 初めて味わう感覚に戸惑うことしかできない。


『六人の英雄希望者集いし時、我、目覚め誘わん』


 何が起きているのか理解できなかった。


『我を開きし者に警告する』


 ただ、ありえない不自然な出来事が――。


『紡がれる物語は全て現実である。繰り返す。この物語は全て現実である』


――ありえないと思っていたファンタジーな出来事が、現実に起きた事だけは理解できた。


『ゆめゆめ忘れる事なかれ』


 僕らの感情など理解する気もないのか、さもなくば、インプットされたデータを設定どおりに紡ぐが如く、淡々と魔本は語る。


『今宵の贄を受け取ろう』


 宙に浮かんでいた肉達が黒い炎に包まれ消滅していく。

 パワーストーンたちは虚空で砕け散り、破片はサラサラと砂粒のようになり、溶けるように消えていく。

 小瓶は開かれ中のオイルが蒸発し、スティックの先端に火が灯され、あっという間に燃え尽きていき、不思議な香りが周囲に満たされる。

 木剣に付着していた血痕らしきものが、新鮮な血の赤に変わり、ヌルリとほどける様に刀身から離れ、魔本の宝石へと吸い込まれていく。


『贄のレベルに合わせてギフト付加の抽選確率とクエストの難易度調整率がプレイヤー有利になります。贄のランクはD。有利度上昇率は弱。ランダムチョイス』


「くっ」


 ようやく解放されたのか、トールは木剣を引き抜くことに成功したようだ。


 そして、それは不気味なことに、虚空から染み出るかのように湧き現れた。虚空に、カードのようなものが出現したのだ。


『ギフト・アンド・クエスト』


 魔本の言葉と共に、浮遊するカードとキャラクターシートが僕達の元へと戻される。

 ふわりとやってきたカードとシートを手に取る。


 僕の手にあるカードには『宝具』『運命の出会い』の文字が浮かんでいた。

 これは一体何を意味するのだろうか。


「……報われし努力。真なる魔術師への道?」


 アキラのカードにはそんな事が書かれていたようだ。


「王家に連なる者。真に欲するもの……?」


 トールはカードを手に首を傾げている。


「守るべき者……だって」


 リョウのカードに書かれていたのはそれだけらしい。


「崩壊……って何よ」


 麻耶嬢は不吉な単語に憤慨している。


「なんだこりゃ。何も書いてねぇんだけど」


 タケシのカードは白紙らしい。


「……これって、一体……何ですか?」


 質問するも答えはなく。


 宙に浮かぶ魔本は、パラパラとページを踊るようにめくらせて――。

 その度に、宙に無数の光り輝く文字が浮かんでいく。

 それは浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返し――。


「……我、誘わん、異界の地へ――悠久なる盟約の名の下に……?」

「読めるの?」

「あぁ、恐らくだが……これは、代理詠唱か……!?」

「代理詠唱?」

「あぁ、チベットだかどこかにはマニ車というものがあってな。その側面には確かお経だかが書かれているのだが、回転させる事でその書かれているありがたいお経を唱えたのと同じ功徳があるといった道具でな。これは恐らく、それと同じようにページをめくる事で各ページの上下に書かれていた呪文を詠唱したという形で魔術を発動させようとしているのだろう」

「……呪文……詠唱……?」


 普段なら笑い飛ばしかねない言葉だが、この事態ではもはや、アキラの知識に頼る他無い。


「ただのフレーバーテキストだと思っていたが……まさかこんな事になるとは……」

「なんとかならないの!?」

「恐らく、これを止める事ができれば……っ!」


 激しい突風の中、止めるために本へと歩むアキラ。

 魔本は一周目、最初から最後までのページを開き終えると、今度は逆向きにページをめくり始める。


「くっ!」


 暴風の吹き荒れる中、本へと手を伸ばすアキラ――。


 次の瞬間!


「ぐぅっ!?」

「アキラッ!!」


 轟音が鳴り響き、稲光と共にその手は見えない謎の力に阻まれ弾き飛ばされる。

 再度手を伸ばすも、再び弾き飛ばされる。


「くっ!」


 トールも全力で走り寄り、手を伸ばす。


「こんちくしょうっ!!」


 タケシも同じく、手を伸ばす。


「ぐあっ!」

「つぅっ!!」


 二人でも止める事叶わず。

 無情にも本の詠唱とやらは往復分も終わってしまう。


『貴殿達の旅路に幸あらんことを』


 その言葉のイメージと共に、周囲がまるでマーブル模様のように虹色に煌きながら歪んでいく。


 やがて、本が眩い光を放つと同時に、ふわりと、体が宙に浮くような感覚に襲われて――。


 荒れ狂う暴風の如き突風に体が引き裂かれるような衝撃を全身で受け止めながら――。


 意識がフェードアウトするかのように、真っ暗な闇の中へと投げ出されていくのだった。




――誰だっていつかは夢を見る。



――お伽話のような世界で、見たことも無いような魔物を倒し、英雄になる。



――そんな、幻想。



――無双して、チートして、ハーレムで。



――それは、とても読者にとって都合の良い、ご都合主義にまみれたファンタジーで。



――だけど、だからこそ尊くて。



――甘い夢に浸りながら、そんな幻想ゆめを求めてしまった。



 ……それは儚い、ありえない妄想だというのに。


 そう、ありえない夢を想い描いてしまったんだ。


 だから僕たちは……。



――この先にある絶望を、まだ知らない。


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