第六章「異世界にて」
第四十八話「森の中にいる」
「……はぁ? どこだよ、ここ……」
タケシの呟きが全てを物語っていた。
目を開くとそこは、深い深い森の中。
目の前には無数の木々。
しかも、見た事も無い色、形をしていた。
赤紫色のギザギザした葉。
うねるように絡みついたダークグリーンの幹。
こんな樹、見た事ない。
一体どこなんだ……ここは。
周囲を見渡す。
さっきのは全て幻覚とか冗談か何かで、目の前にある木々は全て、実は近くに昔からあった森林公園のものとかなのではないか、と考えたかったからだ。
みんなも同じようだった。
「こんなとこ、近くにあったか?」
「何この樹……気持ち悪……見た事ない形してるんだけど」
「うげ、なんだこれ……マジかよ」
「な、何よ」
タケシの見つめる先には、草のようなものが生えていた。
正確には、花、なのかもしれない。
それは百合の花を逆さにしたような形状の花。
ただ、白いその花は、明らかに普通じゃなかった。
光っているのだ。うっすらと。
「こっちにも、なんかある……」
リョウが指差す先には蠢く……キノコ?
細い幹にふんわりと無数の泡が固まったような形状の頭が付いていて……。
こちらもうっすらと光り輝きつつ、時折震えては胞子のようなものを振りまいている。
胞子は黄色い輝きを放ちながら周囲に散布され、薄れていくと共に輝きを失っていく。
こんなの……見た事無い。
「な、なんなの、これ……」
麻耶嬢が涙目で小さな悲鳴をあげる。
あきらかに異常だった。
想像を超えた現状に軽くパニック状態になった麻耶嬢をリョウがそっと抱きしめる。
足元には、小型で掌サイズの王蟲の色違いみたいな、無数の赤い目を持つ気持ちの悪い白基調の蟲が数匹、蠢いていた。
みんなには教えないでおこう。
これ以上余計な混乱を起こすべきじゃない。
僕がそう判断した時だった。
「それだけじゃないぞ」
アキラが空を見ながら呟いた。
反射的に僕も空を見る。
「……いや、言わない方が良かったか」
そこにはあきらかな異常が存在していた。
存在するべきでないものがそこにあったからだ。
本来の夜空よりも若干紫がかった不気味な色の空。
無数の小さな光に彩られた色鮮やかな星の海。
それはもう、車の排気ガスなどで汚された空ではありえない程に鮮明で……。
こんな異常事態でさえなければさぞ綺麗に思えたであろうそこには――。
――あきらかに異常な存在があった。
二つの月。
赤と、青、それぞれ不気味な色合いで輝いている……。
――ありえない。
形は同じだ。
色は確かに違うけど、月の色なんて大気の関係で変わるなんてのはありえる話だ。
だけど――。
二つあるなんて、ありえない。
月が二つあるなんて、ありえるはずが無いんだ。
おかしい。
あきらかに異常だ。
そもそも、だって――。
「お前も気付いたか。ケイト」
「……うん」
夜の森なんだよ?
鬱蒼と生い茂る森の中。
枝葉の隙間からようやく見える、いくつかに別けられた空。
そんな、木々の間からわずかに漏れる月明かり。
電灯なんて当然無い。
スマホの光を当ててる訳でも、ましてや懐中電灯を持っているわけでもない。
なのに、何でこんなに――くっきりと辺りが見えるの?
「恐らくだが、あの月の光か、そこらの草花の光か……つまりは――魔力的な光のようなものがあるのだろう。この世界には」
――この世界には。
冷静に呟かれたアキラの言葉にこそ、この異常性の答えがあった。
そう、僕達はもう、紛れようも無く、思考を放棄して逃避する余地さえも無く、辿り着いてしまったのだ。
――異世界へと。
夢にまで見た、けれど、実在するはずが無いと思い込んでいた、異世界。
実際に来てみると、それはなんともおぞましく、不気味で、まるで僕達を歓迎なんてしていないようで――。
――そら寒い、恐怖のようなものを感じさせるのだった。
「おいおいおいありえねぇだろ、普通、異世界転移っ
「そ、そうだよ。少なくとも遺跡とかから助けを求められて、それで召還されるとか、最低限そんなのがパターンだよね?」
「森の中に投げ捨てられるっていうのはさすがに……ある意味で斬新、なのかな? え? 僕が知らないだけ?」
軽口を叩き合う。
少しでも恐怖を払うために。
「ここでじっとしているわけにもいくまい……移動しよう」
唐突にアキラが周囲を見渡しながら宣言する。
「え? 遭難したらじっとするべきなんじゃないの……?」
「それは救援が来るという前提がある場合だ。ここが異世界である限り、俺達がここに現れた事さえ誰も気付いていない可能性がある」
「そ、そんなぁ」
「幸い、明かりは無くても何とかなりそうだ。行くぞ」
アキラの言う通りだった。
深い夜の森の中だというのに、視認できる程度には先が見える。
ここでじっとしている訳にも行かないだろう。
だって。
ここは異世界で。
何が潜んでいるのかさえわからないのだから。
――いつ、森の中から怪物が現れるのかさえ、わからないのだから。
そして、しばらく不気味な森を彷徨う事になる。
適当なもので目印を付けて、せめて同じところをグルグルと周らないようにしつつ。
それでも、どこに行けばいいのかわからない。
タケシが樹を登って周囲を確認しようと申し出るが、却下される。
逆にこちらが何者かに見つけられる事を危惧したのだ。
じゃあどうするんだと憤るタケシに、アキラは冷静に、真っ直ぐに進むしかないと呟いた。
僕達は、どこへと向かっているのか、出口なんてあるのかさえわからない森の中を、彷徨った。
時間の感覚がわからないから、どれくらいだったのか正確にはわからない。
体感時間で一時間ほど探索した先に、
「……なんだアレ」
最初に見つけたのはタケシだ。
よく見るとそいつは動いていた。
それは人型の、二足歩行の生物だった。
薄汚い、穴だらけでボロボロのローブらしきものを羽織ったやや小柄な人型サイズの何かだ。
ノソノソと歩いてはキョロキョロと周囲を見渡している。
「エンカウント。ゴブリンかな?」
「そうとも限らん。うかつに近づかない方がいい」
「けどこういう場合、積極的に行かないと情報は手に入らねぇぜ?」
「これはゲームじゃないんだぞ。危険すぎる」
「大丈夫だって。お前らならとにかく、俺だぜ?」
「……喧嘩と実戦は違う。それくらいわかるだろう」
「わかってる。けど、この場で戦えるのは俺と……神倉くらいなもんだろ?」
タケシがトールの目を見つめる。
終始無言だったトール。
その手には件の木剣が握られていた。
「そいつは切り札だ。万が一の時はお前に任せる。みんなを守ってやってくれ」
タケシは、どこか決意を秘めたような瞳で僕達を一瞥した。
「だから、俺が行く」
「……それを、認めろと言うのか」
「お前がGMだったらどうする? クトゥルフでもいい。こんな状況でこれ見よがしに起こされたイベントだ」
「……情報の可能性もある。だが、罠の可能性も高い」
「けど、罠と一緒に何らかの情報が出る可能性もある……だろ?」
アキラは腕を組んで黙り込む。
考え込む。
ここは進むべきか、引くべきか。
「……いや、危険だ。迂回しよう」
アキラがそう宣言した時だった。
タケシが小さく呟いた。
「悪ぃ……もう遅いみてぇだ」
推定ゴブリンこと、薄汚いローブ姿の二足歩行人型生命体。
そいつの顔がこちらを向いていたのだ。
煌々と赤く光る二つの瞳が――僕達を見据えていた。
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