第四十六話「魔導書」



「悪いな。また遅れた」


 神倉氏が到着したのは、開始予定時刻より約三十分ほど遅れた頃だった。


「平気平気」

「野暮用でな……すまん」

「ぶっちゃけ、さっきからずっとあんな感じだし」


 指差した先にあった光景。それは――。


「うぉぉぉ! 俺のターン! ドロー!!」


 勇ましくカードを引くタケシの声が響き渡る。


「来たぜ……『インターネットトロール達の罵倒マウント』を使用! 対象プレイヤーのエネミーは全てディフェンスに参加できない! この状況で! 『革命を謳う者』『インターネット聖戦士』を攻撃表示! 勝った! 第三部完!」

「それはどうかな……? 攻撃に対応して『男女雇用機会均等法』を使用。両軍のエネミーは各陣営毎に男女比を同じにしなければならない。男とも女とも取れるイラストのエネミーはどちらに加えてもよい。比率に合わない多い分のエネミーを選んで除去せよ」

「……俺のエネミー……野郎しかいねぇんだけど」

「そうだ。お前の軍団は平等という名の抑圧により死ぬのだ」

「うごごごご!? なんだとぉぉ!?」

「終わりか? ならばこちらの番だな。ドロー!」


 リビングでは、アキラとタケシが熱い戦いを繰り広げているのだった。

 一方的にタケシがボコられてるだけだけどね。

 そして一方、アキラの部屋では。


「いくよっ『たゆまぬ努力』を使用して『夢見るアイドル候補生』を強化変身! 人属性エネミーを一体『アイドル』トークンに変更。さらに! 今日は引きが良かったからね。『夢と理想の実現』を使用! 強化変身済みの人属性エネミー一体をさらに、『憧れのスーパーアイドル』トークンに究極変身させて攻撃だっ! 勝った! 第三部完!」

「……残念だけどリョウきゅん、それは通らないの」

「なんだって……!?」

「『挫折からの脱落』を使用! この効果により、人属性エネミーを一体『薬物依存症者』トークンに弱体化!」

「あぁぁぁ! ボクのプロデュースしてきたアイドルがぁぁぁ!!」

「さらに『社会からの抑圧』の効果で攻撃力フォース耐久力バイタルに-500のペナルティ。耐久力バイタルが0以下になったら当然の事だけど場から消滅……貴方の育てていたアイドルは……牢獄にぶちこまれたのよ」

「うひぃぃ!?」


 何やら物騒なネタだけどただのカードゲームです。

 そんな感じでリョウが麻耶嬢に弄ばれているのだった。


「あぁ、相変わらずだな」

「うん、暇つぶしで始めてからずっとあんな調子」

「そうか、それはよかった」


 いつも通りの光景に安堵する神倉氏。


 ……しかし到着した神倉氏の手には、何だかものものしい竹刀袋的なサムシングが。


「……」



――そっとしておこう。



「さて、ようこそ! 我が無電源ゲーム同好会二次会会場へ!」




――こうして楽しいパーティが始まった。




「『成功したサイコパス』の効果で『足引っ張りの政治屋』の能力を無効化! 『自己弁護』を使用した『こじきの如く勝利を求めし者:口先マン』と『他人に非を押し付け続けし者:絶対謝らないマン』でアタック! 勝った! 第三部完!」

「む、ならば『聖人の綺麗事』を使用! このターンの攻撃を無効化する!」

「くっ……強くなったね。エンドだ」

「よし、ここで『世論誘導』を使用! 場に存在する人族エネミーを全て除去。後に『イメージアップのためだけの偽善行為』を使用して『足引っ張りの政治屋』を山札からサーチして特殊召還! さらに『忍び寄る陰謀の影』を使用して人属性エネミーを『影の支配者』トークンに強化! アタック! イヤーッ!」

「グワーッ!!」


 神倉氏と白熱のカードバトルを楽しんだ。


 楽しい一時。

 幸せな団欒。


 そして――。



「ふぅ、楽しかったな」

「白熱したね!」


 一通りトーナメントバトルを繰り広げての小休止。

 みんなでお菓子を食べて、ジュースを飲みつつだらけタイム。


『アーレ キュイジーヌ!!』


 不意にタケシがテレビを付ける。

 きっと暇を持て余したのだろう。


『私の記憶は確かじゃないが……』


 画面の中ではイケメン俳優である加賀武氏がパプリカを丸かじり。料理の鋼鉄男アイアンメンがやっていた。


「……懐かしいけど、他に何か無ぇかな」


 チャンネルを変更するタケシ。


赤井法介あかいほうすけくん。加賀武美かがたけみさん。香山友里恵かやまゆりえさん。近藤王牙こんどうおうがくん。増田星子ますだしょうこさん。森村真理もりむらまりさん。以上六名が失踪して二年が経過しました』


 ニュース番組のようだった。


 内容は、二年くらい前にこの近所で発生したらしい集団行方不明事件についてだ。


『ネットでは様々な憶測が飛び交っているようですね』

『そうですねぇ。某国の拉致、誘拐監禁なんて説もありますけどねぇ』

『ありえないんですよ。地理的に某国の拉致はねぇ。それに誘拐だって』

『異世界に転移してしまっただの、平行世界に飛ばされただの? キサラギ駅っていうんですか? 都市伝説の。そういったね、馬鹿馬鹿しい話をね、こういった真面目な事件に言う奴はね、もう渇ですよ渇!』


 様々な憶測が飛び交っているようだ。


「これ、この間の怪談の元ネタの奴だよね」

「あぁ、やれ魔道書が残されていただの、儀式が成功したに違いないだの、異世界遊びのおまじない、タットワの技法を使ったせいだの、ネット上では色々と言われているようだな」

「へぇ~……」

「お、これか?」


 タケシが某大手掲示板サイトらしきページを開いていた。

 タイトルは『【俺も】びっくりするほどユートピア【異世界いきたい】』。


「このスレっぽいな。何々?」


『マジでなんの情報も無いらしいな』

『消える直前に教室入るまでは見たって奴の話、どこだっけ』

『悲鳴が聞こえて開けたらもういなくなってたって奴? ネタだろ?』

『ガチで平行世界に飛ばされたんじゃね? 怖い』

『現代の神隠しじゃ!』

『あ? あいつらなら今俺のベッドで寝てるよ』

『犯人確定乙。通報しますた』

『オイオイオイ、被害者には男もいるんだが?』

『それはつまりホモでは?』

『なんだァ? てめェ?』

『ホモ乙』

『●●ちゃんはいただいておきますね』


 みんなすっかりふざけてる。


「……ぅ」


 何か震えているタケシがいた。


「どうしたの?」

「いや、アキラが前に話してた別の怖い話を思い出しちまってさ」

「どれだ?」

「徘徊するババアの奴だよっ!」

「アレ、怖かった?」

「怖ぇよ! アキラが話す怪談マジ怖ぇって」

「あぁ、赤い洗面器を頭に乗せた謎の老婆の話か。あの話のオチはな……」

「ヒギィ! 怖いから……お宝探検隊!」

「どこへ行く」

「そりゃあもう、ダチの家に行ったら探すものといったら」

「なんだ?」

「男のロマンさ!」


 アキラの部屋へと逃げ込むタケシ。

 しかし、あの不気味な老婆の話は確かに謎が多かった。

 なにせ最後まで話す前に時間が来ちゃったからラストがわからないんだよね。


「ねぇ、あの老婆の話さ」

「ああ、あの話か。アレのオチはな。こう続くんだ……」

「エロスな本、どこだーっ!」

「……探しても無いぞ」

「嘘つけぇ! どこにあるんだ? ベッドの下かぁ?」

「だから、無いと言うに」

「これか!」


 タケシが何やらベッドの下から怪しい魔導書らしきものを発見していた。


「これは……エロ本を隠すためのカバーに違いないっ」


 中を見開いて驚愕するタケシ。


「何語だこれ……読めねぇっ」

「ラテン語だ」

「そんなん読めるかーっ! ってかお前、これ読んのかよ」

「一応は、な」

「マジかよ……で、これはエロ小説的な奴だったり?」

「違う。魔術書だ」


 真顔で言い張るアキラ。


「魔術書なんて、本当にあるんだ」


 僕の問いに。


「あぁ、基本的にはおまじないブックみたいなものだが。去年まで『赤きティンクトゥラ』というオカルトショップが近くにあってな。そこはわりとこういった本格的な個人創作のオリジナル魔術書なども取り扱われていたんだ」


 淡々と答えるアキラ。


「ほぇ~」

「それがもう、裏路地にひっそりと存在するいかにも怪しい、実にインチキくさい感じのアンティークショップでな」


 だんだんアキラのテンションがあがっていく。

 オタク特有の興奮状態って奴だね。自分の得意分野になるとやたら饒舌になるってアレ。


「どんな店なの……それ……」

「店主が自称一万年を生きる男でな」

「どんだけ中二病こじらせてるのさ……その人」

「本人はサンジェルマン伯爵を名乗っていたな」

「うへぇ……」

「それが肌色も顔立ちも本物の白人系でな。長い銀の髪が実に特徴的だった。しかも本当にアルビノなのかカラーコンタクトなのかわからんが、瞳が赤色でな。そんな奴が片眼鏡モノクルまでかけていたんだ。もう本当にそれっぽい、まるで絵本から抜け出てきたかのように美しい……二十代後半と思われる長身痩躯、細面の怪しい男だった」

「へぇ……」

「店内にはマスター手作りと思われる無数のジョークグッズがあってな」

「ジョークグッズ?」

「例えば、夢の世界へと繋がると言い張る巨大な謎の銀の鍵だとか」

「それはSAN値が下がりますね」

「雷を操ると言い張る謎の赤い魔本だとか」

「それ謎の子供とセットじゃないと意味無い奴じゃないかなー?」

「真の名を呼びかける事で姿を変え、異能を持つと言い張る謎の刀だとか」

「それ死神の奴ーっ」

「食べることで異能を得られる代わりに泳げなくなると言い張る怪しげな謎の実」

「はい、アウトー」

「そんなあからさまにネタなアイテムの中に、しっかりとした実用的なオカルトアイテムも扱っている……そんな店だったんだ」

「何そのありったけの夢をかき集めてそうな摩訶不思議夢空間ワンダーランド


 どんな店だったんだか。一度冷やかしに行ってみたいものだ。


「ネタアイテムは恐らく、一見さんの冷やかしを追い返すためだったんだろうが、本格的なオカルトアイテムだけでなく、パワーストーンや宝石類などもかなり安く売っていてな……重宝していたんだが」

「うん?」

「ある日、突然消えたんだ」

「うぇ……?」

「店があったはずの場所が突然更地になっていてな。まるで夢でも見せられていた気分だったよ」

「それ、詐欺的な奴だったんじゃない?」

「いや、それはありえない。宝石などは鑑定書付きだったからな」


 部屋を探すアキラ。


「……無い」

「ふぇ?」

「俺が買ったはずの宝石類が……比較的安物のパワーストーン以外無くなってる!?」

「なんで!?」

「あの野郎、勝手に売りやがったな! どうりでいつだったか突然高い肉を買ってきた訳だ……っ」


 どうやらアキラママが勝手に質屋かどこかで売り払ったようだ。


「逆に考えて、質屋辺りにもってってちゃんとした値段になるって事は、本当にそれなりの品だったって事だよね」

「もしくは、あの店が本当にあったかさえ疑わしくなったがな……」

「あはは……」

「おのれぇ……!」


 憤るアキラがそこにいるのだった。


「うお! これも何か凄そうだぜっ?」


 タケシが本棚から取り出してきたのは、無数の魔術書らしきものが陳列されている棚の中でも最も高級感あふれる物だった。


「あぁ、それは去年、さっき言った店で買ったものだな。確か、古代ムー大陸で遊ばれていた、例えるならば、世界最古のTRPGみたいなもの……らしい。まぁ、どう見ても魔術書なのだが」


 その本は、物々しくも派手な、荘厳で豪奢な表紙の、オカルトチックなデザインの本だった。

 とても本格的な、実に魔導書といった風体で、飾りには白銀の鍵のようなものや、それを中心に、多角形の不気味な宝石らしきものが多数埋まっている。


「書かれている言語は古代ヘブライ語だ。比較的初期に訳されたもの、という設定らしい。当時は読めなかったが、最近少しだけ読めるようになった。すっかり存在そのものを忘れていたな。今なら読めるかもしれない」


 古代ヘブライ語って……なんでそんなの読めるのさ君。


「まぁ、そういった設定の、海外のよくできた同人TRPGだろうがな。その精細な作りこみに惚れこんでつい買ってしまったのだ。いつか同人ゲームを自作する際の資料用にな」

「いくらだったの?」

「セットで二千円だ」

「安っ」


 このクオリティで二千円は安すぎだろう。


「ちょうどその時の手持ちと一緒だったのでな。運命を感じた」

「へぇ~」

「付属されていた魔術書が中々に独創的で面白くてな。印や呪文まで書かれていて本格的だったんだ。英語やドイツ語、ラテン語など比較的読める言語で書かれていたからつい夢中になって暗記するまで熟読したものだ」

「それもよく読めたね……しかも、暗記しちゃったの?」

「そりゃぁするだろう。呪文だぞ?」

「するんだ」

「ザー○ード・ザーザード・スク□ーノー・□ーノスーク・漆黒の闇の底に燃える地獄の業火よ我が剣となりて敵を滅ぼせ!」

「それ、漫画の奴だよね」

「ア○トル・ダムラル・オムニス・ノムニス・ベルエ○・ホリマク!」

「いでよ、赤いコ○ドル!」

「そうだ。これくらい暗記するだろう? それと同じようなものだ」

「いや、普通そんなの暗記しないから」

「さらにこのゲーム、専用のオリジナル異世界言語まであってな、辞書までついてきたんだぞ? 実に本格的だろう?」

「無駄な所に力入れてるなー」

「当然熟読して、ある程度暗記した」

「オイオイオイ」

「実はこの本、まるで魔導書みたいに、ゲームを開始する前に口にすべき合言葉というものがあってな。その言語だけ件のオリジナル言語で書いてあったんだ。まだ自信は無いが、今なら少しは読めるかもしれん。面白そうだしやってみるか」

「自称、世界最古のTRPGか……いいね」

「翻訳ゲームというのも捨てたもんじゃないからな。まずは、このゲームは六人プレイ専用っと。丁度いるな」

「いるね」

「次に、この専用のキャラシートに名前とデータを記入」

「なになにー?」

「なにしてるのよアンタたち」


 麻耶嬢とリョウもやってきた。


「なんだ? どうした」


 トールもやってきた。


「なんか、面白そうなゲーム、やるってさ」

「ほぅ」


 本に挟まれていた、キャラクターシートらしきものを手渡す。


「名前の欄が最後にあるって珍しいね」


 キャラクターネームを書き込む欄が右下にあるというのは珍しい気がする。

 それとなんというか、魔法的な紋章、紋様、呪印が散りばめられていて、なんか悪魔的な契約書を思い起こすデザインだ。


「これ、あらかじめコピーしてたの?」

「最初から付いて来たものだな。スターターキットのようなものだろう」

「ふぅん」

「これに書きこめばいいわけ?」

「適当にキャラ名付けて、っと」


サラサラ描き始めるタケシ。


「なんかカッコいい専用のダイスが付いてるみたいだよ」


 怪しい魔術的な形状のいかしたデザインの十面体ダイスだ。


「ルールにも、ダイスはこの専用ダイスを使用してください、とあるな」

「なんか、面倒臭いわね」

「いいじゃねぇか。別に無視して自前のがあるんなら振っちまおうぜ」

「いくぜ! ダイスロール!」




 そんなこんなで、発見された怪しいゲームをプレイしようという流れになり。




――そして悲劇は訪れる。




――惨劇の幕が今、開かれる。

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