第三十八話「*相田麻耶の事情2」



「んぬぁぁぁ~……生き残れなかったぁ~……」


 私、相田麻耶は今、絶賛悔しさに落ち込み中である。


「ま、しゃあねぇべや。初期SAN値30は発狂するって」


 悔しい事にタケシに慰められる私。うぅ……惨めだ。


 金曜の部活の帰り道。私たちは今日のゲームについて語り合っていた。


「やっぱキャラ作成一度振りって厳しいってば~」

「だな。死屍累々だったもんな」

「いやぁ、酷かったよね。生き残ったの、僕とリョウだけだもん」

「守れなかった……麻耶ちゃんを……」

「リョウきゅぅぅん……」

「麻耶にゃぁぁん……」


 ひっしと抱きしめあう。

 温もりが嬉しい。うへへ。


「つっても、ゲームの中じゃ男同士だったべや」

「いいの。友情だったの」

「しかし……難しいものだな……」


 トール君もやや落ち込み気味の御様子。


「神話生物……恐るべし」

「うん。ミ・ゴとか蛇人間とかグールならともかくとして、モルディギアンに直に殴りかかっちゃダメだよ……」

「そういうものなのか……」

「そういうものなの」

「てっきりボスキャラクターかと思って突撃してしまったが……」

「まぁ、あのゲームは他のと違って色々と難しい部分があるからね」

「ギミックで倒さないといけないボスが多いんだよ~」

「限りあるヒントの中だけで、仮定を推測し、問題をクリアするというのもTRPGの醍醐味の一つなのだよ」

「なるほど……」

「タケシも……あれは戦略的に必要だったけど」

「あぁ、やりきったぜ」

「あれがなきゃ全滅だったもんね」

「必要な犠牲、って奴だな」


 そんな風に、お互いのプレイングを語り合う時間。


 夕日から闇へと変わる黄昏の時間。


 実に楽しい一時だ。


「さて、覚えてるよね? この後」

「二次会だな」

「アキラん家に集合ね」

「少し準備するから、ゆっくり来てくれ」

「あいよ~」


 こうして、各々別れてゆく。


「ボクも、一旦家に寄って鞄置いてくるから。後でね」

「うん」


 リョウ君とも別れて。


「……」


 その後姿を見送る。


 小さくなっていく後姿を……ただ、見送る。



 ……独りきりになると、途端に寂しくなる。



 みんなが帰路に着き行く中、私は家には帰らない。



 帰ったらきっと、もう今日は外に出してもらえないだろうから。



 もう日は落ちている。



 人通りの少ない場所は危ないので、駅へと避難する。

 コインロッカーに鞄を詰め込み、準備をする。



 ただひたすらに、彼の連絡を待つ。


 待つ。待つ。待つ……。


 寂しい。


 そして……怖い。


 周囲を行きかう人々。



 その中に無数に存在する、男性が……怖い。



――実は、私は男性恐怖症だ。



 普段は薬で抑えているし、意識的に努力してがんばっているから、外からはそう見えないと思う。

 そう見られないようふるまっているつもりだ。



 けど、私は男性が怖い。



 本当は、タケシとのハイタッチやスキンシップも実はきつい。


 大きい男性ほど、怖いのだ。


 だけど慣れるためにと、こんな病気に負けてたまるか、って気持ちで、あえてやっているのだ。



 余談だけど、男もダメだけど、実は女も嫌い。

 これは多分生まれつきの性分。

 その場からいなくなったら悪口合戦とか、建前だけ上手に強者を操作して弱者を潰そうとする集団的な群れ思考とか、数による強迫観念とか。

 正直言ってうっとおしい。


 苦手な男子とつるんでる方がよっぽど楽しい。

 でも、怖い。そんな板挟みの複雑な感じだったりする。


 実は、おいーっす、みたいな変なキャラなんかも、異性を遠ざけるためと、家の事情でお嬢様口調を強制されたのが嫌いだからわざとやっているのだ。


 だわ、とか、よ、みたいな古臭い女性口調は嫌い。だけど染みついてしまっているせいでつい出てしまう。


 そんな自分も嫌い。


 だから本当はもっと男子と仲良くしたいのに……。


 私の心は男子を恐れる……。


 過去の出来事のせいで……。



 実は、意識してない時に触られると叫びそうになってしまうくらいに怖かったりする。


 だから、逆にひっぱたいてみたりして、触れることで何とか攻略しようと誤魔化して……。


 慣れた相手でもデカい男子はギリギリ叩くくらいが本当は限界に近くて。


 触るのも、実は抵抗感がある……のに無理してて。


 内心まだ、ちょっと怖い。


 なので耐性をつけるためにわざわざタケシに突っ込み入れてたりするのだ。


 タケシには悪いけどね。



 嫌いな訳じゃないんだよ。



――怖いんだ。




 ついでに言うと、刃物も苦手だ。

 というより、暴力全般が怖い。


 恐らく、これも私の“過去”に原因があるんだと思う。


 格闘技の試合も見れないし、刃物を見るのも実は怖い。



――暴力なんて、フィクションの中だけで充分だ。



 現実にやるのは勘弁して欲しい。



 男性は、暴力的なイメージがある、だからさらに怖い。


 けど、リョウだけは違う。


 違うと思う。そう、思いたい。


 こう言ったら悪いけど、いい意味で男らしくないし、暴力なんてまるで縁が遠そうだし。


 だって、線も細いし腕も細いし、殴ったら手が壊れちゃいそうなくらいに可愛いし。



 だから、私にはリョウ以外ありえないのだ。



 そう、私は男子が怖くて暴力も刃物も怖くて、トラウマに塗れていて……。



 だから、男性を愛せない。



 女の子みたいなリョウだから、きっと――リョウだけを愛せるのだ。



 理由は、幼い頃の体験にある。



 小学校……四年生くらいの頃だろうか。

 私は誘拐された事がある。


 詳しくは覚えていない。


 気がついたら、呆然と涙して無表情に震えながら保護されていたらしいからだ。


 心を守るための機能なのだろう。

 そこであった記憶全てを失う事を、体が、心が選んだのだ。


 着衣の乱れた姿で発見された、と新聞で見たような気がするけど……一糸まとわぬ姿で、傷だらけで発見されたってどこかで見た記憶もある。


 思い出そうとすると激しい頭痛と吐き気がする。

 それでも無理して知ろうとすると、意識を失う事もある。


 よほど酷い目にあわされたのだろうか。


 今の私にはわからない。



 母親が小学校教師だった頃。

 両親は共働きで、父方の祖母が家に住み着きで面倒を見てくれた。


 けど私が十歳の時。つまり四年生くらいの時に祖母が他界した。


 私の送り迎えをしてくれていた祖母。

 その祖母がいなくなり、両親は私の事を心配してくれた。

 だけど、そのせいで両親に迷惑をかけるわけにはいかないと考えた私は……。


 手をかけさせたくないからと、一人でがんばって登下校する事を選んだ。



――それが間違いだった。



 うちは家が立派だったし、当然他から見ればお金持ちの部類にあった。



 私の見た目も……自分で言うのは嫌味かもしれないけど、かなり可愛い部類だったと思う。



 そんな家の娘がだ。



 両親が共働きで忙しいためとはいえ、一人で長い道のりを登下校する。



 当時は、良いとこの学校を出て、エリートコースを進むべく、ちょっと家から遠い所に通わされていたのだ。



 だから、それは当然の結果だったのかもしれない。



 表向きには、身代金目的の誘拐だったらしいと新聞にはあった。



 ニュースにもなり、様々な憶測が飛び交った。



 父は警察エリート。祖父も警察エリート。だから犯人は過去の事件関係者で、恨まれていたという説。


 母方の祖父も政治家だったので、それ関係で恨まれていたという説。


 ただ家が金持ちそうだから狙われたという説。



 そして、ロリコンの性犯罪説。



 様々な説があるが、私はその答えを知らない。


 両親はただ、私に謝るだけだったから。



――犯人は追い詰められたその先で、逃亡途中に射殺されたらしい。



 武器を持っていたから、威嚇射撃の結果、当たり所が悪かった……とあるが。



 親が親である。



 諸説あるが、これ以上想像するのは止める事にする。



 この事件以来、父は怒鳴らなくなった。


 母は仕事をやめて優しくなった。


 エリートでなくてもいいからと、家からなるべく近い学校に通わされるようになった。



 街中で急にトラウマが出るため、なにより、ニュースになって居づらくなったため、引っ越した。



 今住んでいる家は、二つ目の家なのだ。



 過去の家は売却したとはいえ、新規購入で一戸建て。私でもずいぶんなお金持ちだなぁって思う。



 でも、きっと私はそれだけの事をされたのだろう。



 当時の私は、夜尿症まで発生するくらい。ふさぎこんでろくに喋れないくらい。時折発狂してわめき散らすくらいに……そりゃあもう、酷い状況だったらしいから。



 七日間の誘拐、監禁。



 犯人は男達。



 その後の私の精神状況。



 傷だらけの体に……衣服の乱れ?



 想像しなくても、何があったかは予測できる。



 そのためにどれだけ苦労をかけているのか。

 それは理解しているつもりだ。



 精神的に、完全におかしくなっていたらしいから。


 病院に通って何とかよくなりはしたが……男性恐怖症だけは治らなかった。


 以降、近場の小学校で過ごし、中学と高校は女子校にするかと進められてはいたが……。


 負けず嫌いの私は、近場の共学校で克服する事を望んだ。


 今でも病院に通院して服薬をして過ごしている。


 薬が無いと、たまにフラッシュバックのような形で、ヨクワカラナイコウケイが脳裏によぎり、おかしくなる。


 だから。私は……本当は男性が怖くて仕方ないのだ。




 一応、自分に関係のないフィクションの性的交渉についてなら、問題ない。


 それは克服した。二次元や妄想ならなんとか問題ない。


 というか、それくらい大丈夫じゃないと、この年だし、心と身体のケア的に問題が出る。




 ただ、異性間交渉みたいなシーンは少し苦手だ。



 同性愛なら、見ててそれなりに楽しめるんだけどね。



 ……だから、それは、本当はとても悪い事なんだけど。



 私はリョウを……女性として見ている。



 ちょっと変わったものの生えた女性として、愛しているのだ。


 男性が近づくだけで吐き気と恐怖感が襲う。

 薬で抑えていても、不快感が現れる。


 多分、匂いがダメなんだろう。



 けど、リョウだけは、なぜか大丈夫だった。



 本当は苦手な男性、私はそれを、気合で我慢しているだけなのだ。



 だから……リョウみたいな、女性的で可愛い男の子と付き合うのだ。



 他の男じゃ無理だから、




 比較的ショタっ気の強いケイトでも無理だった。



 ケイトは、年より若く見えて、とても少年っぽい。


 小柄だし、華奢でなで肩、まだ中学生にも見える童顔。


 中性的で、ミドル程度の長さな茶色かかった髪は、うまく着飾れば少女に扮装させるのも難しくはないだろう。


 けど、あくまで女性寄り、というだけで少年っぽさを残した男子ってレベルなのだ。


 昔、家族写真をみた事があるけど圧倒的に母親似だ。



 そんな彼でもギリギリアウト。


 見た目は嫌いじゃないんだけどね。



 余談だが、うちの部にはそこそこ顔の悪くない面子がそろっている。

 それなのにモテないのは、怪しい部活のせいもあるが、一番の理由は鈍感だからだ。


 あいつら、本当は一人二人くらいは影で好いてくれている女子がいるのにまったく気付いてない。


 だからモテないんだってのに。


 それなりに自分から動けば多少は考える女子もいないわけじゃないのに、どこか自分でバリア張っちゃってる。


 そんな可愛そうな非モテ民だったりする。


 まぁ、それはさておき。



 スマホを見る。


 まだ、連絡は無い。



 寂しい。


 辛い。


 怖い。



 私には、彼しかいない。



 彼だから、大丈夫なんだから。



 他の誰でも無理。



 許婚だの、お見合いだの、そんな無謀なクソガチャで、どうやったらあんなUSSRクラスのウルトラ可愛い子が出てくるというんだ。


 絶対にありえない。



 だから、きっと、この出会いは奇跡なのだ。



 ……会いたい。



 ……さみしい。



 一人になると、いつもこうだ。



 思い出せないはずのトラウマが心を冷え込ませ、優しさを求めるのだ。



 胸元のペンダントをいじる。


 両端に可愛らしい翼をかたどったハートリングのペンダントトップ。


 リョウからもらった始めてのプレゼント。



――はやく会いたい。



 一緒にいられない時間は、こんなにも辛くて切ない。



 そんな時。電話がかかってくる。


 リョウ君!?


 あわてて飛び出る。


 相手先の名前も見ないで。


 それが間違いだった。



「麻耶ちゃん。今何時だと思ってるの?」



 母だった。



「もう門限ですよ。はやく帰ってらっしゃい」


 静かではあるものの、お怒りのようだ。


 当然だ、過去にあんな事があったんだ。


 安全な場所に置いておきたくもなるよね。


「ごめん、今日ね。ちょっと集まりがあって。帰り遅くなるから」

「何馬鹿な事言ってるの。今がどんだけ大事な時期だかわかってるの?」


 ……私の心配ではなかったようだ。


 結局、大切なのは家柄……ってこと?


 エリートコースは諦めてもらえたものの、私が相田家に相応しい人間たる事。それが一番大事だったって事なの……?


「私の心配より、家柄の心配なんだね」

「……? 何言って」

「私が危なくないように心配してたんじゃ無くて、今が大事な時期だから、相田家にふさわしい人間になるために、勉強するために帰ってこいってことなんでしょ!?」

「麻耶ちゃん……何言って……」

「リョウとも別れろなんて……私には、リョウしかいないのに……」

「あのね? 麻耶ちゃん?」

「私の病気の事も、私の心配も、そんなことより、勉強なんでしょ!!」

「ちょっと、ま――」


 私は通話を一方的に切ると、そのままスマホの電源を落とした。


 リョウとの待ち合わせ場所はもう決めてある。


 少し怖いけど、もう行ってしまおう。


 優しい両親だと思ってた。


 いろいろ迷惑かけてたとも思ってた。


 もうどうでもいいや。


 私は相田家の犬じゃない。


 相田の家の都合なんてどうでもいい!


 私は――。



 待ち合わせ場所に向かう途中、書店に並ぶ本と、広告に自然と目が行く。



 『異世界転生』『異世界転移』『異世界令嬢』『異世界聖女』。


 どこもかしこも異世界異世界。


 まるで異世界物のバーゲンセールだ。


 他にも、過去の異世界物の漫画も棚に並んでいた。


 そう、昔からあったのだ。


 昔から、人は異なる世界に憧れていたのだろう。


 多くの人が、異世界に――。




――逃げる場所が無いから。




 こんな世界ならいらない、と。




 この無数の悩みを全部投げ出して、どこかへ消えてしまいたいから!!




 多くの人が、はるか昔から願い続けてきた事なのかもしれない。




 だから、こんなにも沢山、異世界物があるのだろう。




――私も、今はそんな気分だ。だからわかる。




 異世界、行けるものなら行ってみたいものだ。




 もちろん、リョウと一緒に。




 異世界にまで行けば。




 駆け落ちしても、誰も追っては来れないだろうから。




――そしてきっと、誰にも邪魔されずに、自由に愛し合えるだろうから。




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