第三十九話「*倉敷涼の事情2」
自宅に到着! 扉を開けて、鞄を置いて……急いで出かける、前にっと。
ボク、倉敷涼は今、とても幸せである。
大好きな恋人がいて、楽しい友達に囲まれていて、毎日が楽しくて仕方がない。
今は彼女を待たせてるかもしれない状況な訳で、早く準備をすませなくちゃ。
私服に着替えていこうかな? いや、でもそうすると服選ぶのに時間かかっちゃうし。
麻耶ちゃんを待たせる訳にはいかない。
……走って汗かいちゃったし、顔洗って、少し整えてからにしよう。
洗面台で顔を洗って、化粧水を顔にひたひたして、パンパンと叩き浸透させる。
香水を掌の下にちょいっと付けて、伸ばして伸ばして首にも、足のくるぶしにも。
髪型を整えてっと。
鏡の前でニッコリスマイル!
――うん。今日も可愛いぞっ。
……可愛くてどうするっ!
ボクは男の子なんだぞ!?
でも、こうやってちゃんと身だしなみを整えると麻耶ちゃん喜んでくれるし……。
鏡を見ながら髪の束を一房づつ整えていく。
まるで女の子のような容姿。顔は完全に母親ゆずり。どう見ても普通じゃない。
小さい体も、この女の子っぽい顔立ちも、声も、全部異常だ……はっきりいってコンプレックスだよ。
本当は、もっと雄雄しいマッチョなイケメンの大男がよかった。
山下先輩くらいのバルク系がボクの理想だ。
……いや、もちろん彼氏の理想とかじゃないからねっ。
ボクのなりたい理想の姿なのです。
なんだかんだで山下先輩、麻耶ちゃんともけっこう仲良いし。
わきあいあいとしてる所をみると、正直、嫉妬します。
……どうして麻耶ちゃんは、ボクみたいな頼りがいの無い男を選んでくれたんだろう。
いつだって、他の誰かに奪われてしまうんじゃないかって、心配になる。
だって、ボクは自分が嫌いだから。
自分の、こんな女の子みたいなルックスが嫌いだから……。
そんな風に鏡の前で黄昏ていた時だった。
「リョウ。帰ってたの?」
「ママ……」
ボクの母親。
ボクをそのまま女装させたような、本当に瓜二つの、可愛らしい、実年齢が謎レベルの若々しい合法ロリだ。
「これからどっか行くの?」
「うん」
「また彼女とデート?」
「いや……彼女もだけど、みんなと遊ぶ」
「そう……」
靴を履いて出かける準備をする。
「制服は男物なのに、まるで女の子ね。化粧水に女性物のソープ。これ、全部彼女の趣味?」
「うるさいよっ」
「私服も可愛くなっちゃってねぇ。来年には女装にはまってたらどうしましょ」
「……怒るよ」
「……ねぇ、本当は遊ばれてるだけなんじゃないの?」
「……怒るって、言ったよ?」
「ごめんごめん、でもママ心配なのよ。リョウが悪い子に騙されてるんじゃないかって」
「麻耶ちゃんはそんな人じゃない」
「そう……」
「ボクを、唯一男の子として扱ってくれるんだ……そして、ちゃんと愛してくれてる」
「それならいいんだけど」
わずかな沈黙。
「勉強は? 大丈夫なの?」
「勉強?」
「来年は受験でしょ?」
「まだ早いよ」
「そうは行っても、他所の子はもう塾に行ったりして備えてるって聞くから」
「他所は他所。内は内。でしょ?」
「……そうなんだけどね。心配なのよ」
「心配ないって、それほど成績は悪くないし」
「悪くないだけじゃダメなの。知ってるでしょ? ママは専門学校卒だから、リョウにはきちんと大学まで出て欲しいの」
扉を開けて、出かけようとする背後から声をかけられる。
「恋人のお嬢さんだって、今年受験なんでしょ? あまり邪魔したら可愛そうよ?」
「……行ってきます」
扉を閉めて、急いで家を後にした。
知ってるよ。そんな事。
でも、ボクは今、会いたいんだ。
我がままだってわかっていても、ずっと会っていたいんだよ。
こんな……こんな見てくれのボクを愛してくれるなんて。
男として見てくれる相手なんて、きっと麻耶ちゃんだけだから。
わかってるんだ。
前に麻耶ちゃんの家に行った時。
ご両親にそれとなく言われたから。
『この子にとって今は大事な時期だから、わかってあげてね』
……大事な受験の時期だから、距離を置いて欲しい、って事なんだと思う。
わかってるよそんなこと……だけど。
今週の月曜日。
ほんの少し離れただけでも辛かった。
寂しくて、会いたくて。
もう、二人でなければ生きられないって程に。
独りは悲しかった。
多分、麻耶ちゃんだって同じはずだ。
見た目は普通にしてたけど。
なんとなくだけど感じた。
いつもよりちょっとだけペッタリさんだったから。
「……」
走って、走って、そこに辿り着いた。
待ち合わせ場所は、近くの公園。
麻耶ちゃんは、ブランコに乗って待っていた。
……少しだけ、待たせてしまった。
「ごめん、待った?」
公園の入り口から声をかける。
「大丈夫、今来たとこ」
夜の公園という光景が、月曜日の光景を思い出させる。
『女なんぞにうつつを抜かすなよ~』
『いい大学に入っていい仕事について、金をたんまり儲ければなぁ、女なんざ星の数だ~!』
『未来を見据えろ! 欲に負けるな! 今、女に負けたら人生失うぞ~!!』
父の言葉が脳裏にリフレインされる。
「……」
「どうしたの? リョウ君」
「ん、なんでもない」
なんでだろうね。どいつもこいつもまるでボク達に別れろと言ってるみたいだ。
女が星の数いようと、麻耶ちゃんはこの世界に一人しかいないのに。
こんなボクを愛してくれるのは、男として見てくれるのは、麻耶ちゃんしかいないのに。
……まるでロミオとジュリエットだ。
禁じられた二人の愛。
っていうかさ、少子高齢化なのに、未来ある二人を引き裂くなんて馬鹿な話だと思わない?
学生時代の恋愛、それを邪魔するから子供が減るんじゃないの?
そんな、世間に対する憤りを感じながらも、麻耶ちゃんの下へと辿り着く。
「お待たせ」
「寂しかった」
二人、ハグする。
優しいぬくもりに包まれる。
「ちょっと待ってね」
移動するために、今まで読んでいたらしい文庫をポシェットに入れる。
表紙に描かれたタイトルから見て、最近出たばかりの異世界転生物っぽい。
たしか、悪役令嬢に転生して聖女にジョブチェンジして逆ハーレムしてチート能力で世界征服するんだっけ?
売れ線テンコ盛りだね。
「それじゃ、行こうか」
「うん」
手を繋いで二人、歩き出す。
異世界か……。
もしいけたなら、不思議な力とか、もらえるのだろうか。
理不尽に立ち向かう力が欲しかった。
何者にも負けない力が欲しかった。
――それがあれば、ボクでも彼女を守れるだろうから。
二人でい続ける事ができるだけの、力が欲しかった。
――ボクは、永遠を求めた。
異世界転生、異世界転移。
どれでもいいから、ボクは彼女と永遠に、二人だけで幸せに過ごせる世界に行きたかった。
こんな世界を捨てて、二人で、異世界にでも逃げられたらいいのに、なんて……。
――その時のボクは、そんな駆け落ちめいた夢を妄想していたんだ。
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