第三十一話「*神倉徹の事情4」
神倉徹の心に静かな怒りが宿っていた。
理由は単純な事。
練習道具の返却を断られたのだ。
金曜日は大事な用事ができた。
故に水曜か木曜日に返却を嘆願した。
だが、非情にも電話先の人物はそれらを否定した。
「時間が短すぎる、もう少し、長い間考えてみてはくれないか?」
「言った通り、金曜は用事があります」
「なら、来週でも」
「腕が鈍ります。稽古だけは個人で続けて行きたいので」
「だったら」
「くどいですよ。もう、剣の道に戻るつもりは無い」
「なら、なぜ鍛錬だけは続けるんだい?」
「体を鍛えるのに理由が必要ですか?」
「鍛えたいならウェイトトレーニングでも……」
「くどい! 俺がどんなやり方で体を鍛えようと個人の自由なはずだ!」
神倉徹は過去との決別を求めていた。
剣術はもう、過去のものなのだ。
それでも鍛錬を続けるのはただ一つ。
癖である。
人間、同じ事を繰り返していると、やめるのが難しくなるものである。
だから、何かを始めるならば、それが癖になるまで続けなければ三日坊主に終わってしまったりするものなのだが……。
神倉徹にとって鍛錬とは、もはや体の一部といってもいいくらいに体に根付いた物。
だが、剣道はもうしたくない。
大会にも興味が無ければ、対練もうっとおしい。
わざわざ部活動としてやるなんてもってのほかだ。
ただ自己鍛錬の方法として、日々やっていければいい。
矛盾しているとはわかっていても、神倉徹は、いつも行っていた鍛錬をやめることだけは気持ちが悪くてしかたないのだ。
なにより、形見の八角木刀だ。
亡き父との思い出の品でもある。
あれが手元に無いというのは、家族の一部が欠けているにも等しい。
――あの重さじゃないと、どうもしっくり来ないんだよな。
「なぁ、辛いときはな。何かに一心にのめりこんだ方が良いって事もあるんだぞ?」
「別にやりたい事がなくなった訳じゃありませんよ。俺は、俺の新しい道を行くために、剣の道を捨てるんです」
結局、1時間にも及ぶ口論の末、金曜日の放課後に返してもらう事になってしまった。
――これじゃあ、せっかくのみんなとの大切な時間が減ってしまうじゃないか。
その後、苛立ちを忘れるために、部屋に戻った神倉徹はゲームを立ち上げた。
昔、妹が遊んでいたゲーム機。
すでに四代目まで出ている機体の二代目。つまりかなりレトロな部類に入る。
だが、未だにその愛好家は少なくない。
怒りをゲームで忘れようとする。
没頭してくると、だんだん苛立ちの理由さえ忘れてくる。
物語に集中していく。
彼がやっているゲームはRPG。
異世界の主人公の追体験として冒険を行うゲームである。
久々に再開する、もう二度目となるゲームであった。
一度目はパーフェクトなクリアができず、真のエンディングには辿り着けなかった。
なので今度は、攻略ページを片手にパーフェクトなラストを目指す。
ちなみに、真のエンディングは木村圭人に見せてもらっていたりはする。
だが、やはり自分でそこへ辿り着いてこそ、と思っての再チャレンジだった。
物語は中盤。
イカれた狂皇子が残忍の限りを尽くすシーン。
「豚は死ね!! 矮小な虫けらどもめが……剣を取れ。殺しあえ。一人殺せたらその首もって我が元へ来い。狼だけが生きのびよ……我が国家に豚はいらぬ」
侵略先の村人を集め、狂気のサバトを演じる姿に、神倉徹は感情移入していた。
逃げ出す村人を追い回し、切り殺す狂皇子。
最低の行為だ。だが、これはこれで悪役としては魅力的だ。と神倉徹は悪皇子の感情に没入していた。
そして一瞬、心に芽生える闇。
あの糞教師も、今日の雑魚も、全員あんな風にぶち殺せればよかったのに。
勘違いしてはいけない。
ゲームが犯罪者を生むのではないのだ。
ゲームがあろうがなかろうが、犯罪者は犯罪を行う。
では何が原因なのか。
それは、環境である。
上記、神倉徹の心の動きを見ればわかる。
嫌な事があって、耐え切れない事があったから、殺意が芽生えるのだ。
ゲームは、殺意を抑えるための代理品に過ぎないのだ。
だから、神倉徹は思うのだ。
このゲームのように、嫌な奴らをぶち殺せればいいのになぁ、と。
だけど、それは面倒な事になるから、ゲームで楽しんでおこう。
もし、こんな狂皇子の視点で楽しめるゲームがあったら、そっちの方が今はやりたいな、と。
それが、普通なのだ。
ゲームが殺人鬼を産むのではなく、殺人思考のある人間が、そういったゲームを好むのだ。
因果が逆なのだ。
ゆえにゲームを非難するのはナンセンスなのである。
それはさておき――。
「やっぱり、ダークなキャラも格好いいな」
ゲームにはまった神倉徹は午前0時になるまでゲームを続け、そこへと至った。
お気に入りの狂皇子が主人公達と戦うシーンである。
普通は六人パーティで戦うはずの戦闘を、この化け物は六人×三パーティ、十八人と連戦するのだ。
そのすさまじい強さから、この狂皇子を好むプレイヤーも多い。
主人公達を蹂躙する狂皇子。いつしか神倉徹は主人公よりも、この孤高の皇子に感情移入してゆく。
こんな自由がうらやましい。
力あるのだから、理不尽も現実も力づくでねじふせる。
この皇子は悪役だからここで尽きる……だが、もし、俺ならば……。
狂皇子の果てるシーンを見終えた後、布団の中で神倉徹は考えた。
――TRPG、次やる時はあんなダークキャラもいいかもしれないな、と。
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