第四章「絶望のフラグメント」

第二十八話「ありし日の日常9」





「悲しいな……世界って奴は……」


 天を仰ぎつつ、タケシが呟いた。


 今日は火曜日。時間は昼休みの中ごろ。

 場所は教室。


 テーブルには無数のカードが広げられている。

 様々なイラストの描かれた、いわゆるトレーディングカードゲームという奴だ。


「嫌な事件だったね」


 僕も隣でタケシの肩に手を置きつつ、天を仰ぐ。


「お前の勝利方法だけが、未だみつかっていないんだってな」


 腕を組んだアキラが神妙な面持ちで語る。


「山下武連続敗北事件。次の被害者は……あなたかもしれない……」


 そして麻耶嬢がキリッとタケシに向けて意味深なナレーションを口にする。

 いや、それタケシ以外に被害者いないでしょ。


「やったー! また勝ったよー」


 リョウがはしゃいでいた。


 いつも通りの光景である。


「やったねリョウきゅん☆もう最強だね~♪」

「いやぁ、麻耶にゃんにはまだまだかなわないよ~」

「いやいや、もう私でも勝てないかもしれないよぉ~」

「そんな事言って~、も~、麻耶にゃんったら~」

「リョウにゃんにゃ~ん」

「麻耶にゃんにゅーん」

『ちゅー☆』

「出禁になる前にやめろ」


 アキラが冷静に暴走寸前ギリギリの二人を止める。


「相変わらず仲いいね~……」


 クラスにいた演劇部らしき女子が麻耶嬢にゲンナリした表情で声をかける。


「そりゃあもう、リョウきゅんは魂の絆で結ばれたソウルフレンズだもん」

「……麻耶にゃん……ボクは……フレンズ……友達どまりなの……?」


 プルプルと泣き出しそうに震えるリョウ。


「あ~! 違う違う! フレンズ、ノー! ラヴァー! 永遠を約束されたソウルラヴァーだから!!」

「ラヴァー……恋人~! 麻耶にゃんとボクは……恋人なんだよね……?」

「そうそう、間違いないから。私にはリョウきゅんしか考えられないからっ」

「麻耶にゃーん!!」


 ひしっと抱きしめあう馬鹿二人。


「うわ、やってられんわ」


 演劇部の女子らしき人もそっぽをむき出した。


 当然だよね。


 クラス中の非モテ民が致死量レベルの呪いをリョウに向けてるかのような眼で睨んでるもん。



 そんなこんなで。



 わざわざ三年の教室にまで遊びに来る後輩リョウがいて。

 クラスは違えど集う同志達がいる。


 怪しいオタク遊びにドン引きしつつも当たり前の光景になりすぎて気にもとめないギャラリー。

 イチャラブにはさすがに殺意が飛ぶみたいだけどね。


 実に和やかで牧歌的な光景じゃありませんか。


「……さっぱりわからん」


 そして、難解なカードゲームを見学して首をかしげるトール。



 楽しい、実に幸せな日常である。



「お、の、れぇぇ! こうなったらリバウンドじゃい!!」

「え? 太るの?」


 英語の残念なタケシが訳のわからん事をほざいていた。


「まさかとは思うが、リベンジと言いたいのか?」

「ああ、諦めたらそこで試合終了だからな!」



 ……なれるといいね。リバウンド王に。



「あ、そうだ」


 そんな中、僕はトールに話しかける。


「なんだ?」

「今週の金曜日なんだけどさ」

「あぁ」

「放課後の活動が終わった後、歓迎会も含めて我が同好会の秘密の二次会に御招待したいんだけど……来れる? みんなはどう?」




 答えは了承。





――その日はきっと、すばらしい日になるに違いない。




――あの時の僕は、疑う事さえせずに、そんな事を信じていたんだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る