第一部(後編)

プロローグ2

第二十七話「逃走“2”」



――逃げる。



――逃げる。



――逃げる。




 森の中を駆け抜ける。


 過ぎ去っていく光景。


 それは見た事もない草樹達。


 暗い赤紫色の鋭利な葉をたずさえ、うねるように絡みつきながら天まで伸びるその幹は、木の色じゃない。


 茶色じゃないんだ……もっとおぞましいダークグリーンの……。



――ヒュンッと、耳元を何かが通り過ぎる。



 何か、なんて。


 どうかしてる。



 逃げてるんだぞ! 僕は!!



 現実からまで逃避したら死ぬぞ!!



 なんとか目を覚ますように気合を入れなおし、全速力で走りぬく。


 右へ、左へ、通り過ぎた樹を少しでも盾にできるよう移動する。



 飛来してくるのは矢だ。



 おぞましき亜人種達。



 ゴブリンらしき、未開部族めいた人型の何かが射る弓矢。



 それをかろうじて回避しながら、僕は逃走を続けていた。



 深い森の中を、あてどなく。



 幸運にも、生い茂った無数の木々が障害物となってくれているおかげで、僕はまだ生きている。



 ……。



――のように、死んだりせずに。



 ……まだ、生きていられる。



 ……。



 アキラ達とははぐれていた。



 ……いや、はぐれるなんてとんでもない。



――見捨てて逃げたんだ。



 ……。



 けど、それ以外に選択肢はなかった。



 散り散りになって逃げる他、道は無かったんだ。




 あの時、僕たちを守ってくれた――の犠牲を無駄にしないためにも……。



 息が切れる。


 腹が痛くなってきた。



 脚ももう限界だ。



 辛い。



 痛い。



 もう休みたい――。



 けど、それでも僕は走りぬいた。



 生き延びる道は、他に無かったから。




 やがて――。




 どれくらい走っただろうか。




 限界を超えて、もうダメだと思った時に、それは見えた。



 森の終わり。



 不自然に周囲を明るく照らす謎の月の光が、束となって降り注いでいる。




「よか――」




――良くはなかった。




 そこにあったのは絶望。




 一歩、歩き出そうとしたその先に道は無く。




 そこは、言うなれば終焉だった。




 森の終わりは道じゃなく。




――崖だった。




 サラサラと、水が流れている。




 下は川のようだ。




 けど、高い。




 高すぎる。




 ここから落ちたら……。




 漫画やゲームなんかじゃ、崖からの川落ちは生存フラグだ。




 けど、これは現実だ。




 平気? ――この高さ――落下――叩きつけられ――泳ぐ――できる? ――無理――死……。




 引き返そうと思い直した刹那。




――ヒュンッっと、頬をかすめる矢。




 そして降り注ぐ無数の洗礼。




 森の奥には無数の赤い光。

 ゴブリンらしき生命体の眼。

 おぞましき群れの、無数の眼。


 恐れ戦き、半歩後ろに下がった右足。


 崖がズルリと、その部分だけ抜け落ちた。




――刹那の浮遊感。




 それが落下だと理解するのにわずかな時間を必要とした。




 悲鳴をあげる暇も無く。僕は崖下へと落下して行った。




 覚えているのはそこまでだ。



 どうしてこうなったのか。



 暗く、暗く、落ちていく。



 暗い闇へと落ちていく。



 夢。


 そう、これは夢だ。



 あの日の夢。



 この異世界に飛ばされてきた日の、夢。



――記憶。



 仲間を見捨てて逃げた……。



 あの日の夢……。



 悪夢と言う名の過去の追体験だ。




 そして僕は再び夢の中で――。




――懐かしき日々へと身を委ねる。



 あの、幸せだった頃の夢を――。



 それはとても幸せな日々で。



 暖かな日々で。



 そのはずなのに。




 どこか悲しい世界で……。





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