第十三話「楽園の記憶2」


「無電源ゲーム研究部というのは、ここで合っているだろうか」


 その声が響き渡ったのは、リョウを捕獲した麻耶嬢が帰還した後、全員で窓のカーテンを開き、明かりを付けて扉を閉めて、怪談モードを終了させ次は何をして暇を潰そうかと話し合っていた時だった。


 現れたのは、スラッとした印象の背の高い男子。


 だが、ただ背が高いだけではない。そのキッチリと整えられた制服の下には、隠し切れないほどに荒々しい筋骨粒々の筋肉美を持つであろう事を予想させる、恵まれた体躯の美丈夫である。


 無造作に伸びた短めの黒髪。その伸びた前髪の下には隠されるように、知的なクールさを予想させる切れ長の鋭い目と、闇のように深い黒をそなえた漆黒の瞳があった。整った顔立ちながらも寡黙を絵に描いたような、そしてどこか影を背負ったミステリアスさを併せ持った無表情フェイス。


 そう、彼こそが最後のメンバー。


 新入部員候補の見学者。

 神倉徹(かみくらとおる)。


 僕と同い年で、今年の初め頃に転校してきたクラスメイトだ。


 スポーツ万能頭脳明晰。学力ランクは常にトップ……だったらしい。

 おまけに何かの大会で優勝したほどの実力を持つ武術か何かのスペシャリストらしい。

 もしもリアルでクトゥルフ神話的な事件に巻き込まれたとしても彼ならきっと無傷で生還することだろう。

 まさに文武両道。僕達なんかとは真逆で、どこに出しても恥ずかしくないようなパーフェクト超人だ。


 でも、時々どこか寂しそうな顔を見せる時があったので……。


 しばらく色々と話したりして、徐々に趣味をカミングアウトしつつ、『特選アニゲセレクション! これではまらない奴はきっといない僕の大好きな作品ベスト20』を貸したり、その反応を見つつ別の好みそうなアニメや漫画、ゲームを特選セレクションして貸しつつ、徐々にこちら側の趣味に洗脳した後に誘ってみたら、意外とあっさりうなづいてくれたのだ。


 僕自身びっくりだった。


 やっぱり僕のセレクションに間違いは無い。名作はいつだって万能なのだ。

 世界はきっと漫画やアニメで平和にできるって僕は信じてる。


 それはさておき。


「ここで合ってるよ~」


 手をひらひらさせて隣の席へと誘ってみる。


「……すまん、遅れたか?」

「大丈夫。適当に暇つぶししてたから」

「……少し野暮用ができてしまってな、遅れてしまった。すまない」


 武人らしく直角に頭を下げるトール。

 だがその目線をはずすことは無い。


 凄い。なんか武士みたいだ。


「いいってことよ」

「無問題(モーマンタイ)」

「おっけーおっけー」

「以後、気をつけてくれればいい」


 全員で暖かく迎え入れる。


「という訳で、彼が新しいメンバーになる予定の――」

「神倉徹だ。はじめまして。よろしく頼む」


「おう、よろしくな」


 タケシが握手をかわし、アキラが無言の礼を返す。


「よろしく~」


 相変わらず性別不詳な可愛らしい仕草でリョウが挨拶をして――


「おぉ……なかなかにグッドガイ……」


 麻耶嬢がじゅるりと舌なめずりをした。



 ……もちろん脳内で誰かと掛け算をしているんだろうけど。



「ま、麻耶にゃん……」


 リョウがまた捨てられた子犬のような瞳でプルプル震えていた。


「……そうだよね。僕なんて全然男らしくないし……」


 またまた一人暴走モードのリョウと、あわあわと慌てふためく麻耶嬢の姿。


 天丼かな?


「僕らはもう終わりなんだああああ!! ぶぅぇぁぁぁぁぁ~~~ん!!」


 ……脱兎の如く駆け出す涼。


「違うんだってばぁぁぁ! 涼きゅんと脳内掛け算しちゃっただけだからぁぁぁぁ!! 待ってぇぇぇ!!」


 いつの間にやら開かれた扉の外、廊下の彼方へと去って行く二人。


「……」

「追わなくて良いのか?」

「うん。ほっとけば帰ってくるから」

「あれぞ我が部名物」

「いちゃつき鬼ごっこだ」

「もういっそ、このまま鍵閉めてやれ」


 非モテ系男子三人が団結していた。



 とりあえずさ、リアル人物で掛け算するの、まずやめようか。




――そして数分のトイレタイムを挟み。二人が帰って来た後。



「そういえばよぉ」


 ゲームの準備として道具や本などをテーブルの上に置いている最中、タケシが何気なく口にした。


「神倉徹って、あの神倉徹? 」

「……恐らく、その神倉徹だ」


 少し、ほんのわずかに、若干の不快そうな表情をにわかに浮かべつつ、トールが答える。


「……マジで?」

「知っているのか、タケ電」


 リョウが男子オタク同士であればきっとわかりあえるであろう遊び心満点の尋ね方で問う。


「ぬぅ、あれはまさしく……ってうっさいわ。誰がタケ電じゃ。ハゲとらんわ」


 タケシが律儀な乗りツッコミを返しつつ答える。

 そうだよね。このノリだよね。アニオタなら常識レベルだよね。


「神倉徹って言ったらアレだろ? 剣道のメッチャ強い奴」

「……関係者か?」

「いや、単なる元スポーツマン」

「……ふむ、元か」


 不快そうな表情をやわらげるトール。何かあったのだろうか。


「バスケ、やってたんだよね?」

「おうよ、“鈴中の白い流星”。聴いたことねぇか?」

「いや」

「だっさ」

「恥ずかしい二つ名だな」

「うっさいわ。通常の三倍くらい輝いてたんだよあの頃は」

「頭が?」

「ハゲちゃうわ!」


 もはや関西人か、ってレベルでボケやツッコミを繰り出してくるタケシ。徐々に温まってきたようだ。


「まぁ、そんな訳で、あぁいう所にいるとよ。別の業界のファンも少なからずいる訳よ。だからそっちの話とかも耳にする機会がある訳。どこどこの誰々がなにやらかしたらしいぜ~、ってな感じでな」

「……そうか」

「しっかし、あの神倉がなぁ」

「凄いの?」

「全国で一位」

「マジ?」

「昔の話だ……」

「つっても去年もだろ?」

「……」

「まぁまぁ、せっかくうちに遊びに来たんだし、こっちの話を進めようよ」


 何だか気まずい雰囲気になりかけていたので空気を入れ替える。


「まぁ、いいけどよ。うちに入るにしても……あっちはどうすんだ?」

「辞めたよ」

「……マジ?」

「あぁ、今は俺もお前と同じ。エクス(元)さ」

「ふっ……そうか。どんな事情があったのかはあえて聞かねぇ。歓迎するぜ」

「……助かる」


 同じ“元”同士。何か感じ取れる部分があったのかもしれない。

 何かをわかりあう二人がいるのだった。


「しかし凄ぇの連れてきたな。俺とソイツがいれば、リアルで神話事件に巻き込まれてもゴ=ミくらいまでなら多分やれんぞ?」

「ミ=ゴを甘く見るな。生体鎧を着込まれたら勝ち目は薄かろう」

「あ~、アレは確かになぁ」

「蛇人間だって銃で武装している事もある」

「あ~、それはちときちいな」

「ミゴ? 蛇人間?」


 オタクワードまみれの会話に困惑するトール。


「うん、えっとね。そのうち説明するよ。今日やるゲームには関係ないから」

「そうか」



 そんなこんなで、楽しいゲーム部の部活が始まるのだった。




 というかリアル神話事件とか勘弁して欲しい。

 オタク知識で無双とか。なろう小説じゃないんだからありえるはずがない。

 僕なんてまっさきに死にかねない。

 なんたって、何のとりえも無い普通の一般人なんだからさ。

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