第二章「楽園の遊戯」

第十二話「楽園の記憶1」



「じゃぁ俺の番だな」


 電灯を消し、窓のカーテンを全て閉めた多目的ルーム。

 薄暗い部屋の中で、アキラはオカルト研究会に伝わるという最新の怪談話を口にし始めた。


 ……来る予定の新メンバーが余りに遅いので、暇を潰すことにしたのだ。


「それは“呪われたアーティファクト”と呼ばれる品にまつわる話でな。形状については語られていない」


 静かな語り口で、声のトーンを落として語られる言葉に、僕たちは耳を傾ける。


「実はこの話はさほど恐ろしいというほどの物では無くてな。いきなり大声を上げるとか、おぞましい怪物が現れるとか、幽霊だとか不思議だとか不気味だとか、そういう類のものではないんだ。その形状のわからない何かに関わってしまう事で引き起こされる出来事に恐怖性があるんだ」


 ゆっくりと、アキラは語り始めた。


「ある日、とある少女が偶然それを見つけてしまったんだ。


 それはとてもオカルトめいた形状をしていてな。

 一目で魔術関連にある道具だとわかるものだと言われている。

 だから少女は手にとってしまったんだ。

 呪われたアーティファクトだとは知らずに。

 少女はオカルト研究会に所属していたのでな。


 だからこそ、それをオカルトめいた何かだと理解できた。

 そして、だからこそ興味を持ってしまったんだ。


 結論から言うとな。少女は消えてしまったんだ。


 ある日、唐突に。


 5人の友人たちと共に。


 6人のメンバーがオカルト研究会の部室に入ったのを目撃されている。

 だが、出てくるのを見た者はいなかった。


 最後に、その教室付近で聞かれたのは少女たちの悲鳴。


 何があったのかはわからない。

 それが何であったのかもわからない。

 少女達が何をしてしまった結果なのかもわからない。


 確かなのは、彼女を含め6人の少年少女たちが、一瞬で忽然と姿を消してしまったという事実だけ。


 教室にはただ、古びれたナニカだけが残されていたと言う。


 それこそが呪われたアーティファクト。


 一説によると、それは古代の旧支配者により伝えられた“門”を開閉する媒体であり、偶然にも鍵となる呪文を唱えてしまった事により、この世ならざる異空間へと繋がる門が開かれ、6人は今もその何も無い狭間の空間に閉じ込められているという。


 また他の説によると、実はその物体こそが無貌なる邪神の供物を招くための装置であり、贄として選ばれてしまった6人は今も宇宙の中心にあるとされる冒涜的な宮殿の奥地にて不知なる魔王の周囲にたゆたいながら、未来永劫死ぬことさえ許されずに踊り狂っているのだとか……。


 転移能力を発動させてしまった結果、6人は床の下に大地と融合して埋まっている、なんて説もある。


 様々な憶測がなされているが、真実は一切不明なんだ。


 そして、この話の何が恐ろしいかというとだな。


 この噂が流れ始めた二年ほど前の話だ。


 実際に、この近隣で6人の生徒が行方不明になっているんだ。

 しかも、実際に教室に入る姿こそ目撃されているにも関わらず、出てくる姿が目撃されていないんだ。


 つまり、いつ俺たちがそれに巻き込まれ、この世から消え去ってしまうかわからない。


 もしかしたらこれが……呪われたアーティファクトなのかもしれない」


 アキラがおもむろに何かを取り出す。


「ひぎぃ!!」


 女子みたいな悲鳴をあげてタケシが隣にいた麻耶嬢にしがみつく。

 そして無慈悲にはたかれた。


 開かれたアキラの手には冒涜的な記号の描かれた多面体。

 マニアのために作られた用途不明な不気味なサイコロがあるだけだった。


「ってクトゥルフダイスかよ!」


 タケシが突っ込んだ。


「この世から消え去る……異世界行き、ねぇ……それ、形状が本だったりしない?」

「知っているのか麻耶電!」

「麻耶電って何……」


 男子オタクにしか理解できないであろう独特のノリを回避され、すべりにすべりまくったタケシを尻目に麻耶嬢は話を続ける。


「いやさ、昔の話なんだけどね。四神天地の書って話がね」

「……それ、アレでしょ? 少女マンガの」


 僕はすかさず突っ込んだ。過去に流行った異世界転移系漫画のネタだ。


「違う、断じて違うぞ。朱雀が舞い上がってミラクルなラーなアレでは断じてないっ」


 アキラが必死に否定していた。


「ちぇ、たまほめに会いたかったのに」


 ぶーたれつつ、ノートの隅に格好いいヤンチャ系イケメンを模写し始める麻耶嬢。


「ほとほり様でもいいわね。イケメン万歳」


 その隣に髪の長い理知的イケメンを模写し始め、ハートマークと花柄で包み込む。

 おいおい、カップリングすんなしっ!


「ま、麻耶にゃん……」


 まるで捨てられた子犬のような瞳でプルプル震えるリョウの姿があった。

 その様はまるで、どこぞの消費者金融CMに出てくる小型犬を彷彿とさせる。


「……そうだよね。僕なんて全然男らしくないし。別の学年だし。頼まれた演劇部の後かたずけもろくにテキパキとこなせないほどの駄目駄目人間だし。だから今日も遅れちゃったし、そのせいでもっと沢山の時間を一緒に過ごせたはずなのに……僕は……」


 一人暴走モードで呟き続けるリョウと……あわあわと珍しく慌て顔の麻耶嬢。


「……そんな僕なんかより……こんな駄目駄目ダンゴ虫以下の虫けら野郎なんかじゃ、麻耶にゃんが満足できる訳……ないもんねっ!」

「……ち、違うのよ? 涼きゅん、あのね……?」

「そうだよね! どうせ麻耶にゃんも、そういった長身イケメンパーフェクト超人コーディネーターみたいな奴の方が良いに決まってるんだ! ぶふうぇぁああああん!! 僕らはもう終わりなんだああああ!! うぅわぁぁぁぁぁ~~~ん!!」


 ……脱兎の如く駆け出し扉を開いて教室を後にするリョウ。


「ちょ、ま、待って! 涼きゅ~んっ!!」


 ダッシュで追いかけ、廊下の彼方へ去って行く麻耶嬢。


「今のはちょっとつい、頭の中で掛け算しちゃっただけだからああああ!! 待ってえええ!! 落ち着いてぇぇ!! 涼きゅうううううん!! かぁぁむばぁぁぁ~~~っく!!」


 こうして、我が無電源ゲーム部名物、いちゃつき鬼ごっこが開始されるのだった。


――ちなみに、比較的いつもの光景である。


 ゆえにもちろん放置した。どうせしばらくすれば帰ってくるし。


 そんなことよりも実は少し気になることがあった。


「そういえば……」


 だから、お馬鹿な二人のやり取りで言い出せなかったことを僕は口にしてみたのだった。


「確か、ニュースになってたよね? 二年くらい前。カス高で行方不明事件があったって……」

「ふぇ?」


 唐突な話の切り替えに、美少女が口にしていれば可愛いのに、彼がやるととても残念な事になる台詞をタケシが口にする。

 そして青ざめ始める。


「おいおい……嘘だろ」

「確かその被害者も……」

「そう、6人だ」


 開かれた扉の外、廊下から薄ら寒い風が入り込んできた。

 きっと誰かが近くの窓を開けているのだろう。


「信じるか信じないかは、お前ら次第だ」


 アキラが決め台詞を口にし、みんなが同時にゴクリと唾を嚥下させたその時――。


 ガラリと閉まっていた方の扉が開かれる。


「ひぎぃぃ!?」


「捕獲完了」

「ただいま~」


 小動物を抱きかかえるような姿で中むつまじく頬ずりしながら、リョウを捕獲してホクホクと帰って来た麻耶嬢の姿があるのだった。


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