第36話 ヴァーサス・ドラゴン

 

 

 

 

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 「誰がァ!!」額に青筋浮かべ「俺を足蹴にしていいと言ったッ!!」 ――クロウはマジ切れしていた。

 

 「五月蝿えよ。助けてやったんだから感謝しろ」――ぶっきらぼうにケンゴ/狩人は言い放つ。

 

 派手に蹴り飛ばされたクロウと、蹴り飛ばしたケンゴ。約二名は粉々になった建造物よりもまだ背の高いビルの一室に居た。どうやら内装が途中だったらしく、文字通り何も無い。広々とした空間があるだけだ。そんな将来を期待された空間に散らばるのは、張りたてだったガラス。見れば一部が派手に割れている。手前の会話からして察する通り、ケンゴ/狩人がクロウをここに蹴り飛ばしたのだ。それこそ、サッカーボールを蹴り抜くような気軽さで。

 結果、ガラスは割れた。

 

 「あ”あ”?!」

 

 「五月蝿えって言ってんだろ。叫ぶな」

 

 迷惑げにしっしと手を振る。この時ばかりは、ケンゴのチンピラ脳も起動していなかった。あれだ、相手が怒りすぎていると怒る気にならない。返って冷静になる現象だ。よくあるだろう?

 

 「この……!」

 

 不愉快だ――クロウは、眼の前の男にそう感じていた。具体的に言えば、どうにも他人のような気がしない。同族嫌悪というやつだ。

 

 「キャラ被ってんぞッ! オイコラ!」

 

 ぐいっと近づいて、ケンゴの整った顔立ちを至近で睨む。睨みつける。顎を突き出し、角度をつけ、目を剥いて力を込めて――するとケンゴの目元がぴくりと動いた。

 

 「テメエが勝手に被せてんだろうが、おい」

 

 ドラゴンを見据えていた視線がぎゅるりと横に向く。横というのは、突き刺さる視線の方。すれば、クロウとメンチを切る事になる。ばちばちと視線の繋ぎ目で火花は散り、チンピラ空間が形成された。路地裏ストリート低層街スラムではよくあることだ。

 だが、長くは保たなかった。

 

 「ガァッ……!!」

 

 猛烈な衝撃波がクロウの体を打ち据えた。直撃ではない。直撃ならば、消し飛んでいるからだ。粉々の塵になっていただろう。

 

 「口を開けるな、噛むぞ」

 

 またまた面倒くさげに言うのはケンゴ/狩人だ。今は黒衣の裾をはためかす狩人の姿。先までの人の姿はない。

 

 「何、しやがったぁ!」

 

 一応の助言など耳に入らないのかクロウは風に負けずと怒鳴る。

 

 「五月蝿え。答える義理はない」対するケンゴ/狩人の解答は冷めきっていた。チンピラ熱もとれたらしい。

 

 とんっと軽やかに足音はして、ケンゴ/狩人が無造作にクロウを投げ捨てた。されるがままのクロウではないが、狩人というものは根本的に異形と変わらない。腕力なども義体サイボーグを赤子の手をひねるが如し。〈富士山〉の剣鬼であっても変わらない道理だった。

 着地だけは無様を見せなかった。クロウは極自然に体を捻り、苦もなく屋上に足をつける。

 

 「よし、決めた。お前は殺す」

 

 「テメエの相手をしてる暇はねえよ。さっさと下がってろ。邪魔だ」

 

 臆面なく叩き付けられた殺意をケンゴ/狩人は、鼻で笑ってみせた。

 

 「しかし、」すっと周囲に視線を配り「カレンあいつ、いないな……もしかして追い越したか?」

 

 するとケンゴ/狩人は肩を竦め。

 

 「まあいい」

 

 カッと踵を打ち鳴らして――粒子加速ステップ。クロウの視界から消え失せる。怒りの矛先も空振った。

 再出現は――ドラゴン直上。

 

 「やることをやるとするか」

 

 落ちながら牙を打ち鳴らす蛇腹剣チェインチョッパー。とぐろを巻けば、ケンゴ/狩人の周りで渦巻きを描いて――雷鳴が轟いた。射出された黒鉄のブレードは一瞬遅く、空気を刺し貫いていった。そのまま、天井に先を半ばほど突き立てる。

 

 粒子加速ステップ。狙うは一撃必殺。腹の下、柔らかな腹腔を蛇腹剣チェインチョッパーは貪らんと牙を剥く。

 

 「いいや、」青が鮮やかにケンゴ/狩人の側を通り抜け「させはしない」牙より早く、ドラゴンに突き立つ――すると。

 

 硬い掘削音がした。並のドリルなら粉砕されているような、並々ならぬ強度を感じさせる。破砕を拒むものが青ざめた仮想電脳神経路ラインの導きの下に、ドラゴンを覆い尽くしていく。それは、白濁した皮膚を掘り抉れば抉るほど、顔を覗かせたのをきっかけに、栓を切ったような勢いで吹き出る地下水のように。蛇腹剣チェインチョッパーの螺旋は恐ろしいまでの火花を上げ、生じた擦過で急激に自らの牙を劣化させていく。

 

 「私の偉業はここに誕生する! ケンゴ――いいや、狩人!」

 

 ドラゴンが叫ぶ。明瞭な人語を手繰り、先までの本能のままの暴走行軍スタンピードなど欠片と見せない。頭部に生える瞳に知性と理性が同時に芽生えた。吹き出る、青の煌めき。

 六つの手の隅々が青白く輝き、覆い隠すように黒鉄の鎧は現れる。

 

 「君には我が世界、最後の敵になってもらおう!」

 

 竜なる者ドラゴン=クローク=F=エンボルト。真の狂気が、人類と異民、生きとし生きるもの全ての敵が今此処に、竜の姿を得て在った。あらゆるものを救済するために。


 「ほざくなよ……!」

 

 雷鳴。腹の下からドラゴン前方に現れたケンゴ/狩人は吐き捨てるように呟いた――三つ、亀裂が地面に空いた。

 

 「ッ――――」粒子加速ステップ、その先。「っ……!!」足を取られる。足首から下が凍りつく。

 

 間髪を入れず、黒鉄の腕がケンゴ/狩人を弾き飛ばした。くるくると縦と斜めに回転した後、高層ビルディングの一つに叩き付けれる、だけではすまない。ぶち抜く。壁と中の空間をケンゴ/狩人の体が勢いを殺すことが出来ず、ただ慣性に付き纏われ、ようやく勢いが止んだときには先よりも数ブロック先。

 

 口に溜まった血塊を吐き捨て「はっ……」体に落ちた瓦礫を立ち上がりながら落とし「やってくれるじゃねえか」呟いた。

 

 同時に、黒鉄が押し寄せた。視界一面を目一杯に埋め尽くして、黒鉄の暴風雨は降り注ぐ。冷たい氷雨となりて、残酷に、瞬く間にケンゴ/狩人の肩を濡らし、凍える雨で打ち据えるため。

 着弾――着雨まで、時間は秒針の一刻みと残されてはいない。

 

 言葉を作る間も「ははッ――」無い「――遅えよ」筈だった。

 

 ケンゴ/狩人の背後に通り雨は去っていった。一歩踏み出して、二歩目でドラゴンの眼前に再び、クロウは現れる。予知していたように双腕が振りかぶると同時に叩き込まれた。

 都市を揺らす激震。路面どころか周囲の高層ビルディングの群れも無事では済まない。無論、この拳の先で踏み潰されているであろうケンゴ/狩人など言うまでもない。だからか、血飛沫が派手に巻き上がった――しかし。

 

 「ッ!」驚いたのか僅かな瞳を見開くのが見えた。何故か、黒鉄に牙が突き立っていた。

 

 理解が「なるほど……」出来たらしい――ドラゴンの瞳が細まり。

 

 「その移動法、小癪だ。それの一部をすり抜けさせたね」

 

 答えはない――代わりとばかりに、ケンゴ/狩人はコートの裾を翻して巨腕の上を走り抜けていく。

 

 「認めるのには、癪な話だ」

 

 戦闘の余波に目を細めながら、クロウは空中に身を躍らせている。ほんの一瞬手前まで足をつけていた高層ビルディングが真っ二つに割れたからだ。やはりあの硬質な黒鉄のブレードが作り出した現実。

 

 「あれに混ざるのは自殺だな。いくらなんでも」

 

 気怠げにぼやいた視線の先で、黒鉄の腕が羽虫のように飛び交うケンゴ/狩人を追いかける。何度も特徴的な音を響く。捉えきれずに掌は虚空を薙ぐ。距離をとっているのに、クロウの耳は、ごうと風がかき回される音を聞いた。

 あれも喰らえば死ぬだろう。ミンチどころか粉微塵だ――クロウはそこまで考えて。

 

 「――は、馬鹿らし」と苦笑い「目の前で楽しげに踊ってんのに? 馬鹿らしくて堪んねえな」

 

 爪先を床で叩いて、整えて、勢いよく走り出す。走り出せば、踏み込む先にやってくるのは空中。だから落ちる。当たり前がクロウを落としていく。風鳴りを耳にして、クロウは笑う。笑った後は壁面に生えた看板をとっかかりに、とんとんとんっと、飛び跳ね。

 

 「俺も混ぜろよ?! なあ!」

 

 颯爽と太刀を振りかざし、自由落下。目指す先、黒鉄のドラゴンはまた一度、翼を解き放った。

 

 

 ――丁度、その時。

 

 

 「追い付いた……!」とヨシカゲが呟いた。揺れる瞳が見据える先には、黒鉄と染まったドラゴンの姿。

 

 「あ、やべ――」瞬間、カレン、Uターン。猛烈な勢いで飛び退ったそこに亀裂が入った。

 

 「なにが――「喋るな! 舌噛むぞ」――!」

 

 急制動からの急加速。速度は瞬く間にトップスピードまで跳ね上がった。多脚特有の障害物を物ともしない移動での高速移動は乗せている相手に優しくない。だからヨシカゲは歯を食い縛ってしがみつく。そもそも、人を乗せるようにこれはできていない。

 その時、彼らの脇でビルが粉砕された。恐るべき衝撃波が粉砕と同時に吹き乱れて、勢いのままに飛んだ破片は、ヨシカゲの頬を切り裂いた。

 だがそれだけで済んだ。どうやら矛先が向いているのは、二人ではないらしい。だから、今のも余波とかそういうのだ。

 そうして、幾度目になるかも分からない黒き飛翔体が空を貫く――切っ先は影を、ケンゴ/狩人を捉えている。

 秒針を斬り刻んだ合間、ケンゴ/狩人の視界が黒く染まる。足裏は今、踏み込んだ。前に、ブレードを足蹴にしてケンゴ/狩人は急接近。振り翳された肉切り鋸包丁チョッパーが黒鉄の龍鱗へと触れる――……。

 同時にドラゴンは咆哮を上げ……いや、あれは咆哮ではない。

 

 刹那、「かはははははははははははははは!!」迸る哄笑。高らかで、滑らかに牙を向いて笑うドラゴン

 

 「喋った?!」驚愕零すヨシカゲは、「っ……なんだ?」同時に刺すような冷気を感じた。

 

 ――凛気発露オーバーフロウ。ばら撒かれた翼を起点にし、仮想電脳神経路ラインが無数と駆け巡る。幾何学的に直角を描く線は一瞬で空間を制圧していく。それは冷徹なる氷結の侵略。あらゆる分子が静止し、零へと落ちていく。

 

 竜なる者ドラゴン=クローク=F=エンボルト、彼を中心に青の氷原が広がる。

 

 「捉えたァ!」――喜色満面と無数の眼球が嗤う。

 

 狂気の発露は終わらない。溜め込まれ、長い年月に腐敗し、煮立った狂気はコールタールのように粘質で、何よりも冷たく世界を壊していく。誰よりも世界を憎んだ男の狂気の終着点が此処にあった。

 氷結とは固定である。万物に働きかける静止の理であるからにして。

 

 「不味い……!!」方向転換。ずるりと伸びる停止より逃れる為、粒子加速ステップ

 

 粒子加速ステップ粒子加速ステップ粒子加速ステップ。止まると一瞬で囚われる。だからこその粒子加速ステップ。通常の物理法則を掻い潜る方法だからこそどうにか魔の手から逃れられていた。

 

 だから、丁度、挑みかかったクロウの切っ先は「ッ――!!」虚空で縫い留められた。

 

 ――吐く息、白く。限りなき青が、瞬く間にクロウを包む。

 

 「馬鹿が――!」雷鳴がたちまちと現れ、クロウを連れ去った。

 

 「ケンゴ!!」叫んだヨシカゲと「ダーリン!」同じ様に呼んだカレンの隣にクロウがぼすんと落ちてきた。次いで、ケンゴ/狩人も。

 

 どうやら凍結にも圏外があるらしい。ヨシカゲ達の周りには及んでいない。遠目に見れば非常に奇妙な空間がドラゴンの周りに広がっている。落ちるものが落ちず、落ち続ける空間。

 件のドラゴンは、その中心で嗤い続けている。何がそんなにおかしいのか。ただ、側から消えたケンゴ達の事等これっぽっちも気にしていない様子だ。強者の余裕か。それとも。

 

 「来たか……」とケンゴ/狩人は言い掛け渋面「なんでこいつも連れてきた」指先はヨシカゲへとまっすぐに向いていた。

 

 「えーあー……」八つ目を泳がせ「俺が頼み込んだ」とヨシカゲの助け舟。

 

 助け舟に不服そうにしながらも「……まあそういうこと」カレンは渋々と頷いた。

 

 「まあ、いい」背中を向け「丁度いい。そこに転がってる馬鹿を連れてけ。邪魔だ」

 

 顎で指して、即座と踏み出すケンゴ/狩人に、「勝てるのか?」ヨシカゲは声を掛け――足が止まる。

 

 「さあ、な」

 

 ぽつり呟く。正直なところ、ケンゴ/狩人に勝敗は分からなかった。

 あの強烈な、高層ビルディングを紙切れ同然に撃ち抜くブレード。見かけによらない俊敏な、狩人であるケンゴを正確に捉える打撃。ついには、時間すらも凍結させてしまう。現状のケンゴ/狩人が勝ちを拾うのは難しい。そして、今あれを殺せるのは彼以外居ない。つまるところ、勝たなければ後はない。

 

 「勝つしかないだろう」

 

 「声が震えてんぞ」ぱんぱんと埃を払ってクロウは煽る「面白げな事を独り占めなんて、ずりぃじゃねえか? なあ」

 

 「さっき固められていたやつがよく言う」溜息「時間凍結に対応できるのは俺だけだ。何度も言うが邪魔――」

 

 「ダーリン」静かな呼びかけ「なんだ?」振り向くケンゴ/狩人とカレンの視線が繋がる。

 

 「あれ、ボクならたぶんどうにか出来るよ」

 

 ――言葉に虚勢はなかった。

 

 

 

 

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 「はは、来たか」

 

 「お望み通りな」

 

 凍結空間の一歩手前。ケンゴとエンボルトは睨み合う。爪先一つ、ミリと動かせば瞬く間と、ケンゴ/狩人は時の凍結に巻き込まれるだろう。

 

 「私は今、この静止を手に入れようとしている。これが手中に収まれば世界創造も安易になるだろう」

 

 じわりと停止が広がった。今はこのドラゴン=エンボルトの周りにしか展開されていない凍結空間であるが、範囲を広げ続けるのは明白だった。その成長がどれほどのものかは定かではないが。

 

 「は、余裕こいてんじゃねえよ」

 

 しかし、ケンゴ/狩人の口調は挑戦的だ。しかし、虚勢的とも取れた。

 

 「口だけはやたら達者に育ったものだね、本当に」器用に肩を竦め「そして、諦めも悪い」

 

 「親が、親でな。実に実に、癪な話だが」

 

 「言うね」恐ろしげな牙を剥いて笑ってみせれば「は、親のせいだな」ケンゴ/狩人は応えるように口端を歪めた。

 

 「お友達は逃げたのか?」

 

 「そうだな。逃げても無駄だろうが」

 

 気に入らない様な口調の後、ペッと唾を吐き捨てる。

 

 「さて、君が尻尾を巻かなかったのは諦めがついたということかい」

 

 「いや、」首を横に「それだけはねえな」

 

 「……残念だ。我が息子よ。唯一無二の血族をこの手に掛けることになるとは、残念だね。実に」

 

 言葉通りの口ぶりでドラゴン=エンボルトは言う。声色は確かに言葉通りの色合い。けれど、心情はどうなのだろうか。

 

 「そうか」

 

 「そうさ」

 

 開始の合図はなかった。溢れる雷光。遅れて響く雷鳴。振り上げられた肉切り鋸包丁チョッパーの在り処はドラゴン=エンボルト、死角の一つ、腹の下。二度目の侵入。だが先程、重厚なる硬度を切っ先で感じた筈だ。しかし、ケンゴ/狩人は装甲の攻略法を、回答を得ている。

 ならば、これは必殺か? もしくは悪手か。

 

 「なるほど?」

 

 唐突とドラゴン=エンボルトの頭部が上を向く――蛇腹剣チェインチョッパーが首元を持ち上げさせたのだ―― 落とさず、瞬と消える。雷鳴。一秒たりともそこには留まらない。留まれば囚われるからだ。

 なるほど、音はまだ通るか――雷鳴が耳朶を叩くのに、ケンゴ/狩人は気づく。かと思えばプツリと途絶えた。どうやら対策されたらしい。

 

 さて、彼がどこにいるかと言えば……上空。落ちていた。自由落下。万有引力とは文字通り、万物に宿る法則だ。ケンゴ/狩人の頬を撫でつけ、風鳴りはごうごうと耳を掠めれば加速的に遥かへ旅立っていく。それもたった今、ケンゴ/狩人の背後で串刺しにあった。黒鉄のブレードが残像を残して、ケンゴ/狩人を貫いていた。


 ――といっても、彼の影であるが。


 粒子加速ステップ。回避成功――いや、追従するように影は来る。休みなく粒子加速ステップ。かとすればまたしても。 黒鉄は、ケンゴ/狩人の粒子加速ステップを高精度で予測し、放たれ始めていた。エンボルトによるドラゴンの掌握が着実に進んでいる証左であろう。

 翼の残弾は底がない。無尽蔵と湧き出る黒鉄のブレードは射出の手を緩めず空を目指す。天を喰らい尽くすほどの羽撃きは、飛ぶ鳥を落として、星すら落とす。

 

 仮想電脳神経路ライン。ドラゴン=エンボルトは、突き刺さったブレードを媒介に展開する。

 

 つまり、ケンゴ/狩人へ静止の魔の手は刻々と迫ってる。猶予はない。ドラゴン=エンボルトの殺害を成し遂げるならば、急がなければならない。急ぐことが出来なくなる前に、あの口先に砂埃を満足いくまで味合わさせなければならなかった。

 そして、何より時間を稼ぐ必要があった。凍結の魔の手より逃れ、この瞬間を導き出す必要があった。

 

 

 

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 「まずは――……そこの二人、手伝え」

 

 カレンの言う二人が指すのは、ヨシカゲとクロウ。

 

 「おい、ヨシカゲ。楽しくなってきたなぁ?」

 

 にやにやとヨシカゲの肩に肘を乗せて嗤う。心底愉しげだ。口元は三日月型に牙を剥く。

 

 「うっとおしい」

 

 すると、煩げにヨシカゲは腕を払った。珍しいのを見たなとケンゴは内心思った。

 

 「何を、どうすればいい?」

 

 

 

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 ――爆裂。爆発。砂塵。同時に現象は発生した。吹き荒れて、舞い上がって、落ちる。3セットだ。炸裂し、砕け、落ちてきたのはドラゴン=エンボルトの両脇に建ち並ぶ高層ビルディング達。

 破壞が生じる理由は、勿論、物質的劣化ではない。劣化に爆裂は生じない。爆炎は巻き上がらない。つまるところ、人為的な何かが介在している。

 人為的。カレン=T=オールドリッチは、彼らにこう、提案した。

 

 『あのドラゴンの意識を逸らす』

 

 爆薬はクロウの所持していたあの苦無。それをヨシカゲと分けた。周囲のマップと建造物よりカレンの計算した効率的な妨害作が立案され、二人によってたった今、実行された。無論、これも作戦の一部だ。そして、今回に限って、ケンゴ/狩人も囮だ。今のように空中に飛び上がり、駆けるのもこの一環だ。狩人こそがドラゴン=エンボルトにとって最大の関門、敵。ここで討ち果たすべき存在。宿願を成し遂げるならば討滅は必定だ。今、エンボルトの意識は、ケンゴ/狩人に集中している。

 だからこそ、今この妨害だ。

 

 「上手く――」

 

 ヨシカゲは高層ビルディングの倒壊に吹き荒ぶ突風に髪を乱され、埃に目を細め、

 

 「行ったか?」

 

 悠然と体を空中に踊らせたクロウの視線の先。

 

 「小細工か?」――ドラゴン=エンボルトは、せせら笑う。

 

 難なく爆裂も爆煙も、崩れ落ちた高層ビルディングの破片も何もかもが静止に囚われ、凍結した。汚れ一つとしてついていない。静止の鎧は完全に凌いでいた。防がずともこの爆発そのものがドラゴン=エンボルトにダメージを負わせる事は出来なかっただろう。

 これは異形である。機械であり、異民であり、人であり、竜であり、クローク=F=エンボルトである。

 ――だが何度も言うが、囮だ。囮に過ぎない。つまり、このせせら笑いを引き出せたのは成功したということ。

 

 

 『隙。ボクは、ボクがあれに取り付く一瞬が欲しい』

 

 

 小さな影が飛び出していた。固定化された爆炎や、爆風。そういったものの影から、カレンは飛び出したのだ。

 

 

 『取り付いた上で、クラックする。仮想電脳神経路ラインを使っているなら出来る。あれを内側から壊せるはずだ』

 

 

 新たな世代。エンボルトが言ったのを、ケンゴは憶えている。

 仮想電脳神経路ラインを使い熟す、そうとも言ったのを憶えている。ならばカレンもその一人だろうと思い当たっていた。なにせ、あの男自身が仮想電脳神経路ラインを使っていたのだ。

 エンボルトの望んだ世代であるカレン自身がそこに突破口があると言った。だからこそ、ケンゴは信じた。

 敵を信じ、そして何よりも、カレンを信じたのだ。

 

 「――やってやれ、カレン」

 

 依然として鋼の手を伸ばす凍結に、ケンゴが恐れることはなかった。

 一つの確信を胸に、次の瞬間を彼は待つ。

 

 

 

 

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