第29話 アイ・アンド・ウィ・ハブ・キルド・ゴッド

 

 

 

 

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 強化外骨格エクソスケルトンが広く普及したのは、世界各地に建造された多国籍企業郡統治の積層型都市やメガフロートといった新規都市開発に伴ってだった。

 元々、強化外骨格エクソスケルトン自体は戦車などの随伴兵、所謂機械化兵達の補助が目的で、現在の様な全身を覆う鎧の様なタイプは少なかった。いや、あるにはあった。しかし、鎧というよりはボディアーマーとフルフェイスマスクのセットという従来の形が多く、馬鹿げた筋力、移動力を齎すようなものではなかった。なにせ戦場の主役は彼らではなく、肥大化しながらもなお進化する要塞の如き戦車や空より敵を釣瓶撃ちにする武装ヘリ、大地を消し炭にする戦闘機だったから。電子兵装の高度化もあって、それらも遠隔操作が主流になりつつもある昨今。生身の兵士は補助戦力でしかなかった。義体化したとしても隙間なく降り注ぐ鉄火の前にはボロ布よりマシなくらい。

 かつては勝っても、現代には矛に勝る盾は生まれる事はなく、矛盾というのはあまりに儚い、言葉遊びに過ぎないことの証左だろう。

 文明の叡智はいつも、炎を強くしたがる。人の性か、それとも世界がそう定めるか。

 まあそんな事は今、関係ない。重要なことではない。

 

 転換期は、前述した通り。

 地上や海上等に建設された積層型都市やメガフロートは、従来の都市をリデザインしたこともあり、交通網や付随する運送、生活に欠かせない電力や水道、総してライフラインの効率化が著しかった。積層形状がその恩寵を齎したのだが、代わりとして複雑化した都市内部と密接するライフラインは従来の機動戦力を用いることを難しくした。

 そこで登場したのが、第二世代型セカンドステージ強化外骨格エクソスケルトンである。

 従来のものはある程度の筋力補助や生命維持に重きを置いていたが、次世代型には複雑化した都市部での移動を最適化するための性能と工夫が求められた。ついで、携行火器への対応力、防御力。都市部での銃火器を用いない近接戦闘用の仕様や多岐に渡る武装等などと必要機能が求められ、不要点を切り捨てられた結果、現在の形に至っている。

 

 そして、今現在、件の強化外骨格エクソスケルトン達の熾烈な戦闘が繰り広げられていた。

 

 片や、大日本帝国企業〈富士山〉。青と黒の都市迷彩を施された重厚なボディとデュアルアイが特徴の強化外骨格エクソスケルトン

 ――〈機蟲〉シリーズの一角、《富士山》治安維持連隊一番隊〈兜〉が主力機〈装機・黒兜〉。

 片や米国企業〈マーキュリー〉。鈍い銀色と円錐形なボディに輝くモノアイが特徴の強化外骨格エクソスケルトン

 ――〈カラーバレット〉シリーズ、〈ハンターズ〉が主力機〈シルヴァ・バレット〉。

 双方と、全くその技術体系に関わりなく、只ひたすらに異様を見せつける雛鳥の異形――誰が名付けたか、通称コード:バロット。由来は卵料理であるが、悪趣味にも程がある。

 

 接敵、混戦開始より数分経過。既に地獄模様を呈しているのが、一目で分かった。

 

 『くっそちょこまかとぉ!!』叫び『接触回線で叫ぶな! ああFack! 糞どもめ!』また叫ぶ

 

 二人の強化外骨格エクソスケルトン、〈黒兜〉は背中合わせ、互いの死角をカバーする。

 

 『テメエも叫んでんじゃねえかクソ野郎!』銃爪を引くファイア『ああ! そうだよ、Fuck!」同上ファイア

 

 放たれた無数の弾頭に撃ち抜かれた異形は、パッと体液を周囲にばら撒いて肉片となって転がった。そうこの異形達、弾丸が通用するのだ。それ以外の近接武装でも斬り裂け、殺害できた。

 

 「Jackpot!」

 

 青と黒。数理を駆使して幾重となった装甲。先端より覗く黒のマシンハンドが固く握り締めた深き漆黒。大口径ラージキャリバーから放たれた一条の殺意はものの見事に、貫通粉砕、内容物を路面にぶち撒けた。腹部をまるごと吹き飛ばされて、残った体は衝撃に押されて踏ん張り効かずにひっくり返り、千切れた上体は吹き飛んで転がる。

 

 「次ぃ!」視線は既に見ていない「次だぁ!」飛び掛かる獣ように牙は剥かれる。

 

 〈黒兜〉、加速ローラーダッシュ。二機。ジグザグと機動し、大口径ラージキャリバーと逆手に展開されたブレードが加速を乗せて、振るわれていく。残るのは血肉。

 彼らは獲物を切り替えた。次に来るのはやはり、強化外骨格エクソスケルトン。〈ハンターズ〉が主力機〈シルヴァ・バレット〉。銀影を引き連れた弾丸を真正面から迎え撃つ。

 

 この様に、バロット達は強化外骨格エクソスケルトンの致命的な天敵にはならなかった。しかし、強化外骨格エクソスケルトン達の正面に居るときに限って、彼らは敵だ。間違いなく。

 

 しかし、殺せる。通常の異形と違い、これらは殺せた。不完全だからかは分からないだが、殺せはする――だが、減らなかった。

 減らないのでは意味がないだろう。殺しているには殺しているはずだ。殺している筈なのに、減らない。どういうことか。

 ああ、今それが起ころうとしている。冒涜的なその所業を、事象をしかと見よ。

 

 パキリ。罅割れ音。誰も見ていない。誰も音に気づかない。微かな変化に気づく者が居ない。誰もが目の前の敵と銃声、砲声に視線を奪われている。

 頭が割れた。卵は落ちて、砕けて――引き裂きながら腕が出て、頭が出て、胴体から足と這い出る。

 死骸から生まれる。さながら、灰より蘇る不死鳥が如く。けれど、あまりにも冒涜的な様だった。誰が名付けたか。バロット、その名はあまりに的を射過ぎていた。

 這い出たその時には既に、異形としての本能があった。だから、バロットは走る。走って、走って、警報アラートで接近に漸く気づいた強化外骨格エクソスケルトン――〈黒兜〉の一体、その無防備な背中へ飛びかかった。

 

 ――白閃が渦となりて、通り過ぎた。

 

 『後ろ、気をつけてください……!』

 

 灰被りの瞳ホワイトグレーは爛々と輝き、殺気纏う抜き身の刃、〈蟷螂=白金号カマキリ=シロガネゴウ〉――御堂ヨシカゲが戦場に乱入したのだ。

 

 『――すまん。助かった』

 

 冷や汗伝わせ、言い淀んだ。恐らくは識別IFFから出た戸惑いだろう。ヨシカゲは傭兵アルバイトに過ぎない。ここには招集されていないはずだと、〈装機・黒兜〉の彼は思った筈だ。だが、今この瞬間、救われたのは事実だった。

 

 「おっと、先を越されたな」

 

 へらへらと太刀をぶら下げ、さながら散歩でもするように踏み込んできたのは、クロウ。飛びかかってきた弾丸とバロットを纏めてたたっ斬る。ヨシカゲはおろか、背後にいる〈兜〉所属隊員達の視界でも捉えられなかった。強化外骨格エクソスケルトン知覚センサー生体組込式端末バイオデッキ補助エンチャントを以てしても。

 

 「おら! お前らぼーっとしてんじゃねえぞ!」

 

 刺突。会話を遮るバロットを串刺し、放り投げ微塵切り。

 

 「さっさと殺しにいけ! 〈マーキュリー〉の鉄屑共スクラップと化物共を塵箱に叩き返して来いって命令されてんだろうが! お使い一つもできねえか!」

 

 一喝。すれば、慌てて散開する二体の〈黒兜〉。ぐんとローラーを滑らせて戦線に突っ込んでいく。

 

 「で、愛しの兄貴は見つかったかよ」

 

 「……見ての通り、まだ、――」首を振り「いや、まだ、だっただな」否定。

 

 獰猛な、まるで鮫のような歯でニヤつくクロウ。双眸は真っ直ぐに、一点を。遅れながらもヨシカゲは倣って視線を向ける。

 三つの視線が、交錯した。

 

 「こんばんわ、ヨシカゲ」

 

 いつもの通り、スーツを身に纏った御堂ユキカゲがそこにあった。秋晴れのような涼やかさのある笑みで彩って。

 

 「……タイミングが悪いぞ、兄さん」

 

 苦味しばった風にヨシカゲが言えば、一歩前に出てクロウは担いだ太刀の背で肩を叩く。一と二、三、と。ベースボールのバットをような気軽さで。

 

 「いや、バッチリだ」

 

 「……どなたでしょうか」

 

 慇懃にしかし、明確な敵意を言葉に乗せたユキカゲの視線がクロウの爪先から髪先までを射抜く。

 

 「クロウ=Y=オキタ、そいつの」顎でヨシカゲを指し「上司、だな。ああ」


 「はぁ……」呆れ果てた溜息「世も末ですね、全く。日本という国のサラリマンの質も地の底まで落ちましたか」

 

 「すまん、サラリーマンになった憶えはねえや」あっけらかんと嗤い「俺ぁ、趣味・・が高じただけでねえ」

 

 「――なるほど、地の底ではすまないようですね。畜生とはまた」

 

 ユキカゲの眼窩収まる双眸が冷徹に細まった。凍てつく風を視線は纏う。それは正しく殺意。物理現象にすらなるある種の狂気の発露。実際、ヨシカゲの背中に這う怖気の源泉はそこだった。

 

 「いい機会です。塵は排除しておかなければ。ヨシカゲの教育に悪い。

 いえ、もう連れて帰りましょう。こんな掃き溜めに居てはならない」

 

 「ブラコン兄貴か。笑える」嘲って「いいぜ? お前とは殺り合う予定だったしなあ……」

 

 互いが思い思いに構える。クロウは中段。相手の出方を伺っているのだろう。対するユキカゲは、隠し腕サイドアームを展開――装着セット。銀の煌めきが空間を捻る。斥力篭手シルバガントレット、顕現。

 

 「ああ、そうだ。一つ、訂正しておきます」

 

 拳と裏腹、穏やかな声音。ヨシカゲの方に視線をやり、彼は言う。

 

 「僕は、兄ではない――」何を、ヨシカゲが眉を顰めた瞬間「――彼の父親です」

 

 誰かの絶叫と、炸裂音がヨシカゲの鼓膜を揺らした。だというのに、その声だけは鮮明に聴こえた。強化外骨格エクソスケルトンの集音機能が取捨選択して、彼に鮮明な音声を届けていた。

 

 「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――は?」



 思考が凍りついた。通う血液の一滴一滴が異様に冷たかった。臓腑の底で何かがぐるぐると回っている。気持ちが悪い。突然、何を言っている? こんなところで何を言う? 猛烈な混乱の波が思考を洗い流そうとする、がどうにかヨシカゲはしがみついて、発する。

 

 「なにを、馬鹿な。そんな嘘を――」

 

 ごく単純な疑問を。

 

 「嘘なんて無意味でしょう?」

 

 否定は無意味と散る。ユキカゲの言う通りだったから。

 

 「なぜ、今……?」

 

 「こういう時の方が、衝撃が強いですから」

 

 「そんな馬鹿みたいな理由で……?!」

 

 子供じみた思考。それでいて笑う。狂っている。ヨシカゲはそう思わざるえなかった。

 

 「だって。普段だと信じないじゃありませんか、ねえ。ヨシカゲ」

 

 「それ、は――」

 

 「君の名は、僕の名に肖って付けたんですよ。どうでしょう? 気に入っていますか?」


 ごく自然な、親愛のこもった口調に返す言葉を失う。失ったヨシカゲの思考は今度こそ凍結フリーズした。力なく膝を着く。出鱈目だと言い切りたかった。だが、確信に満ちた言葉と戦場の空気が彼の心から自由を奪い去った。

 再起動し切るのには、随分と時間を要するだろう。ヨシカゲの顔は、そのエクソスケルトンの内にあっても様子は容易く読み取れた。だからか、二人の視線は直ぐ絡み合う。

 

 「正確には、生みの親というところでしょう。戸籍上は、兄ですからね――いい加減、この立場にも飽き飽きしてきたんです」

 

 肩を竦めるユキカゲ。毒気を抜かれたような表情を一瞬見せたクロウは、ククっと口端を歪め。

 

 「そうか、そうか。そりゃ、可愛そうなことをするなあ。俺は」

 

 「なに、貴方の思うことにはなりませんよ」

 

 クロウ、嗤い「何故?」問えば「何故?」ユキカゲ、嘲って。

 

 「何故なら」鸚鵡返し「何故なら」

 

 「お前は餓鬼の前此処で死ぬからだ!」言葉重なり「貴方は此処で死ぬんです。泣き喚き、無様に極まりなく」

 

 刹那、白刃と拳撃が交錯した。

 

 

 

 

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 一人の人の、親になったのは、なってしまったのは何時の事だっただろうか。

 

 朧げでも、彼は覚えている。忘れたくても忘れられない記憶は、脳髄という箱底ハコゾコに、へばりついてこびりついて取れる様子は無かった。知覚の節々で時折蘇り、夢の中では何度も何度も反芻してしまう。擦り切れた古い映画のようであるのに、感覚の中だけで鋭敏に再生される。まるで、脳漿が忘れるということを忘れてしまっているように。

 夢の果てには、肉体は衝動までも再生する。すれば、生理現象として排泄される。胃から這い上がる嫌悪感と燃え上がる赫怒。板挟みになった挙げ句、衝動は行動へと変換された。

 

 結果、殺戮である。そういう意味では、今の仕事は自身に合っていると、御堂ユキカゲは思っていた。

 どうしようもない自壊と破壊を吐き出すのに、もってこいだ。

 ひたすらアニメーションに耽り、その音楽を聴き、美味いものを食らい、繰り返すように殺戮へ身をやつした。

 ワーカーホリックだった。嫌だ嫌だと嘯いても結局の所、そこに帰結する。


 吐き出し終えた後の感覚は、虚無に等しかったけれど。一時の休息が得れた。それは何物にも変え難く。

 しかし、憎悪だけは止まらなかった。無尽蔵で底無し。臓腑の底の底、脳漿の隅々から細胞の欠片にDNAの端から端まで満たされているかのように。

 

 父を失い、薬に溺れ、自身を襲った母の絶叫は今も鼓膜で残響している。

 快感に咽ぶ、あまりにも凄惨な声が。聞くに堪えない女としての哄笑が、今もなお、虚無で飢える頭蓋に残っていた。

 殺戮の衝動が途絶えた時、何時も何時もそれは聴こえた。

 母はきっと愛していたのだ。父を、何物にも掛け替え無く。父を失い、ただただ落ちていく生活水準。今まで通りが通じなくなる日々の没落。それにきっと耐えられなくなったのだろう。

 だからといって、ユキカゲは絶対に赦さない。母を赦さない。悲嘆を吐き出す術として、逃避を選んだ母を彼は絶対に赦さない。

 底知らぬ憎悪の炎が瞳に灯った瞬間だった。

 地獄を描く螺旋の都市機構システムはものの見事に二人の母子を引き摺り込んだのだ。

 

 ――だが、それでも一つだけ、唯一つ。無二の救いがあった。

 何時何時も忘れた事はない、彼の姿。息子の姿。弟の姿。ヨシカゲ。同じ性を持ち、血肉を分けた正真正銘の家族。

 ずっと想っている。親愛を込め、情愛を込め。殺戮の最中であろうと、残響鳴り止まない時でも。

 いつかこの体を、死が分とうとも。その輝きだけは、何をしても守り抜くと、彼は硬く誓った。

 揺らぎ無い理想を。輝かしき未来を映した双眸は揺るぎない。常に、真実幸福を映していた。

 

 

 

 

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