第27話 アン・オプトゥーン・タイム・トゥ・スタート・ア・ウォー

 

 


 

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 「…………沖田の悪癖が出たか」

 

 深い溜息一つ。肘をついた美貌は苦々しく呟く。

 ベースキャンプ司令室。大型車両の後部にそれはあった。照明は控えめで、広々とした車内壁面に投影されたホロウィンドウの数々には各所の監視カメラ映像や展開されたドローン、各隊員の視界情報、〈蝸牛〉隊の観測手ウォッチャー等から連携される情報が常時更新されていた。それを整理統括するオペレータが幾人か、忙しなく働いていた。

 

 件の溜息はそのオペレータ達では非ず、後方で腰掛けた烏羽色の髪を背と肩に流す女傑――サクラ=〈兜〉=エーレンブルグのものである。

 

 「あれさえなければ、都合のいい戦闘狂なのだが……。まあ、所詮は獣か。デメリットとしては――」

 

 一瞬の沈黙。巡る思考。再び出力される溜息。

 

 「まあ、呑める範囲か」ちらり、浮かぶホロウィンドウへ「気が済むまでさかってればいい。邪魔にはならんしな」

 

 エーレンブルグは、肘を突く片手とは別の方で湯気を上げる陶磁器カップに艶やかな唇が小さく撓む。添えて、傾ける。

 

 「物資搬入路ポーターによる自作闘技場コロッセオ……相変わらずですね」

 

 脇に控える女性士官が呟く。彼女の視界にも、エーレンブルグと同じ映像が映り込んでいた。

 

 「そうそう変わるかよ。どうせ武装を整えるだとかで連れ込んだのだろう。全く、女をホテルに連れ込むような手口で殺し合いをされるのも困りものだな」


 「しかし、いくら沖田殿といえどこの事態に……」

 

 「問題ない」ソーサーにカップを戻して「直ぐに終わる」

 

 確信を込めて言えば、ソーサーの隣にある茶請けに手を伸ばし包装を剥がす。

 

 「確かに……無知を晒して申し訳ありません」

 

 クッキーを齧り、「構わん」とエーレンブルグは紅茶で流し込んだ。

 

 「何にせよ馬鹿みたいだろう? まあ、実際馬鹿だ。今度会った時には馬鹿だと罵ってやれ」

 

 「い、いえ、そんなことは……!!」

 

 分かりやすく焦る彼女に、冗談だとエーレンブルグは唇を歪めてみせる。

 

 「茶番はこの辺にして本題だ。現状は?」

 

 「当該異形。仮称コード刃金の異形ソードウィング――異形呼称は何かと不便ですので、勝手ながら名付けさせて頂きました」

 

 女性士官の声に合わせて、ホロウインドウが拡大と収縮。一枚のウインドウが二人の眼の前に大きく広がる。

 

 「現状もこちらに向かい、直進しています」

 

 映像には、全身から火花を散らすあの翼の異形の姿。エンボルトが先触れたる者マスターキーと呼び、仮称として刃金の異形ソードウィングと名付けられたもの。

 火花の正体は弾丸だろう。長距離からの銃撃。近接は無意味どころかむざむざ死にに行くだけなのを理解した上での行動。しかし、傷一つも入っていない。壊れていくのは周囲だけだった。

 例えば家屋。例えば舗装。例えば逃げ遅れ。かと思えば盛大な血飛沫。面ともとれる射撃に晒された家屋より逃げ出した住民がミンチにされたのだ。

 

 「……変わらず無意味か」

 

 しかし、気にも止めない。大と小の、一の犠牲を捨て、十の犠牲を拾う――そういう言ってみれば単純解明、しかし、それを受け入れられる者は少ない。

 彼女は、それを受け入れている。命の足し引きを安易に行う。

 

 「はい。現状有効な攻撃手段は発見できておりません。高速移動を繰り返す上、強固極まりない装甲――これを捉える火力と精度は過剰火力過ぎて下層での使用許可が難しく……」

 

 「上層部の臆病者共め……などと言いたいが、まあ、確かに私も海の藻屑は勘弁願いたいな」

 

 隠しきれない苦味を晴らすような冗談を口にして、

 

 「ここ、禁煙だったか?」外套の内から黒革のシガレットケースを取り出し問えば「貴方様がそう定めなければ」

 

 返しと共に、女性士官は銀のオイルライターをエーレンブルグの咥えた先端に。すれば薄暗い車内に赤い灯火が一瞬、闇を和らげる。残った分け火が、エーレンブルグの美貌をほのかに赤らめ、フィルターに微かな紅を残した唇から紫煙は吐き出された。自然と天井向けて煙は登り、空調に呑まれて霧散した。しかし、独特な甘さと芳しさのある薫りは消えず残り、今も存在を強く示していた。

 

 「吸わねば、やってられんな」

 

 ボヤいて、じっくりと彼女は肺に煙を取り込む。側に佇む女性士官は、あまりに耽美で、紫煙の帳がもたらす退廃さに思わず頬を染めている。瞳の色は尊敬や畏怖以上に薄桃めいた色を濃く出してはんば蕩けていた。

 ――崇拝、という言葉がよく似合っている。

 エーレンブルグは気づいているのか気づいていないのか。向けられる視線を特に指摘はしなかった。

 

 さて、この時代、嗜好品というのは割合安価だ。

 栄華極まりし科学の時代たる昨今では、天然だろうが人工だろうがさして変わりはない。大体のものは工場の生産ラインで流れている。合成麻薬に合成酒、合成煙草。まあなんでもかんでも合成とつければ良いものではないが、実際そうだ。

 だが、それでも人は特別を求めるのだ。特に、金の有り余った類の人種や変わり者等は。

 この時代でも職人という人種は少なからず存在した。均一且つ絶対の保証を携えた人工物では味わえないのが彼らの良いところだと、そういう人種は皆々口を揃える。


 して、サクラ=〈兜〉=エーレンブルグがどちらに該当するかとすれば――両方だ。

 〈兜〉の一族とエーレンブルグの地位は、個人には使い切れない財を約束し、彼女の心を安定させていた。

 結果が、今彼女の口元で燻る職人仕事ハンドメイドシガー。一本で低層街の住民が三ヶ月は食っていける値段である。

 

 「だがまあ、仕事はしなければならない。我々の任務はあれを此処から排除し、サンプルとして持ち帰ることだ」

 

 と改めて任務内容を口にして、思わず微苦笑。咥えたシガーのフィルターがやや軋む。

 

 「無謀だな。そもそも、こちらの牙は立たない」ところでと話題を変え「――他は何をしている?」

 

 「他企業軍でしたら表立った動きは我々と同じく各所の防衛網を強化しています。乗じた反企業群テロリストの動きを警戒したのもあるでしょう。自社の主だった重要拠点、社屋、同じくこの中枢機関メインコアに意識をかなり裂いています」

 

 言葉に合わせて、刃金の異形ソードウィング観測映像の脇に並べられていくホロウィンドウの数々もまた、映像が流れている。ただ対象が違った。映っているのは人だ。エーレンブルグ達と似た雰囲気を纏う人間達――企業兵だ。前述した施設らしき建造物が彼らの背後に見える。

 

 「表以外で言うならば、これも我々と同じく行動しています」

 

 「交戦は?」問えば「今の所は」否定、だが「電脳世界フロムスペースでは何度かの交戦が確認されています。我が社所属のハッカーや雇いの方でも推定敵対企業アンノウンから攻撃を受けたと」

 

 「他も異形サンプル確保に躍起か」

 

 ふぅ……と紫煙混じりに息を吐けば、重々しく脇の女性士官が頷く。

 

 「件の狩人サンプルも実際の所は肉片ばかり。殆ど確保できなかった企業達は今度こそと必死でしょう」

 

 「我々も似たようなものだしな」脳裏に過る、不快な囀り「研究者共め。こういう時は饒舌だ……斬り捨ててやりたくなる」

 

 「それが取り柄ですから、仕方ありません」諌めるような言葉に「冗談さ」おどけて見せて。

 

 「だがまあ、」笑みを潜め「本心ではある」

 

 「……聞かなかったことにしておきます」知らぬ存ぜぬと言えば「是非もない」とエーレンブルグは一笑した

 

 そんな二人の前にポップアップするウィンドウが一つ。

 

 『〈蝸牛〉所属〈観測者=拾七号ウォッチャーセブンティーン〉、報告しまーす』

 

 幼い声と共に展開されたそこには。

 

 『狩人出現ハンターポップ! 観測対象:刃金の異形ソードウィングに急速接近中!』

 

 黒影の疾走る姿。下層の複雑な構造を足蹴に、高速で。直ぐに映像から消失ロスト―― 一瞬、映像が乱れ――するも別の視点に移ってその姿を追いすがり、どうにか捉え続ける。〈観測者ウォッチャー〉間での視覚共有の賜物だろう。観測手としての役割を十全に果たすために組み込まれていた。

 

 「……どうされますか?」

 

 「狩人あれは、」指し「異形これを」指し変え「狩るのだろう?」

 

 「ええ、はい。間違いなければ」

 

 肯定。女性士官は頷くと。

 

 「なら」笑みを含んで「お手並み拝見といこうではないか」

 

 と、瞬間――レッドアラート。

 

 「なんだ!!」

 

 余裕の笑みが消え失せ、語気鋭く飛ぶ。

 

 「センサー感あり! これは……新たな異形体出現・・・・・・・・・!!」

 

 「なっ……!!」目を剥く女性士官「何故今まで気づかなかった!!」

 

 「わ、わかりません! 今になって、どうして……!!」

 

 「現状を! 反省は生きていなければできないぞ!」

 

 動揺する女性士官とオペレータをエーレンブルグは叱咤する。

 

 「は、はい!」と答え、動揺を冷めやらぬ内ではあるが一秒に満たず「正面! 距離100! 数――50?! いえ、まだ増えています!!」


 彼女全てを動揺が覆い尽くす。

 

 「間違いはないか」問えば、首肯「間違いありません! 映像出します!」

 

 すれば、新たなウィンドウ。今度は横に長い。つまり、映し出すのにそれほどの視界が必要だということだ。

 真正面から捉えた映像に、蠢くもの多数。しかし、それは道理に外れていた。

 あの刃金の異形ソードウィングではない。あれほどの鬼気を持たないが、それでも危機を覚えるのには十分過ぎる様相。

 少年だ。刃金の異形ソードウィングの中枢に収まている少年と同じ程の齢の少年たち。それがまるで雛鳥のように振る舞いながら、距離を詰めつつある。

 これに刃金の装いは見えない。けれど、一つ、かの刃金の異形ソードウィングと同じくするものがあった。

 双眸である。皆一様に、白紙に墨を垂らしたようだ。

 五十、掛けて二=百――より多く。全てが穿つように、揃って視線を彼女たちと合わせると――嗤う。穏やかに満たされてあるように。至福の時をゆっくり食むが如く。

 

 「なんてこと……!」

 

 悲鳴混じりの吃驚。あまりの醜悪さに顔を歪めたエーレンブルグの語気は即座と。

 

 「全隊員に通達する――」声を張り上げ『追加の敵影を確認! 増援――いえ、違います! 他企業の強化外骨格エクソスケルトン部隊を確認!!  個体識別――〈マーキュリー〉! 』

 

 割り込むオペレータの言葉はエーレンブルグの表情を変えた。ホロウインドウには鈍い銀の強化外骨格エクソスケルトンが高速移動形態――脚部にローラー型の強襲兵装を装着している――で異形体と〈富士山〉両者に仕掛けていた。

 

 「顔も隠さず乱入の上、不意打ちとは……」ぎしりと歯を軋ませ「あの鉄屑共が……形振り構わずか……!!」憤怒へと。


 「隊長……!」女性士官が声かければ「分かっている」すっと怒りを収め、一気呵成と解き放つ――無論、言葉として。

 

 「――第一種戦闘配備!」立てば右掌を突き出し「敵は眼前なるぞ! 二つ纏めて押しつぶせ!」

 

 勢いよく引き戻して、握り締める。強く、それは強く。言葉の通り。

 

 「我らの力を化物と鉄屑共に見せつけてやれ!!」

 

 

 

 

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 ――達人の一閃は、一に非ず。数億数千の重ね、概念的な多重斬撃コンポジットソードだ。

 

 経験や直感、技量を用いて予測された相手の手管を挫き、斬り倒すべく導き出される最適解は、その三つを束ねたもの。

 一だけではなし得ず二つでも。三つ揃って漸く、それは顕現する――正しく、秘剣であろう。業の果てにあるのは結局、単純な斬撃であるのだ。

 

 つまるところ、クロウ=Y=沖田はそういうものだ。

 

 そして、何よりも重要なのは、達人同士の立会は一合を以て完結するということ。

 経験則、直感、技量。互いの予測のぶつかり合いの決着は一瞬で為されるが故に。

 

 「――――」

 

 すると、クロウ=Y=沖田は、達人と言って遜色ないだろう。

 その一太刀は特殊合金鋼による多重構造からなる扉を、刃を欠けさせることすらなく斬り断つのだから。その一呼吸は凡人を数人纏めて斬って釣りが来るのだから。その一歩は対物電磁砲レールガンを回避し、二歩で首を刎ねるのだから。

 生まれてこの方、道場シュミレータよりも修羅場を闊歩し続け、今なお日に何度と敵を屠り続ける彼の経験則、直感、重ねた技量は間違いない。

 精神性に問題はある。剣の道というにはあまりに邪悪で、活人など歯牙にも欠けない殺人剣であれども、実力を否定は出来ない。否定するのはただの戯言、負け惜しみ、負け犬の遠吠えに過ぎないだろう。

 

 「――――――」

 

 だが、彼は、御堂ヨシカゲはどうだろう。

 その腕前は、達人と呼んで遜色ないものであろうか? ――否、否である。彼に問うても、彼以外に問うても。答えは同じだ。

 確かに、彼は非凡とはいえない。身体能力も頭脳も、同年代では一歩二歩先にあるだろう。殺戮に身をやつせる精神性は手前二つに勝る価値がある。

 しかし、それらが何だというのだ。眼の前の、天才を通り越した化物は生まれ落ちた瞬間からそれを携えていた。何もそれ如き、ヨシカゲだけの特権ではない。他にもその三つくらい持っている人間はいるだろう。

 分かりやすく例えるならば、クラスで一番でも外に出れば只人でしかない。

 特別であって、特別ではない。非凡な凡人。御堂ヨシカゲはそういうものだ。

 だが、今此処に居られる運命的、凶運は誰にでもあるものではない。ある種、誇れる才の一つであろう。

 

 「――――――――」

 

 故に、先の一合を凌いだのは奇跡だと言えた。

 ――先に断言しておくが、クロウ=Y=沖田に謙虚と遠慮、そして、手加減の言葉はない。つまり、その一閃、最初の一合に不純はなかった。

 

 

 一合目、先を取ったのはヨシカゲ。強化外骨格エクソスケルトン蟷螂=白銀号カマキリシロガネゴウを纏った全身をステップに合わせ、タワませ矢の如く。それは助走のない急加速。身を翻して刃先を叩き付ける。一撃必殺を狙ったのだろう。実直故、躱されれば終わりであるが、身体能力で間違いなく勝っている以上、正しい。また、技量で挑まなかったことも正しい。

 対して、必然後手となったクロウ。受けるに躱す、どちらをとるか。一にも二にも逡巡する余裕はない。呼気を一度吐けば、白の旋風ツムジカゼは襲来するのだから

 そうして、交錯。生半可な受けを砕かんばかりの振り下ろし、クロウが選んだのは――。

 

 

 正面、右斜め上。喉元に三日月を描きながら舞い込み掻っ捌こうとする袈裟斬り――眼前に右斜めで引き寄せた鍔上、鎬で受け止め、合わせたまま流すように地を蹴る。すれば当然、ヨシカゲへと迫る事となる。

 

 「――ハッハァッッ!!」

 

 思わず零れる歓声。クロウの脳漿を駆けた快感は、甘やかで痺れを催す骨の髄まで響いた衝撃。流していながらも、強化外骨格エクソスケルトンによる斬撃は彼に通っていた。

 

 鍔迫り合い――としても一瞬だ。流れるようにクロウの姿がヨシカゲの視界から消える。脇に抜けた。不味い。立ち止まらない。それだけは愚策も愚策だと彼は知っているからそのまま前に距離をとる。

 ゾンッ――そんな音をヨシカゲは、最中確かに聞いた。けれど、聞いた時には遅い。既に後手。

 強烈な横薙ぎ。ヨシカゲの首を落とさんと襲来する一撃。方向転換の勢いを乗せたそれは十分に殺人的である。

 ヨシカゲの体で反応できたのは視線と――吹き飛ぶ。音高く響けば、ヨシカゲの躰は床を跳ねるように転がった。

 

 間隙与えぬとばかり。着地と同時、追い縋って地に伏せるヨシカゲへ止め――させず留まる。踏み込ませない絶対の圧。すっと視線を下ろしクロウは理解した。

 灰被りホワイトグレイの眼光、鋭く。立ち上がりの姿勢のまま自身の顔に沿わせた所謂、霞の構え。両の手握る太刀はじっとクロウの喉笛を見つめていた。距離、センチと無い。流石のクロウも背中に冷たいものを憶えた。

 だが、ヨシカゲは無傷では凌げなかった様。致命を避けるため、無理やり肩を持ち上げたのだろう。肩の装甲が破損し、少なくない出血が見える。派手に転がったのも出来うる限り、ダメージを抑える為だ。しかし、それでも突き出す刃先が微細に揺れていた。凌いだ方もだが、恐るべきは生身で斬り裂くクロウだろう。

 

 以上が、この刹那の一合である。

 生き抜き、未だ刃を向ける御堂ヨシカゲは称賛に値した。

 

 二合目。それはこの形からの開始となった。

 太刀先を喉に突き付けたヨシカゲと突き付けられたクロウ――睨み合い。動けば貫かれ、貫かねば斬られる。

 互いにどう出るかと予測を巡らせる。目まぐるしく互いの合間を無色透明の剣戟は迸った。それは現実の数十倍と上って、今この時、現実に成らんと――。 

 『――――沖田!』

 

 ……したが、結局、それも予測の内に収まった。

 

 『遊びは仕舞いだ! 戦闘――いや、戦争だ! 糞どもが攻めてきたぞ!』

 

 語気強く、耳朶を打ち付ける女声――エーレンブルグだ。この六角形ヘキサゴン闘技場コロッセオの上下隅々まで響く。

 

 「――相手は?」問いかければ『異形と鉄屑――米国企業〈マーキュリー〉』怒気を孕んだ答えが返る。

 

 「はは、なるほど」笑み湛え「さて、こっちも盛り上がってるんだが――」ヨシカゲに視線を戻す。

 

 「命令だ」断と冷徹無比に「ま、そうなるよな」クロウは肩を竦めて「ヨシカゲ、仕切り直し――いや、そうだな」

 

 と、子供が悪戯を思いついたような風に薄ら嗤い。

 

 「聞いたよな?」ヨシカゲに聞こえるよう「〈マーキュリー〉が来た」クロウは繰り返す「なら、分かるだろう?」

 

 「……何を言いたい?」

 

 感情を如実に示す剣先が、ヨシカゲの動揺を酷く分かりやすく示す。しかし、言葉の真意は掴めていない様子だ。紡いだ言葉がそれを現していた。

 

 「お前の兄貴が来るってことだろ」

 

 至極当然とばかりに言ってみせる。何を呆けてると、クロウの言葉端にはチラついていた。

 

 「それが、どうしたっていうんだ……?」

 

 ヨシカゲの疑問はもっともだ。ここでその名前が出る理由が分からない。それに、所属は確かにそうだが、件の襲撃に加わっているかどうかは分からない。 ――しかし、嫌な予感がする。

 ヨシカゲの第六感は必ず来ると叫び始めていた。確かに、あの様子ならユキカゲが来る方が自然だろう。

 では、この男は何を言おうとしているのか。きっと嫌な予感というのはそれだ、それに違いない。

 そんな彼の推測は、次の瞬間、ものの見事に的中するとなる。

 

 「代わりさ。これの代わりに――」提案とばかり「――お前の兄をどちらが先に殺すかで、決着としようじゃないか」

 

 あまりに悪辣な言葉が、三日月模様と裂かれた口から吐いて出た。

 

 

 

 

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