第26話 ザ・レーゾン・トゥ・テイク・ソード
++++
「ああ、そりゃ多分、復讐だな。怨恨とかなんかだろ」
あっけらかんと放たれた言葉には、ほぼ間違いないであろうという確信が籠もっていた。
設営されたベースキャンプ。場所といえば
件のベースキャンプ。その片隅をヨシカゲとクロウは歩いていた。
彼らが向かっているのは、ベースキャンプそのものの設備ではない。常時、365日常に、各企業群共同でこの
無論、〈富士山〉からの派遣兵も存在する以上、〈富士山〉による設備がないわけがない。
それは、無機質で飾り気のない直方体だった。この下層と中層を繋ぎ止めるような見た目だった。先端は下層天井まで到達しているようだ。その根本からでもどうにか先端の様子を伺い知れた。
これに入るためには、パスコードロックと幾つもの生体認証。最後に申請書類をスキャナさせなければならない。ヨシカゲが一人で入る場合は非常に複雑怪奇な手続きが必要になるか、直ぐに突っぱねられるだろう。なにせ
しかし、クロウ=Y=沖田という鶴の一声には無意味だ。前述よりもずっと少なく、簡単な認証を通せば一秒と待たず、するりとロックが外れて上下に扉が分かたれる。
「前はこうも行かなかったんだが」
ヨシカゲに目配せを送って、招き入れると奥へと伸びる廊下を二人は並んで進む。
「ちょっと前、苛ついて叩き斬ってからは入れるようにしてくれたんだ」
やっぱり物理に限る。なんていうクロウの言葉にヨシカゲは微妙な笑みを浮かべて。
「叩き斬ったっていうと……」
チラリと後方に視線。丁度扉が閉まろうとしている。前方からは視認できなかった、幾何学的に金属板を噛み合わせながら厳重にロックされていく機構。どう考えても人力で叩き斬れない。そもそも腕力が相応にあっても刃が駄目になるんじゃないだろうか。
「あれを?」だがまあ一応と訊けば――「ああ――ん? いや違うか」と頷こうとしたクロウは言葉をやや濁す。
流石にそうかと内心安心したヨシカゲ。しかし心の平穏は長くはなかった。
「いや違うな」左右に首を振って「本社の武装庫だよ。アイツら中々配んねえからさ。イラッとして」
人差し指を軽く空中で二回振る。左上から斜め下ろして、返すように右上から左斜めに。
「……ズバっと?」問えば「ズバッと、さ」にやりと一言。
「あー……なるほど」
堪えきれずにヨシカゲは苦笑いを浮かべた。どうにも常識的じゃない。狩人や異形も大概だが、これが人の所業だというのだから、笑えない。けれど、笑う他無い。
そう他愛のない会話をしていると広間に出た。
広い。百メートル程の
「それで……どうして怨恨だと?」
此処に入る際に一度切れた会話をヨシカゲは再度求めた。答えを知っておきたかったのだ。いや、答えとは言い切れないが、そう言い切る根拠を聞いておきたかった。
「ん? ああさっきのな」
視線をヨシカゲの方にやり、簡単なことだと前置くと。
「お前を殺す理由が怨恨以外ありえねえからだよ」事もなげに言い「だってさ、お前。只の勤労学生だろ?」
まー内容が学生の範疇を超えているか。と手元の操作を続ける。口は別に言葉を続けていた。
「お前の家族構成だとかはある程度把握している。建築関係の父親は十八年前に他界、母親は現在療養中。兄は現在〈マーキュリー〉の勤めだったか……優秀だな。あそこの倍率は相当だ」
「それが……」眉を顰めるケンゴに「関係あるぜ?」と斬り込む。
「お前の家族構成だと怨恨しかねえだろ。ああ、愉快犯ってのもいるが……そりゃ馬鹿馬鹿しいから除外だ。どこに
これだっけか……? 独り言ちてキーボードをタイプ。それからもヨシカゲへの言葉は続く。
「んで、殺しても金は取れねえ。母親が買った恨みがあったとしてもたかが知れる。父親の場合は……恨みを晴らすのが遅すぎる。もっと早くていいくらいだ。
となれば、お前か兄貴目当てくらいだろう。しかし、ピンポイントで襲ってきたとなれば……」
クロウはキーボードを
「お前がどっかで、何か恨みを買ったとしか言いようがないさ」
「…………結構、他人事だな」やや不満げに言えば「実際そうだろ――何、返り討ちにして、いずれ根ごと断てばいい」
眼前に現れた完了の二文字を「よしよし」と指で押し込んで、ヨシカゲの方に笑みを向ければ。
「その時は俺も手伝ってやるよ」
彼の操作を受け付けた
「恨み辛みってのは、どっちかが諦めるか、どっちかを殺し尽くすかだ」
まるでダンジョン奥深くの宝物が姿を現すかの如き光景。けれど、クロウはヨシカゲに双眸を向けたまま、目もくれない。
「俺なら後者だ。楽だろう? そっちのほうが」
「あんた、それは……」
いくら何でも、同意できかねた。
例え、殺戮を以て意思を貫こうと、目的を成そうと、どれだけ崇高であろうと――殺しは殺しでしかない。
オブラートは無意味なのだ。それほどに同族殺しは罪深いと人の心理には刻まれている。だというのに、この男はこともなげに。
「何も俺は殺しを推奨しているわけではないぜ?」
「……矛盾も良いとこだな」
「言葉面だけを見れば、な」肩を竦め「極端に走るしか無いんだ、こういうのは。そりゃ俺だって楽しくない殺し合いは嫌さ」
あくまで、殺しを好むという自らの性癖を隠す気はクロウには無いようだ。
あっけらかんとしている。隠し立てしないオープンな気質はそんなところにも現れていた。無駄に相手を警戒させるだけだろうに。
「だけど殺らなきゃいけない時はある。
――特に、お前が殺すのは、常からそういう時だろう?」
言葉に詰まった。反論など元々しようとは思っていない。自分が武器を執るのは何時も自分の為だから。クロウの言い分に異を唱えるつもりなど、ヨシカゲには毛頭なかった。
けれど、言い訳の一つくらい吐きたかったのだが――駄目だった。
何を言っても、自傷でしかなく醜悪な自慰にしか見えない、思えない。自己の正当化。今も昔もヨシカゲにとっては忌まわしく、胸を突き刺す言葉だった。
だから、ヨシカゲは言葉に詰まってしまう。今、その言い訳を無理にでも作れば、言葉の刃は自傷めいて鍔元まで入り込んでくる。生まれる激痛に、自身は耐えられるのだろうか。今までの殺戮の重みをこの瞬間に自覚して、潰れずに居られるだろうか。
「――ま、いいだろうさ。悩めばいい。悩んでも殺さなくちゃならない時は何度もやってくる。特にお前は」
それよりも、と人の心情を知った上で叩き斬る。デリカシーなど無い。ただ実直にエゴを差し込む。それがクロウ=Y=沖田という人間なのだろう。
あくまで実直。自身の欲求に素直。
「俺の親父は何時も言ってた! Take the sword! 力無くして主張は無意味だと! 力無くして悪も正義も我も何も在りはせぬと!」
声を張り上げる。
「うちの父親が執るのは、金と権力だが」
指す手とは逆。いつの間にか鞘から抜き放った切っ先を突きつけ。
「俺は無論これだ!」
血に酔う悪鬼が如き笑みがクロウの顔面を覆い尽くす。
「これで十分さ。金と権力で得られる快楽は分かんねえしなあ」
カッカッカと笑い声を上げ、
「準備運動としようぜ、御堂ヨシカゲ。これから始まるお楽しみの前によ」
歯を剥いて笑う様は正しく猛禽か、野獣か。はたまた、真実人間か。
「――分かった」先までの思念を振り払うように双眸鋭く「叩きのめしてやる」
殺意迸る。鬱憤、ここで晴らさでおくべきとばかり。
「さっきまでのウジウジした顔よりずっといいじゃねえか」
クロウ、舌舐めずり。やはり瞳、剣呑に輝く。
「五月蝿い。人のデリケートな部分にズカズカ入ってくんじゃないよ」
吐き捨てるように、ヨシカゲは言葉を放つ。
「嫌だね」子供地味た応答「殺す」対抗とばかり、単語を返す。
「借りるぞ」迷いなく歩き出した背中に「やるよ。くれてやる。その為にこれを用意したんだからよ」
「そーかい……」ぶっきらぼうに返して「どうなっても知らないからな」ヨシカゲは忠告を零す。
「ハッハァ! 望むところだ!!」
嗤うクロウ。それを尻目に、眼前で整然と並ぶ一振りにヨシカゲは手を伸ばし、抜刀。しゃらんと刃金が心地よく鳴る。辻が如く、銀光が撫でるように大気を斬り刻む。
『やるぞ』鞘を投げ捨て『
ヨシカゲの姿形を覆い尽くす白貌は
タンッ――その直後、響いた軽やかなステップこそ、戦いの火蓋が斬って落とされた証明に他ならない――!!
++++
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます