第23話 リメンバー・ザ・エンカウンター

 

 

 

 

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 ――――出会いは、益体もない、旧時代のよくあるコミックみたいな出会いだったとカレン=T=オールドリッチは記憶している。

 

 旧時代オールドエイジの、極東や米国にあったという遊技場ゲームセンターというものがある。

 これまた旧時代的な電子機械、ゲーム筐体が幾つも並んでいる。喧しくも整然と並んだメダルゲーム。ゾンビや怪物の呻きが聞こえるガンシューティング。人だかりの出来ているビデオゲーム――きっと格闘ゲームだろう。熱気を感じた。

 そして、存在感を放つクレーンゲーム。景品様々。有名企業の菓子実験品名も知れぬ企業ド三流AR玩具スクラップ名のしれた商品メジャーメーカー模造品コピーグッズ物好きギーク向けらしきアニメーショングッズ。後は、定番中の定番な大きく可愛らしい縫いぐるみ。

 そんなラインナップを眺める黄金瞳は見止めて、足を止めた。

 

 「よし、今日はこの子を貰っていこうか」

 

 レバーを撫でて、余裕綽々といつも通りに彼女は笑った。

 加工ビルドした安物端末ジャンク電子決済クレジットを通して、かるーくおまじないちちんぷいぷい

 そうすればすぐに彼女の言う事を静かに聞いてくれる都合がイイ子になってくれるというわけだ。

 こんな感じでクレーンゲームを総嘗め中。と言ってもこういうゲームセンターには低層の一部や中層の裏通りにも極僅かだが。

 だからこそ、遊びは程々、目を付けられないように。というのが、カレンの遊び方だった。

 

 あんまり遊びが過ぎれば出入りも出来なくなるし、何より潰れてしまえば元も子もない。弄るのもある程度。

 だがこういうクレーンゲームというのはどうにも悪辣なものが多い。アームのパワーを最小にしたり、そもそも落ちないよう妨害したり。だからこれも仕方がないこと。目には目を歯には歯を――昔からそういうだろう?

 興味を引いたのは大昔のカトゥーンめいたキャラクターの縫いぐるみ。カレンが一体ぎりぎり抱えられるかという大きさ。なんだかんだ年相応の少女趣味が出てしまう複雑な彼女であった。

 

 さっと生体組込式端末バイオデッキから安物端末ジャンク遠隔起動スタートアップ。同時に細工アプリが筐体に後付された電子決済ソフトに割り込んでいく。さすれば筐体マシンから浮かび上がるGAMESTART安っぽいフォント

 此処まで鼻歌交じりにおまじないアブラカタブラっと彼女は微笑んで――視界を遮るように現れる乱入者。

 

 「あ、やっぱり君可愛いね~~。後ろ姿からびんびん感じてたんだよなー。一人? 一人だよねえ? あ、これ取ったげよっか?

 俺、ここの店員に知り合い居るし? 余裕よ?」

 

 なんだこの絶滅種恐竜。カレンの第一の感想はそうだった。

 小麦色に焼けた肌と茶髪に染め上げ鋭く屹立するツンツン頭。髑髏やらヒョウ柄やらが蔓延した服。じゃらじゃらしたアクセサリーの数々。総評、酷く前時代的な格好古臭い。ただ無駄に素材が良さげな辺り、この辺一体の住人では無いだろう。

 ある意味一周して知らぬところで流行っているのかも知れない。しかし、カレンのセンスではマイナス百点が良いとこ。

 何よりも軽薄さが好かなかった。言動だけなら兎も角、瞳の物言いが彼女には特に気に入らない。

 

 「っと、無視とか酷くなーい?」

 

 溜息一つ。答えぬままに立ち去るカレンに回り込む。手慣れている様子がさらにカレンの苛立ちを高めていく。

 

 「ん……? なんか挙動おかしいな」

 

 かと後方からそんな声。内心で舌打ちシット。声に視線をやれば手前の恐竜とは180度違ったタイプ。球体に手足を生やしたような姿形のあからさまな変わり者ギーク。滝のような汗を首に掛けたタオルで拭いながら、筐体の前に屈み込んで端末を繋げていた。

 不正アクセス悪戯が露見しようと凌ぐ術はある。簡単なこと。知らぬを通せばいい。愛嬌を振りまけばいい。あの類は目を見て、私が触ったときからおかしかったとそう言うだけで事は済む。証拠など残らないし、残さない。

 そもそも原因に辿り着けるかどうか。端末の操作を見ても、その辺のちょっと詳しい程度のそれ。場末以下。カレンから見れば拙いの一言だった。それに、筐体を再起動リブートすれば証拠も消えるし、元に戻る。

 ああ、それ見たことか。眼の前で明かりが一度消えるクレーンゲームにカレンは内心、鼻で笑う。

 

 「あいつあいつ。あいつに言えば取れるしさ?」

 

 答えたくない。話せばきっともっと長くなるのが目に見えていた。目が死んでいく。軽薄な声がカレンの意思を無視して、鳴り響く。騒音被害で訴えれないか等と現実逃避していれば。

 

 「――だし? じゃあ行こうぜ!」

 

 いつの間にか男が自己完結していた。なんて身勝手な男だと棚に上げつつ憤慨して、カレンは腕を引っ張る手を強く振り払った。

 どうにも、遠回しな態度ではこの男を解らせるのは無理らしい。だから彼女は動いて答えてみせた。

 

 「ボク、アンタみたいなの嫌いなんだよね」

 

 有無を言わせない冷たい瞳が男を抉るように向けられる。

 

 「言いたいことは山積みだけど。もう消えてくれない? ボクも暇じゃないしさ」

 

 脇を抜けて男に背中を向けた。出入り口の方へ足を進める。逆上に巻き込まれる前にさっさと出ていく方針だった。

 

 「――――良いねえ」「…………は?」

 

 背後から聞こえた予想を反する声に、思わず反応してしまっていた。

 

 「そういうつれない感じ、良い……」

 

 真顔の男にカレンは思わずポーカーフェイスを崩してしまう。

 

 「俺、顔良いからさ。皆声かけたらちょろっと来ちゃうんだよね。なのに君……面白いね」

 

 「――――」

 

 何も聞かなかったことにして逃げ出したのは言うまでもなかった。

 しかしだ。そうも行かないらしい。

 カレンよりも早く、自動ドアが開いて――背後の男と似たり寄ったりのが幾名か現れた。

 

 「……アンタ、最初から…………!!」

 

 振り向いて睨めつければ、肩を竦める男の姿。

 

 「ちょくちょく、君が低層に来るのを見てたんだ。いやあ、思ったとおりだ」ねとりと嫌らしく男は笑えば。「いい感じに鳴いてくれそうだねえ。強気な女の子好きなんだ、俺……」

 

 生理的嫌悪感を催す笑みが男の顔面を彩る。最低極まりないシット&シット。呼応するように男達がぞろぞろと囲んで、カレンの逃げ場を奪っていく。

 どうすると思考と視線を一瞬で巡らせ、カレンが自衛手段を一つ切ろうと生体組込式端末バイオデッキへ意識を一筋――。

 

 「邪魔だ」

 

 声が一つ。ゲームセンターの喧騒を貫くようにカレンの耳朶に届いた。

 ひゅんと軽い音を上げて、ごうと空気を切り裂いてカレンの背後に何かが落ちてきた。

 視線が鈍く響いた音の方へと向く。カレンだけではない。皆々、男達も、恐竜も、怯えて筐体の後ろに隠れたギークも。その場の全員の視線が向けられていた。

 男が一人。群がるそれらと同類であるのは、服のセンスや装飾。染め上げた髪の色合いから察しがつく。

 

 ――何よりも。

 

 「邪魔だっつんてんだろ」

 

 声に呼応するが如く、二つ目が吹っ飛んだ。自動ドアの脇に並んでいたビデオゲーム筐体達が犠牲となった。喧騒を掻き回すような耳障りな騒音と悲鳴。格闘ゲームに興じていた者らが目もくれず逃げ出していく。

 男達の視線は吹き飛んでいった男とは別、彼が元々居た場所に視線は向けられていた。

 じわりとまるで神話の一説のように男達という壁が裂けて、現れたのは一人の男だった。

 少年と青年の境にあるような彼は、黒髪をミディアムショートにしていた。整った顔面の男だった。男性的で、何処か儚さも感じさせるのは女性的ともとれた。けれど全てを台無しにするのは並ぶ双眸に違いない。あまりに鋭かった。刃的というのはよくある形容で、陳腐。鋭さを齎すのはそれだけではない。

 宿す色こそが双眸を刃足らしめていた。深い虚無。縁無しの闇。深淵と呼ぶべき色が顎門を開けていた。

 黒々とした獣の口腔。瞳であるはずなのに、何故だがそういう印象を感じる。

 

 「……邪魔だって何度言わせんだ」

 

 かつかつとカレンの前までやってきた彼の唇から不機嫌な声色が突いて出る。すっと男達を見渡して、

 

 「雁首揃えてぐだぐだしてんじゃねえ。つーかヤんなら他でやれ他で。ゲーセンですんな」

 

 恐れの欠片無く、唯ひたすらに我を通す為に言葉は投げられていた。

 男達は動揺していた。大の大人を、彼らより少し背が高くとも、殆ど同背丈同体重のものを吹き飛ばされたのだから当然だろう。

 機械化サイボーグ中毒患者アッパー――その手の違法薬物ドラッグをキめたようにしか思えない。

 だが、どうやら。

 

 「おいおいーちょっと君さぁ」空気を割って、「空気の一つも読めないわけぇ?」

 

 恐竜には関係がないらしい。

 固まりきった不穏な空気を鳴らす足音で砕いて、自分の領土へと塗り替える。そういう風に恐竜は彼の方へと踏み入ってきた。カレンの眼前で二人の男が視線を合わせる。

 

 「うっせえよ」じろりと鋭利な双眸の彼は気怠げに見下ろして「風通しを良くしてやったんだ。感謝しろ」

 

 「は? なにそれウケる」

 

 言葉と裏腹。瞳は全く笑っていない。

 高まる緊張。ぴんと張られた弦を限度まで引き絞ればいずれ千切れる――のは些か早かった。

 鳴り響いたのは警告音と差し込んだのはブルーランプ。

 この〈エンパイア〉の治安維持を司る、多国籍企業郡と〈エンパイア〉の子飼いである彼ら、警邏隊。それが来た。

 

 「誰が通報呼びやがった……!!」

 

 余裕の表情が一片、焦りと内面の凶悪さを剥き出しにして、文字通りの恐竜と化した。肉食動物の、捕食者としての側面が全面に押し出されていた。

 威圧を真正面から受け止めた男達は戦いて、否定の言葉と動作を見せる。

 ギロリと視線が移動して、鋭い双眸の彼を経由――彼は外の青に目を奪われている――からカレンを素通りして最後に背後で怯えたまま竦む肥満体ギークを撃ち抜いて。

 

 「テメエ、か……!!」

 

 否定と同時に豚のような悲鳴と怒号が即座に迸った。鳴り響き続けるゲーム音に混じって、空間に鈍く、何度も何度も響いた。

 しかし、それどころではない気がしてならないのは、カシラが怒り狂って行動の取れない男達の感想。

 キキィと高くブレーキ音。次々と大型車両が高速で滑り込んで停車。ガラッと引いてドアを引けばぞろぞろと警邏隊仕様にアクアブルーで塗装され、各部に所属を示すロゴがプリントしてある軽量式強化外骨格エクソスケルトン=ライトクラス

 軽量級ライトクラスといえど、生身フレッシュには脅威的だ。何よりも着込んでいるのは専門訓練を積んできた者達プロフェッショナル。チンピラでは万に一つも勝ち目はない。

 

 不味い。何故だか無駄に本気だ。流石のカレンも冷たいものを背中に憶える。彼女は電子専門ハッカーだ。肉体労働戦闘は論外、専門外。だから逃走経路に目を配れば、市販改造品チューン済み行動指針ソフトガイド生体組込式端末バイオデッキ接続神経コネクター越しに、網膜投映プロジェクト

 さすればラインが幾つか引かれて、色分けされた。青から赤まで。赤に近づけば近づく程に危険になるのは自明だろう。

 しかし、赤に近づけば近づくほど彼女の好みになるのもまた一つの事実=スリルジャンキーたる所以。

 

 だから彼女の足が選んだのは境の混じり、紫よりも赤に近い色合い。

 そして、同時に自動ドア及びガラスを打ち破って強化外骨格エクソスケルトンが雪崩込んできた。

 猫のように靭やかに。滑るように彼女は筐体の合間を抜けて、脱出を目指す。

 目標としては、離れに止めてある自身の赤い大型機動二輪愛車。まずはゲームセンターからの脱出を目標に。

 ガシャリとカレンの頭部から顔面に掛けてをフルフェイスヘルメットが覆い隠す。羽織った赤のライダースジャケットに組み込まれた機構ギミックだ。

 顔を晒すのは得策ではない。電子面デジタルでは防壁ジャマーを掛けている。けれど人の視点はそれだけでは誤魔化せない。だからこそ。

 

 雪崩れ込む重苦しい足音。五感で感じる暴力装置エクソスケルトンの猛威。捕まってしまえば面倒だ――逃げ足が早まる。

 カカッと筐体を蹴り、クッションが死にかけの丸椅子に足裏を沈み込ませ。前に跳び出せば新たなラインが視線の先に這う。逆らわず辿る。

 チェックポイント。脱出口として選んだのは男女に分かれた化粧室。窓を抜けようという算段。

 ――だったのだが。

 カレンの視界がレッドへと染まり切るオーバーライド。目を見開く。逃げ場エスケープラインが消え失せた。

 かつりと濃いグレーのセラミックタイルに降り立ったと刹那。

 眼前に強化外骨格エクソスケルトンが割り込んだ。一体。しかし、脅威だ。チェックポイント化粧室は目の前だというのに。歯噛み。積みチェックを思わせる行為に込められた力は強かった。

 

 伸ばされる機械腕マシンアーム。絶望はそうやって現れて――ばきりと曲がらない方にひん曲がった。

 下手人はただの足一つ。速度は申し分ない。しかし、強化外骨格エクソスケルトンだ。不意を打てたとしても関節部だとしてもこれは些か人間離れしている。

 強化外骨格エクソスケルトンのスピーカーから絶叫が迸る。未だ止まない軽やかで色彩豊かな電子音に混ざり合う。

 着地。勢いと成したことに対して驚くほど静かに鋭き双眸の彼がそこにいて。


 「逃げるんだろ?」

 

 気取った風もなく言った。

 だけど妙にその様がカレンには嫌味に見えてしまって、思わず舌打ちが零れる。

 ぷいっと無視してタンッと軽やかに一足飛び。化粧室に消えていく。

 

 「……なるほど。そこからか」

 

 ぼそりと見送り、ついでと起き上がろうとした強化外骨格エクソスケルトンの頭部に容赦なくサッカーボールキック。

 力無く崩れ落ちた名も知らぬ彼に目もくれず、彼もカレンの後に続いた。

 喧騒が止むのには暫くの時間を要して、翌日には廃墟が一つ出来上がっていた。

 中は伽藍堂。商品はおろか、ゲーム筐体の一つも無い。順当に下層民の餌食なったのだろう。

 ちなみに、件の恐竜チンピラ集団は一斉検挙。どうやら某企業の子飼い組織に手を出したり、とある地下組織マフィアの縄張りを荒らしただとか――理由は兎も角、彼らは都市の闇に消えていった。

 風の噂では、恐竜の彼に良く似た立ちんぼが低層の何処かに居たとか、居なかったとか――。

 

 

 

 

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 「……何ついてきてんだよ」「助けてやったろ?」

 

 中層、繁華街。真昼でも陽射しは遠く、綺羅びやかでけばけばしい拡張広告ARバナーや簡易AIによる立体広告ホログラムの数々と喧騒が満ちていた。ARやホログラムの広告の数々は生体組込式端末バイオデッキを入れているカレンにとっては特に目障りだが、そこは流石に対策ブロック済み。

 しかし、彼の方はARは兎も角、ホログラムに絡まれては鬱陶しそうに手で払っていた。

 

 「飯の一つでも奢れよ」「……助けてくれなんて言ってない」

 

 さも同然と集ろうとする彼に鋭く一瞥。しかし効果は余り見えない。容易く受け流される。

 

 「ていうか、何? ストーカー?」ジロリと後ろの彼に視線を向け、「ちゃんと撒いたと思ったけど」

 

 「偶然だ」勘違いするなと溜息。「昼飯食いに出てきたら見かけたからな」

 

 「こ、こいつ……」

 

 わなわなぷるぷると口端を震わせて、勢いよく振り返れば。

 

 「ストーカーのほうがまだマシだわ! なんだ偶然って!!」唾を散らす勢いで「これじゃあ警邏に突き出しも出来ないじゃないか!」 

 

 びしりと突き出される指先。思わず後ろへ頭を逸らして、彼は驚いたように目をやや見開いた。

 

 「ほんとなんなんなのさ!」

 

 無駄に怒り心頭。キッと睨む黄金瞳は美しい。揺れる肩は声を荒げた証。しかし、彼はどうでもいいらしい。ただ周囲に軽く視線をやれば、おっと何かを見つけた様子。

 

 「とりあえず、飯食おうぜ」

 

 「話は――!!」

 

 「こんなクソ目立つところでか?」

 

 ――言葉を受けて我に返れば雑踏の中洲に居たのに、カレンは気づいた。視線が痛いまでに集中している。彼女は決して目立ちたがりではない。不要に目立つのは避けたいくらいだ。

 だから、そう。とても不本意ながらと顔面全体で示せば、怒りも既に尻すぼみとばかりに萎えていく。

 

 「……不味かったら承知しないからな」

 

 しぶしぶ頷いた。

 

 「まあ」彼が指差した先には「M」の文字。見覚えのあるファーストフード「頼むもん間違えなきゃそう酷いのは無いだろ」

 

 「……確かに」

 

 同意と共に先んじて足を踏み出せば、数歩足らずで店内へ――直後、入店SEの代わりとばかりにBANG!と高らかな銃声がカレンの耳朶奥底に響いた。

 

 「金を出せ!!」

 

 「うっそ……」

 

 唖然と声が漏れたカレンの視線の先には、薄汚れて継接ぎまみれの強化外骨格ガラクタが二つ。

 それの一つが天井高く掲げているのは、いくらなんでもオンボロの、動いてるのも不自然な強化外骨格エクソスケルトンであっても不釣合いな程、小さな一丁のピストル。その先に視線を向けてみれば弾痕が一つ。音源は間違いなくあのピストルだろう。

 

 「……またベタな」

 

 後ろから聞こえた彼の言葉に、思わずカレンは頷きそうになっていた。

 

 

 

 

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 出会いから数日。カレン=T=オールドリッチには三つ、分かったことがあった。

 一つ。彼の名前は咬切ケンゴ、ということ。

 二つ。ケンゴは同じスクールに通っているということ。

 三つ。彼と行動すれば――。

 

 

 「おま、飛ばしすぎだ!!」

 

 「ひゃっはー!!」

 

 〈エンパイア〉の全域に張り巡らされし、流通と交通の要の一つ、高速移動路ハイウェイ。走る民間自動車の合間をすり抜けて、加速を心のままに続ける大型機関二輪エンジンバイクが一つ。

 真紅のボディとテールライトが夜闇に尾を引いて、加速を如実に示していく。自動車達はネットワーク越しに交通AIで完全制御されているからこうもいかない。制限リミッターをクラック。AI制御オート騙くらかオミットして、強制的な手動マニュアル制御にしているからこその芸当だ。

 

 ちなみに行っている全てが都市法違反に当たるので、いい子は真似をしないように。

 

 ――とこんな風に刺激的な日々を送れるらしい。

 

 あの強盗騒ぎから数日が経っていた。

 それでカレンが学習したのはこの男と居ると無用な厄介事トラブルが飛び込んでくるということ。

 この男の風貌と雰囲気が招くのか、それともそういう星の下に彼は居るのか。

 まあ、カレンにとってはどうでもいいことだ――それが彼と一緒に居る理由に他ならないのだから。

 

 「くそ、二度と乗るか……!!」

 

 吐き捨てた言葉は加速に乗れず、舗装を高速で転がれば後続車両に轢殺された。

 

 「現状をどうにかしてからじゃねー?」

 

 カレンのぼやきがケンゴに届いた時――二台の大型電動二輪モーターバイクが甲高くモーターを唸らせて、並走。

 ブラックカーボンのボディ。黒塗りにされた単眼ライト。カレンの駆る流線型のRRレーサーレプリカに良く似た風。決定的に違うのは動力部だろう。

 カレンは機関エンジン――化石資源を加工した高級品ガソリンを用いて駆動する時代遅れ骨董品

 対して並走する二台は、今の世の中で最も普及している電動モータータイプ。名の通り。甲高いモーター音がその証だ。〈エンパイア〉でも変わらない。

 運転手は恐らく男だろう。カレンと同じく頭部全体を覆うフルフェイスヘルメット。レーシングスーツが覆った骨太で重厚な躰、ケンゴとそう変わらない身長。

 

 その二人が何者かというのが今、焦点を向けるべきだろう。

 

 「んで、コイツらは?」「……知らなーい。多分熱心なファンストーカーじゃね?」

 

 こいつ知ってんな――ケンゴ、内心で確信。同時に追求も無駄だと溜息を零す。

 どうせ何処ぞに遊び半分で首を突っ込んだに違いない。それで珍しくしくじった。しっぺ返しがきっとこれだろう。

 急に現れて、無理に乗せられ――面倒。至極面倒。

 

 「それでどうすりゃいいんだ?」

 

 未だ両脇で沈黙を保ったまま、一定間隔でアクセルを捻る男達に目をやる。警戒は怠らない。この速度で叩き落とされれば後続の自動車達に高性能な事故防止機構リミッターがついていたとしても轢殺待ったなしだ。

 だから目を離さなず口を動かす。面倒事を放っておいてもどうにもならないから、この場で終わらせると。

 

 「何時も通りだぜ――ダーリン」

 

 「……その呼び方なんなんだよ」

 

 困惑気味なケンゴに、フルフェイスの内でカレンは両端を持ち上げて笑みを作れば。

 

 「ダーリンはダーリンだって!」

 

 有無を言わさずと言った調子で言葉を放つ。

 

 「……あーそうかい」

 

 溜息混じりに諦めを零すと、ケンゴはその場に立つ・・・・・

 脅威のバランス間隔だった。今も加速は続いているし、小刻みに揺れている。立つなど自殺行為にしかなり得ない筈。

 だが、現実。

 

 「まあ、」冷たく、黒瞳で見下ろし「やるかぁ」コキリと首が鳴った。

 

 ――そう。これなのだ。

 カレンは思う。背筋を走るゾクゾクに愉悦隠せず、ククと笑みを零れてしまう。

 彼と居て分かったことの三つ目。彼と行動すれば、愉しい。何よりも重要で、彼女の性癖に突き刺さる事実こそが、カレンが彼をダーリンと呼ぶ理由に他ならない。

 そう、この瞬間が彼女にとっての最高で最良の日々。一瞬を、刹那を切り抜いて保存しておきたい――つのる思いは日々、高くなりつつあった。

 後ろで耳を塞ぎそうになる騒音がした。ちらりと背後へ視線をやれば横転し、黒の大型電動二輪モーターバイクが一台、路面を滑るように回転しながら運転手を高速移動路ハイウェイの外へと叩き出し、遙か後方へと消えていった――とすれば遠方で黒煙と爆音。

 衝撃が一つ。先と同じような音が暫し続いた次の瞬間、ぐらりと揺れる大型機関二輪エンジンバイクのバランスを正すと。

 

 「終わったぞ」「おつー」

 

 軽く返事。もう一台の末路は言わずもがなだろう。消える定めを察した命が甲高く声を上げて、潰れていった。

 

 「んで、どうすんだよ」

 

 「そーだーねー……」考えてなかった。この瞬間を味わう尽くすことで頭がいっぱいだった。「ドライブとか……?」

 

 「疑問系かよ」苦笑。「まー…あれをどうにかしてからだな」

 

 カレンの細指が指す方を見れば、迫り来るモーターの嘶き。津波が如く先と似た先の大型電動二輪モーターバイク達。もう何をしにきたかは、二人共に察しがついて――アクセルが目一杯、引き絞られた。

 

 「あー……! もう絶対乗らねえからな――――!!」

 

 幾度と吐き捨てられた言葉はドップラーめいてエンジン音諸共、高速移動路ハイウェイに転がれば、後続車両に轢き潰されて路上の染みになった。

 

 

 

 

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 「――そういえば、」

 

 唐突に、思い出したように言葉を作る。ちょっと不満げな表情を浮かべ、見下ろして。

 

 「どうしてボクの後ろ乗るの嫌だったのさ」

 

 膝の上にぽつりと言葉は落ちて、そのまま受けての答えないまま消えていく。

 

 「最近は乗ってくれねーし。なんだよ。寂しいじゃん」

 

 唇を尖らされる様は年相応に可愛らしいく、見る者を魅了する。けれど、此処には誰も居ない。

 あるのは死骸と瓦礫。そして、カレンとケンゴだけ。

 ケンゴだったものかもしれない。呼吸と温度はあるけれど、喪失した躰の大部分は一向に戻ってこない。ただ伽藍堂を晒していて、それは同時に彼女の内側に空虚となって広がっていく。

 このまま帰ってこないのではないか――嫌な予感。頭を振って追い出す。

 

 「いっつも勝手に出ていってさ。ボクは仲間ハズレとか酷いでしょ」

 

 おもむろに手を伸ばせば、目を瞑ったままのケンゴの頬を引っ張ってぐねぐねと捏ねてみせる。

 

 「もうちょっとさー? ボクの事、考えてもいいと思うわけだよ。こんなに尽くしてるのにさ――あーでも、そういう自分勝手なダーリンも好き。前よりもっとクールになった今のダーリンも好き」

 

 「だけど」ぽつりと零れた言葉。「ちょっとはかまえよ。御堂とか異形とかばっかズルいじゃん」

 

 抓る指を優しく頬に這わせ、カレンの表情に暗い影が差す。拗ねた風で、寂しげな様。そのまま、指が髪に絡む。さらさらの髪。絡ませても零れるように指から逃げていく。どうせ手入れの一つもしてないだろうにこれはどうにも理不尽だ。

 こっちがどれだけ気を使っていると思っているのだ。さして長くないとは言え、これでも結構良いリンスだとか良いシャンプーだとかを使っているのに。

 もう片手を自身の髪へと伸ばせば、弄ぶように指に絡ませる。憂鬱げな眼差しが横目でそれを捉える。

 そうして視線がケンゴから逸れた時――、唇が微かに震えて。

 

 「――――お前の運転、危なっかしいんだよ」

 

 言葉を作る。カレンが望んだ声が大気を震わせる。さすれば、彼の帰還に歓喜するが如く、虚ろな杯を満たさんと黒が穿たれてた伽藍堂より凄まじい勢いで吹き出――彼を瞬く間に再構築リ・ビルド

 彼の姿が人の形を取り戻す。出来損ないの泥人形めいた様はもうそこにない。

 狩人の装いも無いが、普段彼が纏っているような私服が身につけられていた。簡素なジャケットと白いシャツ。すっと伸びた暗い青のデニム。どこから取り出したのか――まあこれも狩人装を纏うそれの応用というやつだ。

 

 「だから、あんまり乗りたくねえんだよ。その辺どうにかしろ」

 

 「無理」ややトゲのある忠告を一言で退け「それはともかく、おかえり」

 

 言葉端にも驚きは見えない。至極穏やかに帰還を喜ぶ声が彼を物質界へと迎えていた。

 

 「…………ただいま」

 

 一時の沈黙を置いて、膝上からした声にカレンは微笑んだ。

 

 「俺は、どれだけ寝てた?」

 

 「ボクが来てからでいえば、15分くらいだな」

 

 膝から頭を離し、ケンゴは立ち上がる。その背中に視線をやるカレンは、太腿を覆っていた心地の良い重みと熱が残滓を残して消えていくのを口惜しげに感じながらも答えていた。

 

 「……なるほど」頷いて「ズレは、無いか」独りごちる。

 

 その背中に「行くのか?」カレンが訊けば「ああ、行くよ」彼女の思ったとおりの答え。

 

 「じゃあ、ボクも連れてけ」

 

 「今更だな」振り向いて笑えば「いっつも勝手についてきてるじゃねえか」

 

 「まあね」すいと虚空を指でなぞれば、ふわりと音なく浮遊するのは漆黒の球体ドローン。「拒否されたってついてくさ」

 

 ハッと笑えばカッと靴底を鳴らして、ケンゴは背を向ける。行く気なのだろう。今度こそ、狩り取るべく。

 

 「――っと、そうだ」足を止めれば、振り返り「伝言があった」

 

 「伝言?」

 

 語尾と共に首を傾げたカレンは、返ってきた言葉への驚愕に声も出なかった。

 

 「お前の兄貴・・からの伝言だ――月が綺麗の比喩は想い人に使うもん、だとさ」

 

 「――――なに、それ……」

 

 絶句の後に落ちる言葉は落涙が如く。砂埃に塗れた床に染みを作った。

 

 「気恥ずかしいことを言わせるもんだよ、お前の兄貴は」

 

 肩を落として、息を吐く。視線は遠く。何処か遠く。

  

 「兄さんに、会ったの……?」

 

 想起するのは、自身に良く似た兄の姿。二度と見えぬ彼の姿。愛した唯一無二の親兄弟の背中――声が震えてしまう。抑えきれない程に。今、カレンはかつて無いほどに動揺していた。

 これほどに動揺しきったのは彼女の人生で数えて二度目。今が二度目で、一度目は――これから語られる。

 

 「ああ」肯定「会って、聞いた――あの夜、お前が、俺を救ってくれたということも」

 

 脳裏に過るのはほんの少し前の残響。影のような男――コールド=J=オールドリッチ・・・・・・・は彼女こそが救い主だと言った。

 

 『あの夜がお前という狩人の、再誕日ビギンズナイトだ』

 

 始まりの日。狩人にケンゴが成った日。あの教室の惨劇は自覚したに過ぎない。もっと前からケンゴは狩人であったのだ。

 切っ掛けとして、自覚するためにはまず狂う必要があったから。

 

 「――――ッ」

 

 その刹那、悲哀と離別と殺戮に満ちた夜がカレンの網膜に蘇った――――。




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