第9話 サマー・カム・サドンリィ 4
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熱波と叩きつけられた余波が彼の、ケンゴ/狩人の肌を撫でる。
視線にブレはなく、傍を抜ける巨腕に目もくれず標的へ。
地に着いた巨腕へ軽く横薙ぎ。
隙を小さく、回避とほぼ同時だった。
小さく跳ねる血飛沫。掠り傷にしかならない。再生は早かった。
無論、ケンゴ/狩人も承知だ。
けれど、その蓄積こそ。
小さな積み重ねを続けることがその刃の使い方だ。
しかし、この巨体だ。到底間に合わない。
振り下ろした腕――から伸びた腕。人の腕が掌から生えて生えて生えて連結してケンゴ/狩人に迫る。
本丸の巨腕による一撃以外にも手札があるらしい。
獣――巨獣と呼称するが、見た目に反して小技を弄するタイプのようだ。
――元が影響しているのかどうかは兎も角。
「ここまでデカイのは初めてだが」
斬り捨てる。
「まあ、」
柔い。脆い。前に狩ったこれよりずっと小さな獣型よりもずっと。
「どうにかなるだろう」
散らばる小石を、舗装を蹴りつけてケンゴ/狩人は軽やかに走り出す。
巨獣の左、巨腕薙ぎ払い/
次手。右、巨腕叩きつけ/
大気を穿つ右ストレート/脇をすり抜けるように
痛み分け、刃が閃く。
鬱陶しい
吹き荒れるのは血肉骨の砲弾。
彼がすることは変わらない。
人外の動体視力は迫る肉塊を正確に見切り、意思と無関係に手足は回避を刻む。
時折、回避に重なるものをたたっ斬る。
切っ先鋭い背骨が彼を逃さぬように先回りしていく
――結果、距離を取らされてしまった。
直後、雨霰に振り下ろされる双腕。
強烈な地ならしが縦横無尽と走り回り、周囲一体を原型とどめ無いまで破壊する。
肉塊の乱射との複合は、ケンゴ/狩人に逃げ場を与えない。
揺れる。砕く。弾ける。
初手、衝撃波の起こす地震。
ここでケンゴ/狩人も流石に脚を取られた。
――しかし、その様は精彩に欠けていた。
次手、大地に亀裂が入る。
地割れだ。彼を巻き込むように亀裂は縦横無尽と走り回る。
――足を取られまいと足掻く。
最後に、砕けた破片が跳ね上がった。
――直撃だけは避けなければならない。腹に大穴を空けられても生きていられる。けれど、そうなった時点で詰みだ。
眼前をすり抜け、鼻先を掠る先端。剣山のように突き立つ石礫。
冷たい汗が彼の背中を伝たった。
廃域が加速度的に崩れていく。
建ち並ぶビルは斜めり、柱を失って自重に負け、崩れていく。
直接衝撃を受け続ける舗装は見るも無残。
砕け散った壁の痕や原型の無い灰色の地面は巨獣から吐き出された骨肉に赤く
ケンゴ/狩人の脚は
しかして、防戦一方。
思わず歯噛み。
「ッ!!」
目を見開く。
視線の先、振り上げた彼の脚に絡みつくものがあった。
手だ。亀裂から巨獣の腕より分かれた腕が石礫に隠れ、亀裂から迫っていたのだ。
巨獣が嫌らしく、生前通りに嗤う。
どうやら、見た目以上に知能があるらしい。
ケンゴ/狩人の体が空に舞い、背中から叩きつけられた。
空気が肺から押し出され、喀血。鈍い痛みが走る。視界が明滅する。
しかし、痛みはケンゴ/狩人の戦意を掻き消すに至らない。
ぐるりと双眸が巨獣を捉えた。
巨獣の目に驚愕が浮かぶ。
二度目の叩きつけの瞬間、ケンゴ/狩人を縛る腕が肉片となりて散華したからだ。
じゃらり。鎖を垂らすような音。音源は距離をとったケンゴ/狩人の手元。
〈
ケンゴ/狩人の
彼を守るように刃が蠢く。まるで蛇のように。与えられた名の通りの動きを見せる。
三百六十度。
彼の視界外であろうと関係なく、刃は走る。
迫る触手、同じような形で迫る脚。追って射出される頭部。
視界を埋め尽くす肉塊の弾丸。
距離を詰めようとするケンゴ/狩人へ容赦なく打ちつけられていく。
けれど届く前に、蛇腹の餌食となった。
まさに鎧袖一触。
絶叫を乗せて飛び散る肉片。
悲鳴を上げながら、ばら撒かれる脳漿。
斬り裂く鋼が血塗れになる。
彼の体も赤く赤く染まっていく。
けれど、彼の双眸は鋭く物ともしなかった。
二つの勢いは留まることを知らない。
巨獣の体を構成する男達は只々、殺されていく。
狩人の刃が首だけの彼らを殺し、外れれば路上の染みとなる。
――死ねないのだ。
構成物として認識され、異形に囚われている限り男達の運命に終わりは来ない。
手足をもがれ頭を打ち出されようと再生し、無限の苦痛は続く
苦痛を、悲嘆を餌にした骨肉の
あまりにも冒涜的で、あまりにも悲劇的。
ああ、けれどきっと。
これは。
彼らの成してきた悪行、その返しだろう。
因果応報。
彼らにはそれがとてもよく似合う。
ケンゴ/狩人も真正面から挑むなど最初から考えていない。
いつかの獣のように斬り刻むのは難しいのは彼も分かっている。
理由は全てその巨体故。
それを以て、彼が導き出した回答。そして、示すのは彼の行動以外ありえない。
潜り抜け――ついに巨獣の眼前へ到達。
間髪入れず、何もさせぬと振り下ろされる右腕。
握られた拳は巨大な破城槌。二メートル足らずの人間大に振るう規模ではなかった。
ものの一瞬で拳は大きさを変えていた。理由は目を凝らさずともすぐに分かる。
無数の男達が喚きながら束ねられていた。
直径四メートルに届かんばかりのそれは、唸りを上げて叩きつけられた。
抜ける突風の最中、腕を振るう――――鋸歯は男の幾人かを犠牲にして右腕へ固く齧りついた。
即座に振りほどこうと、巨獣は勢いよく振り上げる。
――彼の目論見通りに動いているなど、巨獣は露程も思っていないだろう
加速。
振り上げと同時。
絡まった蛇腹剣を強く引き、腕の方へとケンゴ/狩人は加速した。
一方、巨獣は彼を叩きつける気なのだろう。
わざわざやってくる彼を見て、嘲笑う。
その嘲笑いも、刹那には苦痛一色で染まっていた。
右腕への到達の瞬間、姿勢の変更。
加速。
吹き上がるおびただしい真っ赤な鮮血。
上がる絶叫は巨獣の口腔から放たれる苦痛の発露だ。
右腕が切断されていた。
転がる右腕は既にこの世界から消滅しようと、灰に還ろうとしている。
「次は」
いつの間にか引き戻された
「首だ」
血に酔った瞳が巨獣を射抜く。
肘から先を失った巨獣は痛みの中に怒りを見出す。
憤怒の燃える瞳がケンゴ/狩人を捉える。苦痛の発露は怒りの咆哮へと差し替えられた。
無数の頭部と手足がケンゴ/狩人へと叩きつけられる。
怒りに呼応したのか、先までよりも密度はあがりまるで嵐。
砂煙と血煙が一際高く吹き上がった。
――しかし巨獣が捉えた。というのは一瞬の話だ。
煙の晴れた後、潰れた骨肉臓物が散乱する中にケンゴ/狩人の姿は既は無い。
彼は巨獣の背を駆け上がっている。
気づいた時にはもう手遅れ。
太い、贅肉に埋もれた首へと蛇腹が巻き付き――既に背から彼は離れていた。
後はもう、
悲鳴はもう上がらず。
悪徳への苦痛は有限と成った。
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膝から力なく崩れ落ちた。
濛々と上がる砂煙の中、巨獣はこの世との繋がりを失い、塵に還っていく。
狩人装が空に消えて、奥から咬切ケンゴの姿が現れる。
「……帰るか」
脱力しきった声だった。
一仕事成した後の達成感と疲労が見える声。
死骸に用はないとばかりに踵を返して、後にする。
腹減った。
ぼやいて、取り出した携帯端末は六時過ぎを示している。
天候制御のメンテナンスはいつの間にやら終わっていたらしい。
揺らぐ風は涼やかで、暑苦しい熱風は何処にやら。
日は既に水平に消えようとしていた。
「ピザ食いてえなあ……」
願望を口に出して注文のため、メッセージアプリを起動した時。
「ケンゴッ!」
「なんだ。まだ居たのか、御堂」
意外そうにケンゴはクラスメイトを見た。
ヨシカゲは強化外骨格を解除したようだ。背中には純白の竹刀袋がある。
「それは、なんだ」
「それって、アレか?」
親指で背後を差す。
消えかけの巨獣。
もうすぐ跡形もなくなるだろう。
「それとも」
差していた指の向ける方を変えて言う。
「俺か?」
「……両方だ」
「なるほど」
納得したように頷いて。
「ああ、やっぱりお前面倒くせえな」
頭を掻いて、ケンゴはぼやく。
「なにが、面倒くさいだ」
流石のヨシカゲも頭に血が上っていた。
心配していたのだ。短くはない付き合いだから。昔から、ずっと一緒だったから。
仲がいいか悪いかで答えられるような簡単な関係ではないけれど。
腐れ縁でも、友達だから。
「俺が、どんな思いで……!!」
カレンに彼の様子を聞いた時には平静を保てた。
けれど、ケンゴを前にしたヨシカゲの心は沸騰していた。
無論、怒りだ。
「どいつもこいつも……勝手に押し付けんじゃねえよ」
ケンゴは苛立ちを隠さない。片手で髪を掻き回す。
狩りの後、血に昂ぶった心。
二人のタガは分かりやすく外れていた。
「俺は今、やりたいことを見つけたんだよ。だから、」
「邪魔をするなと? 巫山戯るなよ」
烈火の怒りがついに、噴き出る。
「巫山戯てんのはお前だよ」
こっちも噴火済みだ。青筋を立てて睨んでいる。
どうやら理性の限界だったようだ。
睨み合いを続けながら、互いが互いの方へと向かっていく。
バキリと拳の鳴る音。首をコキリと鳴らす音。
肉薄。
互いの視線が剣呑に絡んだ後、固く握った拳は放たれた。
肉を打つ音が高く、高く、夕暮れに響いた――。
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