第8話 サマー・カム・サドンリィ 3

 




 ++++

 

 

 

 

 ――最上階。

 

 無残。散華。残骸。


 散らばる無数の骨肉臓物。

 そこに人の形をしたものはなく、ただあるのは人だった者達。

 酷い様だった。

 銃弾と斬痕が豪華な内装を無残に破壊されつくしている。

 温かな屍肉は床に散らばり、引かれた時価数億のペルシャ絨毯を台無しにしていた。

 鮮血は壁や掛かっていた絵画を塗りつぶしていた。

 

 勿論、ヨシカゲのターゲットの姿はそこにない。


 ――死骸に埋まってなければの話だが。


 指先に付いた鮮血を軽く払い除けながら、彼は部屋を見回してみる。

 視認できる範囲に監視カメラやそれに類するものはない。

 

 『ユーザー。この部屋に監視装置に該当するものは発見できませんでした』


 ――さて、こうなると上から下まで行ってみるしか無いか。

 

 そう思い立ったヨシカゲに敵対因子の接近を示すアラート。

 そして、彼の耳も階下に響く靴音を捉えていた。

 

 どうやら、相手から来てくれたようだ。

 手間が省ける。

 

 彼の両手が背負った大太刀へ伸びた。

 

 

 ――――その時であった。

 

 

 『ユーザー。推奨:緊急回避フライ・アウェイ

 

 刹那、亀裂が入ったと思えば、轟音を上げて足元が崩れた。


 ヨシカゲの反応はやはり早かった。

 この高さからの落下と瓦礫に埋もれるのと、生存率は比べるまでもなく演算するまでもない。

 窓を蹴破る破壊音、虚空、落下、空を切る音を聞きながらヨシカゲは目を見開いた。

 

 「これ、は――?!」

 

 肉声が驚愕を零す。



 ――咆哮が上がる。

 

 

 それはとても、とても。

 

 

 人の悲鳴に似た獣の咆哮だった。

 

 

 驚愕覚めやらぬ彼へと咆哮の衝撃波で砕けた瓦礫が石礫となって襲いかかる。


 「ッ!!」

 

 足場なきそこで彼は双腕を一閃、石礫を叩き落とす。

 

 その籠手ガントレットより現れるは、手甲剣。

 

 剣幅は腕の延長線かと思わせるような造りで同じ幅。長さは小太刀よりは短く短刀ほど。刃は両刃になっていた。

 小さな瓦礫を剣風で散らしながら迫っていた石礫を難なく斬り裂き、場合によれば叩き落とす。

 近接戦闘用であろうそれは、切れ味よりも頑強性に重きを置いているのか想定外であろうこの用途にも刃毀れ一つ見せなかった。

 

 無数の石礫、足場なき空中。

 しかし、重力のまま、墜ちる彼に損害は無い。

 そう、この程度の障害、問題、状況が悪かろうがどうであろうが。

 

 蟷螂=白金号御堂ヨシカゲにとっては問題にならない。

 

 ものの数秒もない空中落下をえて、難なく着地。

 そこで彼の瞳はようやく咆哮の主の全貌を映した。

 

 ――巨大。

 

 全長で言えば、大体十メートルほど。横幅は、四メートルほど。

 全体像でいえば恰幅がいい。

 それは四肢があり、二足歩行。

 巨大な――なんと呼べばいいのだろう。

 これは、生物には見えるけれど、例える生き物がヨシカゲには浮かばない。


 体毛はなく。肉体を構成するのは――人だ。

 人体が連なってその生物を維持していた。

 多くの男達がそれの中で泣きわめて蠢いている。


 恐らく、ビル内部に居たマフィア構成員。

 なるほど。先の咆哮が人間めいていたのはこれのせいか。

 視線を持ち上げていけば、自然と咆哮の出処。顔面へと向かうのだが。

 

 あまりの醜悪さにヨシカゲの口元が歪んだ。

 

 男の顔があった。

 

 欲に喰われ、醜く太った男の顔。

 人の皮を被った豚。

 そう呼称するのが相応しい。

 

 つまるところ。

 

 これはやはり。

 

 

 「異形

 

 

 声は、ヨシカゲのものではない。

 振り返る。気づかなかった。AIも警告の一つすらしなかった。

 つまりそれの動作にも、音にも、温度にも、あまつさえ気配にすら気づけなかったということ。

 

 怖気が走った。ヨシカゲは目の前の存在に一瞬、恐怖していた。

 

 ――しかし、彼の思考を鈍らせたのは恐怖ではない。

 

 「あれは、俺の獲物だ」

 

 ノイズかかった声。

 けれど、それは男声であるのが分かった。

 そう、女にしては低すぎた。

 

 「つまり、俺の狩りだ」

 

 熱波に晒され蜃気楼揺れる中、白紙に滲む墨汁の一滴めいた影がヨシカゲの脇を通り抜ける。

 

 「手出しをするな」

 

 影はそのまま、ゆっくりと巨大な獣へと向かっていく。

 

 「御堂」

 

 声が出せなかった。制止の言葉も出なかった。

 ただその声色を、言葉を聞いて凍りついてしまった

 

 

 「――――ケンゴ、か?」

 

 

 友の名を呼ぶ彼。立ち竦む彼。目を見開く彼。

 

 

 その目の前で。

 

  

 狩りはまた幕を上げる。

 

 

 

 

 ++++

 

 

 

 

 時は遡る。


 丁度、爆炎でマフィア構成員達がこんがり焼き上がる頃。

 丁度、ヨシカゲが非常階段を駆け上がっている頃。

 

 そのビル直下に作られたシェルター。

 上部にあるビルと違って、内装が施されている。

 それは豪華絢爛というより悪趣味だった。

 全体的にけばけばしく、統一感の無いインテリアの数々。

 壁に飾ってあるのは一枚数千万の絵画ややけに独創的でどちらかというとグロテスクな剥製。

 その隣には大日本帝国より流れ出た掛け軸が飾ってある。


 その部屋の中心にあるソファに深々と身を沈める醜く小さな肉塊が一つ。

  

 禿げ上がった頭。醜く肥え太り首も何もかもが同じ太さになった短躯。

 その顔には揺れるビルへの恐怖からの怯えが見えた。

 

 「お、おい! 何やってる!! どうなってる!!」

 

 怯え混じりの怒号を上げ、状況を知ろうとする。

 

 「そ、それが建物内のネットワークが完全に乗っ取られておりまして!! 

 しかも今の爆発でほとんどが破壊されてしまい……」

 

 傍にいる黒服のボディガードの手元にあるタブレット型端末を肉塊に見えるように差し出す。

 監視カメラとドローンの映像が映っている筈の画面。

 しかし、今はノイズだけ。

 

 「ぐ、ぐうう……!! 役立たずめ……!!」

 

 怒り心頭といった様子でわなわなと握りこぶしを震わせ、ソファの上で地団駄を踏む――踏めていないが。


 「おい!! 傭兵!!」

 

 「はいはい、なんでございましょう」

 

 声に答えたのは優男。

 ブラックにストライプのダブルスーツ。ネクタイもきっちりと首元まで締めている様はビジネスマンの様。 

 黒髪はアシンメトリー。

 長い片側は目を隠し、先端は鼻の辺りまで届いている。

 

 「上に何がいるか貴様、知ってるだろう!! どうにかしてこい!!」

 

 「おっと、お見通しでしたか」

 

 意外そうな顔の男。

 見た目で人間を判断したら駄目だなー、と優男は素直に反省した。

 

 「いやあ、でもですね」

 

 ちょっと困った顔で男は言う。

 

 「僕の契約、数分前に切れちゃってるんですよね」


 証拠と言わんばかりに、禿頭の男の眼前でホロが表示される。


 「傭兵契約……更新されます?」

 

 [ YES / NO ]が優男の言葉を受けて、期限切れの契約書に再表示。

 

 「延長及び残業上乗せで、報酬は……こんな感じでどうです?」

 

 全力でふっかける優男。

 相場を逸脱し、骨の髄までしゃぶりつくさんばかりの金額。

 ――しかし、正規価格だ。

 

 「な……!」

 

 驚愕――すぐに立ち直る。

 立ち直ったかと思えば優男に向けられる銃口が幾つか。

 正確には五丁分。禿頭の男、そのボディガード分だ。

 

 「これで契約更新はどうだ?」

 

 嫌らしい笑みで禿頭の男は提案する。

 

 「おっと……どうしましょう」

 

 困り顔のままで思案するような仕草をする。この状況、困りようが無いだろうに。

 

 「僕個人としては契約更新もやぶさかでないんですが……」

 

 「残念」ジャスチャーで大きく、全身で感情を表現する。

 

 「そうもいかないのが、僕の立場でして」

 

 「じゃあ、死んでくれ」

 

 銃声が響いた。

 硝煙が空気清浄機に直ぐ様吸い込まれていく。

 だから、残るのは標的だったものと床を汚す血液だけ。

 

 「誠に遺憾ですが」

 

 優男は言葉を続けている。

 再度銃声が上がり、銃口は発射の振動で微かに振れる。

 

 「少し、いいえ」

 

 銃声が止んだ。銃弾は残っている。詰まジャムったのではない。

 相手が居なくなった。

 それだけのこと。

 

 「遅い。致命的ですよ」

 

 鈍い音がした。

 同時にきっかり四つ、金属音が鳴った。

 鉄臭さが、むわりと室内を満たす。

 

 「――残業は嫌なんですよ」

 

 優男は困った様相を崩さず。

 

 「そろそろ、家に帰りたい」

 

 禿頭の男に、

  

 「自分のベッドで寝たいんですよ」 

 

 そう言った。

 

 「こ、こいつ……!!」

 

 禿頭の肉団子は引鉄トリガーに指を――掛ける前に拳銃ハンドガンが弾けた。

 絶叫。

 あまりの痛みに目を剥き、声の限り叫ぶ。

 

 「まあ、契約はこれでお仕舞いです」

 

 苦痛に藻掻く禿頭の男へ歩み寄っていく。

 

 「試すように言われたものが丁度使えそうで僕は嬉しいです」

 

 到達。スーツの懐に片手を入れ、

 

 「うん、仕事が捗るというのは良いことだし。貴方なら後腐れもない。良心も傷まない……多分」

 

 取り出した白色の無針注射器ハイジェッターを肉に埋もれた首筋に優しく振り下ろした。

 

 「今日はいい夢が見れるといいですけど……」

 

 押し込むスイッチオン

 

 「な、な、な、な、何をおおおおおおoooooooooooooooo000000001111000000110000010101010101010110」

 

 禿頭の男が大きく見開いて白目を剥く。体が大きく震えだす。口から泡を吹く。

 


 ――発狂/変化――

 

 

 禿頭の男が尋常じゃないサイズに肥大化する。まるでヘリウムガスを注入された風船のように、人の形が崩れていく。


 「…………まさかの成功……これは帰れませんねえ……」

 

 ゲンナリと男が見上げた。

 

 臨界を超えて、爆発するが如く膨れ上がった質量が天井を、壁を突き破って溢れ出た。

 

 

 

 

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