第7話 サマー・カム・サドンリィ 2




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 この人工島メガフロートの話をしよう。

 

 名は《エンパイア》。

 帝国の名を冠する世界最大にして最新のメガフロートだ。

 

 それを造り上げたのが多国籍企業郡。

 国家という枠組みが大国及び諸国にしか機能せず、国という概念が死につつある昨今に現れた新たな共同体。

 始まりは世界有数の大企業同士の合併。

 その波は大きく波響し、世界を巻き込む津波となった。

 散らばっていた企業。

 それらを人種、文化、宗教、意思。

 何一つとして介せずただ巨大な資本の元に纏め上げていく。

 

 結果、現代社会における歴史的な人災へと成り上がった。

 

 既存概念は半場瓦解。

 世界の殆どが企業群に呑まれ、残った国家の中枢には企業が以前よりも更に食い込み、強い利権を手にした

 

 その後、世界各地に多国籍企業郡による大プロジェクトが実地された。

 国という枠組みが機能していた頃にあった障害は既に、障害になりえない。

 障害になろうとすれば容易く押し潰された・・・・・・

 ある種の独裁。けれど、多くの人々にとってそれは幸福であったが為に逆らうことはなかった。

 

 そうして、その一つがこの太平洋沖に建設された超大型人工島メガフロート・《エンパイア》。

 

 この人工島メガフロート他のプロジェクトと同じように・・・・・・・・・・・・・・資本がものを言う。

 

 資本。それは金銭だけを差すのではない。

 

 存在理由。存在証明。そして、存在価値。

 

 自らを以て、この世界に価値を齎すことが今、世界基準グローバルカルチャーとなりつつある。

 だから、誰もが必至だ。

 

 誰も彼もがそれに付き纏われる。

 決して、怠ったとしても罰せられるわけではない。


 ただ。


 怠りは、自分の首を絞める。

 

 後ろめたさは心を締め付け、いずれ、心を伝って縊り殺しにくる。

 

 気づけば足元が覚束ず、そのまま落ちていく。

 

 だから、誰も彼もが止まれない。

 道を誤ることを許されない。

  

 そんな世界だから証明方法は多岐に渡った。

  

 頭脳労働が殆どを占めた。

 なにせ、単純作業は既にAIやロボットの手に渡っている。

 だから、誰も彼もが知能を高めることに躍起になっている。

 

 しかし、それだけがこの人工島メガフロートの全てではない。

 

 

 ―― 一つ、傭兵という職種がある。

 

 

 金銭を引き換えにあらゆる戦場に赴くもののことを差す言葉だ。

 この島にも、ある種――そう、それこそ特殊な求人として一般的に存在する。

 

 肉体労働。

 

 人が人の手によって奪われた労働は、人が人を殺す為に用いられるようになった。

 奇しくも、それは古代より続き、途絶えることのない人の業はこの時代でも消えていなかった。

 

 

 

 

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 御堂ヨシカゲは傭兵ニンジャである。

 簡易的インスタント限定的アルバイター傭兵ニンジャである。

 

 

 ――当たり前だが傭兵=ニンジャの呼称を使うのは大日本帝国系列企業群文化クールジャパンカルチャーくらいだ。

 ――つまり、一般的ではない。 

 

  

 疾走する。

 連なり、乱立する建造物を足場にし、境目を飛び越える。

 

 人型がその脚を以てこの街を自由に駆けるのにパルクールその技能は必須と言えた。

 なにせ、積み重なるように建造が進むメガフロートだ。

 下に上に横に。

 重力やバランスetcを計算に入れた上での出鱈目な建築は、歩くしか無い者達・・・・・・・・に苦行を強いる設計へと成り果てていた。

 しかし、ある意味、此処はそういうことを生業にする者達にとっては聖地メッカと言えた――。

 

 閑話休題それはともかく

 

 ヨシカゲのソレは常人にとって風が吹き抜けたようにしか感じれないだろう。

 その躰に文字通りに刻み込まれた技工と最先端ハイテクは彼を常人には不可能な領域に押し上げているのだ。

 

 『――変形ヘンギョウ

 

 起句コードを以て、風が、疾風へと昇華する。

 

 ヨシカゲの手の中にある竹刀袋が解け、空を一瞬舞ったかと思えば彼の躰に溶けていく。

 そして生まれた姿は、白貌。

 駆ける姿は正しく白き疾風。

 

 ヨシカゲが身に纏っているのはまるで忍者装束の様だった。

 白色のボディスーツ、その各所には白銀のプロテクター。

 顔面にはフルフェイスヘルメットめいた仮面。

 白のスモーククリアでカラーリングされたフェイスの奥に光るホワイトライトのカメラアイは実際一つに見えるが蟷螂が如く複眼になっており、昼夜問わない広い視界をもつ。

 そして背負うのはその竹刀袋に格納されていた一刀。

 一振りの大太刀。これもやはり白染め。

  

 その名は。

 

 多国籍企業郡大日本帝国企業〈富士山〉治安維持連隊十番〈蟷螂〉が殲滅隠密機装が一鎧。

 強化外骨格エクソスケルトン・〈蟷螂=白金号カマキリ=シロガネゴウ〉。


 治安維持連隊に配備され、治安維持連隊十番蟷螂隊仕様に変更された量産強化外骨格である。

 計画立案から制作。素材以外が全て多国籍企業郡が一角、大日本帝国企業富士山によって行われた傑作量産機だ。

 

 これを纏ったヨシカゲのミッションエリアへの到着時間は、通常手段と比べて大幅に短縮されていた。

 

 始まりと同じ。音もなく着地。

 

 着地したのは目標地点。そこには廃棄建造物がいくつか。整備漏れというよりも意図的に破棄された区域だ。

 そこの一つ。一二階建てのビル、その裏側。彼以外の人気はない。

 生体組込式端末バイオデッキが事前に受信していた全体図を彼の網膜に投影。

 普段ならばここから相手の場所やら何やらまで指示ガイドしてくれるのだが、事前説明の通り。それはない。

 むしろネットワークからこれだけの情報を拾ってこれただけかなり良いほうだろう。

 

 『セキュリティは?』

 

 声に出さず。生体組込式端末バイオデッキに検索命令を走らせる。

 反応は早い。流石、現行最新モデル――の型落ちの型落ち。型落ちというと締まらないが相当レベルの演算能力はある。

 1秒と待たず彼に結果が、生体組込式端末バイオデッキ、そのAIから反映される。

  

 『監視カメラ及び付随した小型タレットが各所。連携した室内用武装ドローンが巡回、連携している警備機械マシンが数台。

 無線ネットワークの探査により発見したのはこちらが全てです』

 

 『設備は良くても管理者の頭はスポンジが詰まっているな』

 

 『深部へのクラックを仕掛けますか? 

 メリット:精細な情報。

 リスク :相手側のセキュリティ度合いよればこちらの存在が丸裸ブレイク、蜂の巣です。

 現状は比較的低レベルのセキュリティが推測されます

 纒めますと――クラック推奨』

 

 『騒がしくするだけでいい』

 

 『了解――開始スタート

 

 返答を受ける――いや、受ける以前にヨシカゲの足は地を蹴っている

 彼の強化外骨格に飛行機能はないし、反重力も搭載されていない。

 つまり、彼には走るしかできない。

 

 だが、彼は壁を疾走ることができる。

 

 警告音アラート警告音アラート警告音アラート

 

 蜂の巣をつついたように騒ぎ始めたビル内部。

 それを足蹴にして・・・・・、彼は疾走を続ける。

 彼が目指すのは本丸だ。まず頭を取ってから、躰を壊すつもりらしい。

 

 ちなみに、この壁走り。

 強化外骨格エクソスケルトン《蟷螂》シリーズの大本である《機蟲シリーズ》の基本機能だ。

 傑作量産機故に、かなりポピュラー。

 参考にした機体も多い。

 

 ――つまりだ。

 

 相手がビル壁面に細工をしている可能性は十分にある。

 

 判断は一瞬だった。

 

 ヨシカゲの足が壁から離れ、勢いよく強化硝子を蹴り砕くと同時。

 

 壁面に視界が焼け付かんばかりの電光が走った。

 

 ギリギリだった。

 警告の一つもなく、壁面に触れていた生物は皆が皆、黒く焦げた。人も例外ではない。

 侵入者迎撃用のトラップの一種だ。基本的にドローンなどを焼き切るためだが、人にも使える。

 

 飛び込んだ先。

 ヨシカゲの視線は硝子を打ち破る音に反応した銃口を捉えていた。

 全て、人。

 つまり、マフィアの構成員。

 つまり、殲滅対象である。

 

 互いに反応は早かった。

 

 ただのマフィア構成員ではあるけれども、恐らく生体組込式端末バイオデッキは組み込んでいるはずだ。

 それが安価であろうが粗悪品であろうが、幾つかのルーチンを脳に焼き付けてインストールしているのは間違いない。

 

 だからこそ、即座に銃口を向け、迷いなく撃てる。

 

 ――だがそれがどうした。

 

 量産機であろうがなんであろうが。

 

 生身の人間ナチュラル強化外骨格エクソスケルトンの敵ではない。

 

 そもそもの話。最初の反応からして勝敗は決していた。

 螺旋を刻む弾丸は、ヨシカゲが着地していた場所に突き刺さるだけで終わる。

 引鉄に触れていた指ごと単機関銃マシンピストル拳銃ハンドガンが撫で斬られ、コンクリ打ちっぱなしの床に転がった。

 ヨシカゲに最も近い位置、約一メートルほどの距離に居た男二人から新たに鮮血が迸った。

 銃を無力化し、脇をすり抜けると共に首を斬り裂いたのだ。

 

 ――残四。

 

 侵入の際に確認している人数。

 合わせて六人。

 

 どうやらここは溜まり場、休憩室に該当する場所だったようだ。

 打ちっぱなしのコンクリ床に散らばった食べ物の残骸。蹴っ飛ばされたであろう椅子とひっくり返った机。

 何より、巻煙草の吸い殻と合成麻薬ドラッグの残骸がそれを如実に示していた。


 まあヨシカゲにとってはどうでもいいことだ。

 

 取り囲むようにして銃口を向けていた残り四人へと急接近。

 銃口も、どうにか彼を追いかける。

 

 しかし、追いつくことはない。

 

 ヨシカゲが対面右側に居た男へと強烈な肘付きエルボー

 男の体内より内臓が圧に耐えられずに弾ける音。開いた大口から血反吐と泡を飛ばす男はくの字で吹っ飛んだ。

 彼の目論見通り、そのまま少し離れた男に激突する。

 あまりの勢いに受け止められず、巻き込まれた男ごと二人は壁に染みを作って動かなくなった。

 

 見届けなどしない。既に残り二人の処理に彼は刃を振るっている。

 左側。高速の抜刀が瞬時に男一人の首を斬り裂く――と空いた左の裏拳スナップ

 首から上、頭部をまるでピンボールのように弾いて、向こう側、最後の一人に叩きつけた。

 

 当たり前だが面食らう。

 身長がほぼ同じだった男の顔面に斬首された首が飛んでくる。

 思わず回避。無様で反射的な行動。

 

 ――代償は斬首。ものの一瞬であった。

 

 踵を返し、ヨシカゲは先程吹き飛ばした男の元に向かう。

 目的は、下敷きになった男だ。

 呻き声を上げて、動けない男を強化外骨格によりサポートされる腕力で引き摺り出す。

 吹き飛ばした方もまだ僅かに動いていたのに途中で気づき、彼は脊椎を踏み砕いた。

 一瞬で動かなくなる。

 

 「や、やめてくれ……」

 

 恐怖。苦痛。怯え。

 強化外骨格の脅威に晒された人間に現れる一通りの感情が男の顔面を埋め尽くしていた。

 

 だが、ヨシカゲにとって考慮する事象ではない。

 

 男を床に落とし脚で押さえつけてから、後首にあるコネクタへ手をやる。

 金属カバーを指先でなぞり、カバーを弾きのけると中にある外部接続用コネクタへそのまま指を押し付けた

 直後、男の体が大きく跳ねた。火事場の馬鹿力めいたそれを押さえつける手に力が篭もる。

 

 「い、やめeeテテテテテテtttttttttっっっっっっっっっっっっkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkkk」

 

 白目を剥く。口から言葉にならない音と唾液を垂れ流す。四肢はじたばたとも浴びてるように震えた。

 ヨシカゲ――いや彼の生体組込式端末バイオデッキに住まうAIが男の生体組込式端末バイオデッキをハックしているのだ。

 防壁アイスを無残に溶かし砕き、その防壁奥に住まう男の生体組込式端末バイオデッキ管理統括AIを犯し取り込む。

 更には男自体の精神を抉り、貪り、蹂躙した。

 結果、脳の中身、一体化・・・した生体組込式端末バイオデッキを蹂躙された男は再起不能となった。

 

 『データを展開。詳細マップです、ユーザー』

 

 転がっていた拳銃ハンドガンでデータを抜き終わった男に銃弾を叩き込みながら、閲覧。

 使い終わったそれを放り捨てると共に、置き土産・・・・を投げ捨てて彼はフロアを後にする。

 

 目指すは、当初の通り上。

 

 エレベーターフロアを抜け――到着したエレベーターから構成員達が流れ出す。

 戦闘音を聞きつけてきたようだ。ヨシカゲの姿を視認したかしていないかのレベルで銃口が火を吹く。

 

 しかし、ヨシカゲの姿は既に無く。

 

 残されていたのは空を舞う四つの円月輪チャクラム

 前衛に突き刺さり――炸裂。胸部や頭部の欠けた死骸が幾つか出来上がる。

 どうやら只の投擲武器ではなかったようだ。

 怒号が上がり、無残な内面を曝け出す前衛を足蹴にして残りの構成員達がフロアに雪崩れ込む。

 

 ――その刹那、爆炎がフロア一面を駆け抜けた。

 

 

 

 

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