第6話 サマー・カム・サドンリィ 1

 

 

 

 

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 その日は、特別日差しが強かった。

 

 このメガフロート《エンパイア》には気候を制御する機能が備わっている。

 ついていなければこの赤道にほど近く、太平洋のど真ん中にあるこの島は、年中常夏に包まれることになるだろう。

 

 いや、それも悪くない。リゾートとして展開するなら間違っていない。

 

 ある列島国――いや、隠す意味もないのだが、大日本帝国・・・・・に本社をおく企業郡が実装したいと提案した。

 大日本帝国。東アジア、いや世界でも列強の一つ。

 

 通称、熱と鋼の国スチーム&スチール

 

 最新の国ハイテックワールドを目指す米国や中国とはある種、対極に位置する国。

 英国と並ぶ旧世界ローテックランドの一角。


 彼らが欲しがるのには勿論、訳がある。

 

 それこそ数十年前の話。

 まだ帝国主義ではなく、民主主義がその国を満たしていた頃。

 

 ある日突然、大噴火が起こった。

 

 怒り狂ったのは、その国の象徴である富士山。

 強烈な炸裂は国中に降り注ぎ、ほぼ際限なく熱をばら撒いた。

 こうして、日本という国は炎と蒸気の国に成り果てた。

 あらゆる混乱がかの国に満ち、気づけば帝国主義が台頭。

 隣国に頭を悩ませていた米国に背を押された結果、大日本帝国の復活だった。

 

 そんなかの国が復興から幾年か経ち、経済や政治がようやく軌道に乗った頃。

 かつての威光を目指す大日本帝国の目の上のたんこぶとなっていたものがあった。

 

 国中で常に吹き上がる蒸気と熱だ。

 

 復興最中、復興後も国を動かしてきたのはそれであるのは間違いない。

 が、常に満ちているせいもあって、ヒートアイランドが国土全体に広がってしまっていた。


 その結果、社会問題化。

 解決こそが国家の急務となった。

 

 気候制御が完璧に行えるようになれば改善する――のは当たり前の話。

 国の回転を、行政や経済の速度を落としたくないが故に望んだ。

 

 技術の革新は、金になる。そして、争いの火種にもなる。

 多国籍企業郡によって構成されたこのメガフロートならば問題も回避できる。

 そう判断したからこそ、共同で行うことを帝国は提案した。

 

 ――技術共有。

 

 これを前提付け、完全な気候制御の完成へと各国は足並みを揃えた。

 というのが、このメガフロート建設当時、大凡二十年ほど前のこと。

 

 そんな陰謀と欲望が渦巻く中で完成した技術でありながら、この灼熱がコンクリートを焼いている理由とはいかなるものだろうか。


 簡単な話。

 今日は大規模メンテナンスらしい。

 

 お陰様でこのメガフロートは建設当時ぶりの猛暑日だ。

 大体の企業や学校はこれもあって軒並み休暇や休校状態。

 少し早い夏休みサマーバケーション

 

 ――――彼もそうだった。

 

 場所はコンビニ。早くから自動化オートメーションが進んだ此処には既に店員の姿はない。

 あるのは商品陳列棚と冷凍食品やドリンク用の冷蔵庫や冷凍庫。支払いも自動決済オートが前提だからレジスペースはない。

 この猛暑。普段の快適な気候に慣れ親しんだ住人達の姿はコンビニに来るのすら面倒になったのか人影はない。

 そんなコンビニのイートインコーナーに件の彼の姿はあった。

 

 グレーのパーカー、下には白のシャツ。黒の七分丈を履いてツンと天を突くような黒髪に眼鏡の彼。

 手元にはハーゲンダッツのストロベリーと今どき珍しい漫画雑誌。

 

 冷やしすぎて簡易スプーンが通らないのか蓋を開けてハーゲンダッツは脇に放置されていた。手はテーブルに広げられた雑誌を捲っている。

 

 「素振りもできないとは困ったもんだ」

 

 雑誌を捲り、嘆息を吐いた。傍に立てかけてあるのは白い竹刀袋。外に出た理由はそれのようだ。

 だが、様子を見るに思い通りには行かなかったようだ。

 

 最初、学校のスペースを使おうと思い立ち行ってみれば、メンテナンス。校内に入れても、運動スペースには入れず。

 別の運動可能な場所を探して炎天下散策してみたが、皆考えることは同じか。

 またメンテナンス。ようやく空いている場所を見つけたと思えば、ごった返しで個人用どころか共同スペースも定員オーバー。

 行き場を無くして、今に至るというわけだ。

 

 「ま、適当な公園でいいか」

 

 ようやくスプーンの通るようになったアイスを掬った彼はそう決めたらしい。

 決めたらそこからは早かった。スプーンがハイペースにアイスを口に運ぶ。あっという間にカップの底をスプーンが突いた。

 

 「夏はやっぱりアイスだな、うん」

 

 満足気に呟いて、近くのダストボックスに読み終わった漫画雑誌とカップをまとめて突っ込んだ。

 竹刀袋を手に颯爽と自動ドアを出る。

 重なり合う建造物の隙間より文字通り刺し込む輝きは肌を焼いて、当てられた風が彼の肌を熱く撫でた。

 

 「これが本当の夏……強烈な……」

 

 何度目の呟きか。あまりの暑さにそれしか出てこなかった。

 立ち竦む彼の横、駐車場に赤い大型機動二輪エンジンバイクが轟音と共に急停止した。

 

 「……うわ、御堂ヨシカゲ」

 

 露骨に嫌な声と嫌な顔をしたのはバイクの運転手、カレン=T=オールドリッチだ。


 「人の顔見てそれは失礼だ。オールドリッチさん」

 

 「キモいからしょうがないだろー」

 

 ついてないやとぼやいて、メットの脇をノック。瞬時に格納された後、軽く髪を直しながらカレンはヨシカゲの脇を通って、コンビニへ。

 

 「オールドリッチさん」

 

 通り過ぎていく彼女を呼ぶ。無視。けれど、ヨシカゲは言葉を続けた。

 

 「ケンゴはどうしている?」

 

 「……五月蝿い」

 

 ピタリと止まって振り返る。ふわりと金髪が揺れた先にあった瞳は険があって、親の仇を睨むが如く鋭い。

 黄金の瞳がヨシカゲを貫く。流石の彼も言葉に詰まった。

 しかし、そこで引かないのが御堂ヨシカゲが御堂ヨシカゲたる所以。

 だから、御堂ヨシカゲという名をカレン=T=オールドリッチの記憶に刻めた。

 

 「何度も言ってるだろうが。僕がお前に答えることはないよ」

 

 「それでも俺は知りたい」

 

 ヨシカゲは笑って。

 

 「アイツは俺の友達だから」

 

 「虫酸が走る」

 

 瞳の圧力が増した。

 

 「ほんとキモイは、アンタ」

 

 吐き捨てて踵を返す彼女に、ケンゴは溜息を吐いて仕方ないと呟いた。

 

 「教えてくれたらアイツの性癖を教えよう」

 

 「何が望み?」

 

 どうだ?と続ける間もなく、カレンが詰め寄ってきた。流石のヨシカゲも反応の速さに苦笑い。

 

 「さっきから言ってるだろ? アイツは元気か、それだけでいい」

 

 「……分かってることを何度も聞くなっつーの」

 

 今度はカレンが大きく溜息をした。

 

 「仕方ないか」

 

 彼女が空中で人指を一回回すと3Dホログラムが投影された。

 どうやら指輪に投影機能があるらしい。現れたのは件のケンゴの姿。どうやら寝ているところを3D化……いや寝返りを打ってる辺り動画だろうか。

 

 「はい、これでいいだろ」

 

 言葉と共にホログラムが掻き消える。

 

 「早く教えて。ていうか暑いし。中入るぞ」

 

 返事など聞いていないとばかり――いや実際聞いていない。彼女はさっさと言葉の通り、自動ドアをさっさと抜けていく。

 肩を竦めて、ヨシカゲは後を追う。

 入ってみれば既にイートインコーナーでアイスバーを齧る彼女の姿。

 冷房とアイスの冷たさで若干険が取れているものの未だ鋭い瞳は不機嫌にヨシカゲを睨んでいた。

 

 「教える前にもう一つ訊いていいか?」

 

 「……なに」

 

 「さっきのって動画か?」

 

 「何言ってんだよ」

 

 虫けらを見る瞳とはこういうのだろう。流石のヨシカゲもそんな風に本気で思っている人間に睨まれるのは初めてだった。

 

 「リアルタイム以外ありえないだろ」

 

 「あ、うん。そう……」

 

 監視が基本だというクラスメイトの論理感に戦慄を覚えずに居られないヨシカゲであった。

 

 「教えたでしょ。ほら、早く。ボク、ダーリンにお使いも頼まれてるんだ」

 

 ハリーハリーとカレンは急かす。これ以上引き止めたら殺されかねないと生命の危機を感じつつヨシカゲは伝えることにした。

 

 「胸が大きいほうがいいらしいぞ」

 

 沈黙後、ジト目で。

 

 「ほんとか?」

 

 「ああ、勿論だ。御堂ヨシカゲは嘘を吐かない」

 

 胡乱げなカレンにヨシカゲは真面目な顔で頷いてみせる。

 

 「ふうん……そっか」

 

 彼女はアイスバーを咥え込むと、おもむろに両手を胸にやった。

 小さくはない。平均で見れば大きい方、だと彼女は自負している。まだ、足りないのだろうかと唸った。

 

 「良質なタンパク質と大豆食品。その辺りが有効だ。運動で言えば腕立て伏せなど。このメガフロートなら良いサプリメントもあるはずだ。調べてみると良いぞ」

 

 眼鏡のブリッチをクイクイっと動かしながら真面目腐った顔で真剣にアドバイスするヨシカゲ。

 伊達に趣味の一つに筋トレを上げていない。

 

 「……そう。じゃ、もう話しかけるなよ」

 

 さっさと買い物を済ませ、カレンは唸る大型機動二輪エンジンバイクと共に去っていった。

 そっけない態度。瞳の圧力や溢れ出る殺意は最後まで変わらなかった。

 が、ヨシカゲには一つだけ嬉しい事があった。

 

 「……なんだ、わりと話聞いてくれるじゃないか」

 

 そう。最後の話は結構彼女に響いたらしい。

 ソイバーを数種類まとめて買っていった彼女の姿を思い返し、手にした成果に彼は小さく笑った。

 

 そんな時、彼は電子音を聞いた。

 

 出る時の決済音や持っている端末の通知音ではない。

 彼の脳に埋め込まれた生体組込式端末バイオデッキが鳴ったのだ。

 だから彼にしか聞こえていない。

 

 無言のまま立ち上がり、竹刀袋片手に彼はコンビニを去る。

 

 『認証、多国籍企業郡大日本帝国企業〈富士山〉治安維持連隊十番〈蟷螂〉所属非正規隊員 御堂ヨシカゲ』

 

 灼熱が照らす歩道を行きながら、人気のないそこで彼は通信を脳内で取る。

 

 『こんにちわ、ユーザー。緊急依頼エマージェンシーです』

 

 女性の声。

 しかし、これは合成音声だ。AIによってサンプルされ作られた現実には存在しない機械音声が彼のバイトメニューミッションを伝える。

 

 『今回のミッションは、名称通り緊急性を要するものとなっております。

  注意事項としては、

  非常に危険です。基本的に生存からの帰還の保証できません。

  一部例外を除き、死体は回収いたしません。

  緊急故、普段の支援バックアップを受けることは叶いません。


  以上が注意事項。メリットを提示いたします。


緊急依頼エマージェンシーミッションのコンプリート報酬は通常の倍額以上となっております。

場合によれば、依頼者より他報酬を受け取ることも可能です』

 『続いて、ミッション内容を提示します。

  討伐ミッションです。

  対象は違法武装集団チャイナマフィア

          メガフロート内へ無断侵入、島外の銃器の密輸入、密輸出。

  罪状は多岐に及ぶ為、警告の段階を超過。

  討伐指令が発生。

  方法はユーザーに委任。殲滅が優先事項。

  以上』

 

 『質問クエッション。周囲への被害は?』

 

 『答えアンサー。問いません。しかし、できる限り抑えてくださいとオーナーより頂いてます』

 

 『了解K。受理する』

 

 『意思確認完了。では、』

 

 視界に周辺一帯のマップが浮かぶ。現在地と彼に与えられたミッション、その対象位置ターゲットが表示される。

 繁華街。その奥にある開発区域、一角にある廃棄建造物。

 

 『ユーザー。幸運を』

  

 直後、音もなく彼の姿が路上から消えた。

 

 

 

 

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