第4話 ビースト・ハント 1
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指を千切る。舌が舐り取られる。耳が吸い取られる。目が抉り取られる。足が引き千切られる。手が齧り取られる。
まるで振り切ったコーラの口を開けるが如く、血飛沫が吹き出す。
同時に日常では聞くことのない狂った嬌声が部屋を満たした。性と痛みと狂気の入り混じった本能の発露。
混じり合いながら、互いに繰り返す。いくら欠損しようが性の営みだけは絶えない。
どちらかが力尽きても暫く続け、完全に枯れ果てれば空いた者同士でまぐりあう。
狂気の坩堝。
かつて塩に還った街。
神ですら憂いたそれ。
その縮図。
どこかのホテル、スウィートルームだった。
こういった行為を複数人で行うことを想定した上で作られた部屋。
防音はしっかりと整っている。
空調は、思考を鈍らせるためか初夏に移行する外気よりも高めに設定されていた。
その隅で凍えたように震えているのは、くすんだ赤髪の男。
自信と傲慢が満ちていたであろう美形も既に崩れ落ちていた。。
男の名は、池上浩二。
どちらかといえば、真面目な男ではなかった。
職業は居酒屋の副店長。
店は中層にかけて展開しているチェーン店でそこそこの売上。
将来の展望は暗くない。
年齢はそろそろ三十を目前。結婚願望が芽生え、焦りを覚えつつあった。
整ったルックスと付随したコミュニケーション能力。引く手は少なくない。
しかし、少し遊びが過ぎるせいで、中々相手が見つからないというのは身から出た錆だろう。
けれど、今夜。
彼は歩む道を決定的に間違えた。
ちょっとした誘惑。ある種のパーティ。良い薬や酒がある。レベルの高い女性とやれる。
酒の席。最近知り合った男からの誘い。
最初は訝しんだ。けれどこの男の紹介は基本的に間違いがなかった。
穴場の店、ちょっとした小遣い稼ぎ、非合法スレスレのグレーな店等など。
どれもこれも浩二の得にしかならなかった。
だから、彼は誘いに乗った。
地獄への片道切符とも知らずに。
何度目かの嘔吐。もう吐き出すものはない。
口や服、床に吐瀉物をぶち撒け、膝をついて床にへたり込んだ彼は酷く消耗した様子で荒く息を零す。
手足が震える。動悸が激しい。視界が溢れた涙でボヤける。
立ち上がれない。逃げれない。腰が抜けている。この異様な空間で彼は逃げれず藻掻くしかなかった。
まるで、手足をもがれた地虫のよう。
「やあやあ! 楽しんでるかぁ?!」
怪しげな紫めいた照明に照らされた影が差す。
浩二が顔を上げれば、彼をここに招き入れた男がニヤつきながら見下ろしていた。
怒りが鎌首をもたげる――が、それよりもここから逃げたいという逃避への渇望が勝った。
というよりも、激しい衝動に身を任せられるほど彼に体力は残っていなかった。
「だ、出してくれ!! 俺はもう帰りたい!!」
現界まで目を見開き、鼻水と涙でグシャグシャにした顔で男の足にしがみ付く。
「おいおい……」
男はやれやれといった風に右手の指先を額に当てて、
「結婚相手見つけるんだろぉ? ちゃんと混ざってこないと」
眉が困ったようにハの字になる。けれどカラーレンズの奥の瞳には喜悦が見え隠れする。
しかし、必死な浩二はそんな細かい表情には気づかない。
「も、もう良いんだ!! 俺の好みの女は居なかった!!」
「んー? 男は試さなかったのか?」
「お、俺にはそんな趣味はない!!」
目を剥いて浩二は反論。「そっかー……」と男は呟いた。
「でも、試してみないと分かんないぜ? 俺は少なくともそう思う」
しゃがみ込んだ男は、金髪のオールバックを撫で付けながら神妙な表情で言う。
「もう良いって言ってるだろお!! 早く俺をここから出してくれ!!」
疲労も何もかもを吹き飛ばすように浩二の中で怒りの嵐が吹き荒んだ。
勿論、彼の表情にも現れる。
「おいおいおいおい! そんなに怒るなよ」
からっと笑う男。
「まあ、でも。そっか。嫌ならしょうがねえよな」
「分かってくれたか……!! じゃあ……!!」
安堵の表情が浩二の顔に現れる。
(良かった…! 良かった…! ここから出れる……!!)
開放への兆し。彼の中に希望を芽生えさせるには十分だった。
「――じゃあ、」
「…………え?」
間抜け顔、気の抜けた声。現状を理解できない浩二。
男は浩二の方から他の、未だ嬌声と共に盛り合う男女の方に向いて、足にしがみついた浩二を引き摺りながらそちらに歩いていく。
「いや、何を……!!??」
手を離そうとする。
男の手が浩二の腕を掴んで離さない。
抵抗する。
掌が吸い付くように彼の腕から離れない。きつく浩二の腕を握り締めていた。
「ほらっ!」
じたばた藻掻く内に、浩二の体が空を舞った。
衝撃は直ぐに来た。けれど、痛みはない。
片腕で投げられたのだ。
浩二は遅れて、理解した。何があったのか。次にどこに落ちたのかを理解した。
反射的に呼吸が止まった。
見つめる瞳。数は十三。男が四、女が三。一人、女の目が欠けていた。
「お前を皆に味わってもらおうぜ?!」
場所は部屋の中央に据えられた巨大なフロアクッションの上。
元の色はもう見えず、潰れた屍肉とまだ温かな臓物や鮮血の生臭いクリームがデコレーションしている。
「ァ、ァぁぁ…………」
理解と同時に、浩二の顔が深い絶望に彩られた。
視界がぐるぐると回転し始める。息ができない。苦しい。恐怖が自然と彼の呼吸を絞っていた。
真っ赤に汚れた掌が伸びてくる。血腥い息、情事特有の精液と愛液の混じり合った青臭さが嗅覚を支配する。
浩二の精神は、それ以上の負荷に耐えられなかった。
ついに視界がぐるりと反転。彼は真っ暗闇へと真っ逆さまに堕ちていった。
ただ。
刹那。
両開き扉が吹き飛ぶのが視界に映った。
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