第2話 テイク・ダーリン・フォア・ライド 1
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強い風切り音。
真下から上がる聞き慣れた鋼の唸り声。
振動に揺れる体。
自然とケンゴは瞼を持ち上げ――視界に入った対向車線のヘッドライトに目を眩ませた。
思わず細まる目。
見慣れた真っ赤で派手なライダースジャケットの裾が視界の中、前髪と共に風に揺れた。
「グッモーニング! 眠り姫様!」
「……前から思ってたけどお前ってやっぱり正気じゃねえよ」
風切りに負けない軽薄な挨拶に、ケンゴは唖然と呟いた。
彼が居たのは、もう骨董品に近い
意識の無い人間を乗せる場所ではないし、乗せようと思う場所じゃあない。
「ええ? 誰にここまで運んでもらったと思ってるの?」
ヘルメット越しの横目で睨んでくる運転手。睨む瞳の奥には喜悦が見える。
何楽しんでんだこいつ……。
出力されかけた苦い言葉を舌先で転がす。
まあこれでもある種恩人なのだからという思いから口に出す事はなく、噛み砕かれた言葉は喉の奥へと消えていった。
「ああ、そりゃ、悪かったよ」
「よく言えました」
渋面で吐き捨てるケンゴに、運転手はヘルメットの奥でカラカラ笑う。
「それでなんで助けたんだよ」
「そんな分かりきったこと聞くなよ」
運転手は、口を笑みのままにして言葉を作った。
「面白そうだからに決まってんじゃん?」
溜息を零さずには居られなかった。分かっていたことだし、理解してもいた。予想通りとも言える。
けれど、体は反射的に感情を出力した。
「……毎度毎度、お前のスリルジャンキーっぷりには、呆れるを通り越して感心――おい、前!」
「っと!」
差し掛かった交差点。信号の色は赤。
直進。待機する自動車達の間をすり抜ける。
紙一重。ケンゴは、驚愕に引き攣る男性と目があった気がした。
通過する自動車の合間を綺麗に抜けて、激突をどうにか回避。
幾つかの急ブレーキの音。
激突音は聞こえなかった。
遙か後方に怒声を置き去りにしてから、ケンゴは安堵の息を吐いた。
「止まれよ」
ジト目と共に抗議を上げる。
「いいじゃん、当たらなかったんだからさ」
「俺を乗せてやるなってことだ。やるなら一人の時にやれよ」
「やだ」
「……二度とお前の後ろには乗らねえ」
軽口の応酬と共に流れ行く夜景に、ケンゴは目を向ける。
今や国と同じ、場合やものによればそれ以上の力を持つ多国籍企業郡と太平洋沿の大国及びその属国、諸国により作製された超大型メガフロート〈エンパイア〉。
世界最新鋭の技術によって組み上げられた超多重構造高層建造物の郡れ。
構造を例えるならそう、非常に無秩序なジェンガだ。
やりかけのジェンガに新たな積み木をいくつも横から入れてやったような塩梅。
だから、上を見上げれば建物が建物から生えていたり、建物そのものが天井のようになっていたりと遠近感やらが狂った様相を見せつけてくる。
二人が行く道すらもその建造物に織り込まれている。
時に建物の脇を抜け、時に中を通る。
一柱の塔の如く天を貫かんとする《エンパイア》そのものの周りを沿うように、縫うように造られていた。
人通りがもっとも多い大通りは中層から上層にかけて幾つか存在している。それはこんな道であったり、エレベーターやエスカレーター。それこそ隣接した建物を繋げて出来たものだったりと多岐に渡っている。
その中でもメインストリートと呼ばれるものは、市街の流通や交通を一手に担っているだけに管理が行き届いていた。
それこそ人の通りが少ないエリアと言えばほぼ迷路。
ARによる警告や物理的な閉鎖と大概対策されるか、既に存在しない――つまりは造り直されている。
しかし、忘れられたエリアや意図的にそう作られた道というのも存在しているのもまた、事実だった。
道としてこれらが機能しているのはひとえに自動運転に制御された文字通りの自動車や制御や案内AI達のお蔭だろう。
交通機能として信号機が未だ残されているのは、交通整備上、非常に機能的だったからだ。
二人を乗せた
直進の
向かう先は更に上。
多重構造建造物上層付近を行き交うハイウェイ。
それへと
どこまで行く気なんだ……? ケンゴは一般道の頭上を走るハイウェイへと続く坂を登りながら一抹の不安を覚えた。
このメガフロートの隅々までに物流を途絶えさせないように、上層部付近に張り巡らせられた
大まかに言えば、〈エンパイア〉そのものは大きな柱だ。
どこまでも、このメガフロートの隅々まで続く景色はここの住人や観光客、特に恋人達には人気のデートスポットとなっているらしい。
「どうしてこんなとこ走ってんだ」
ぼやき。そういえば、ビルの隙間から見える空はいつの間にか黒一色。
建物群は皆が皆明るくライトアップされている。
あれから何時間経っているんだろう。
「んなの決まってるでしょ」
首だけケンゴの方へと向けて、フルフェイスヘルメットのシールドの向こう側で
「デートだよ、デート。ダンデムデートしたいって前言ったろ?」
「……ああ、なるほど?」
いや、何故このタイミングで……? 疑問符塗れになるケンゴの脳内。
どうやらケンゴの反応が不満だったらしい。
「そこは全力で喜ぶとこだっつーの」
速度が上がった。うおっと思わず運転手の腰に腕を回した――更に速度が上がった気がする。
「おい、飛ばしすぎだ!!」
叫ぶ。また上がる。
行儀よく走っていた自動車達の隙間をわざわざすり抜け、かき乱す。
いくらハイウェイといえど限度はある――そもそも、これは限度で測れるものではないだろうが――限度を超えれば直ぐに多国籍企業郡直下の機動警邏が来る。
思えば直後。
後方から鳴り響く断続的な警告音と視界の端に映る青いランプの輝き。
機動警邏の装甲部隊だ。
このハイウェイに鋼の秩序を齎す、実働部隊が来る。
特徴的な駆動音が聞こえてくる。あれは死神の足音だ。追いつかれてはならない。
思えばものの一瞬で、焦燥感が彼の脳髄を焼いた。
「もういいからもっと加速しろ!!」
ケンゴは叫んでいた。回した腕にさらに力が籠もった。
すると更に加速した。制限速度をぶっちぎっていたのをさらにぶっちぎっていく。
異様な加速であった。
「なんだ!
「五月蝿えよ!! 一緒にすんな!!」
灼熱の赤。
鮮血の赤。
身に纏うライダースジャケットと同じ鮮やかな赤色の
「やっぱり楽しいな! ダーリン!」
ケンゴの方へ振り向き、フルフェイスヘルメットの丁度耳が当たる部分を彼女はノック。
すると折り畳まれるようにしてヘルメットがライダースジャケットの襟に格納された。
吹き荒ぶ風の中でも、ふわりと舞い上がる切り揃えられたショートボブ。
差し込んだヘッドライトを受けて金糸の如く煌めいた。
その中に収まる小さな顔。
カールした長いまつ毛、縁取られた猫科めいた瞳が楽しげに細まり、形の良い桜色の唇は笑顔を形どった。
「――ああ、そうだな!!」
自棄糞気味に叫んだ。
「だっろー!! やっと分かってきたか、ダーリン!!」
「もうそれはいいから前を見ろ!! カレン!!」
「ヒャッハー!!」
夜が更けていく。
鬼ごっこは終わらない。
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