第35話 世界を燃やす恋をしよう

「ひゃっはーーーー!」

「魔王狩りだーーーー!」


 虎さんと倉田さんが再度の戦闘に入って直ぐ、賞金稼ぎ達が勢いに任せて押しかけて来た。

 皆さん元気いっぱいテンションマックスで大盛り上がりの絶好調。壁の隅、火の傍に立っている私には目もくれず、狙いは魔王源三ただ一人と言った所だ。

 援軍は間に合わなかった。魔王は黒服の皆さんと言う防壁に守られながら、自ら銃を片手に応戦している。

 ここで、魔王が打ち取られたらどうなるか。試合終わればノーサイド、残ったものは敵味方なく健闘をたたえ合う。なんてことが行われるはずがない。私はついでの駄賃とばかりにヒャッハーさん達の好きにされる運命だろう。


 されるか!されてたまるか!乙女の純潔を弄ばれてたまるか!


 脅しの火で言う事を聞いてくれないなら、私にも考えはある。私の本気を見せてやる!


「あの小娘を止めろ!」


 気が付いたのはこの中では最も付き合いの長い虎さんだった。だが遅い。私は上着を脱ぎ捨て火にくべた後。こっそり借りてた拳銃で暴風シートをパンと一発。

 初めて撃った拳銃のあまりに軽い引き金の重さに驚きつつも、動かない的にほぼ密着した状態で撃つことはそれほど難しい事ではなかった。


 轟、と風雨が振り込んで、一瞬大きく揺らめいた炎は私の愛を受け取ってひと吹きひと吹き大きさを増してゆく。


「あはは、あははははは」


 パンパンと炎の向う側から銃弾が飛んでくるも、炎の揺らめきに見当はずれの咆哮に飛んでゆく。


 炎は燃える、ドンドン育つ。


「あはっ、けほっけほ」


 呼吸をする度に喉が焼かれる。苦しい苦しい心地よい。

 このステージに躍り込んだヒャッハーさん達に勝るテンションマックス気分上々で、私は火の中舞い踊る。


「クソガキがッ!!」


 虎さんの声が向こうで聞こえる。だけど遠い、もう遅い。このは既に私を巣立つ。

 建築途中の高層ビルをキャンプファイアに燃え尽きる。

 世界丸ごと燃やして見たかったが、この町で一番高い建物をろうそく代わりの最後とするならそれもまたよいだろう。

 燃えろ、燃えろ、ドンドン燃えろ。

 馬鹿と煙は何とやら、私は最後の最後まで燃えるのを見るために、足場を使ってビルの屋上へ。


「うわっぷ!」


 そこは暴風と暴雨が降りしきるラストステージ、人知の及ばぬ台風強敵の支配する領域。だが、私の情熱はそんなものに負けてやらない。

 下界のドンパチなんか小さなもの、これは私と世界との戦いだ。


「燃えろ!燃えろ!燃え尽きろーーーー!!」


 私の叫びと共に、轟と、窓と言う窓から炎が噴き出す。


「あはっ、あはははははは!!」


 全部全部燃えてしまえ。停電して真っ暗闇の世界の中に、ぽつんと一つ灯る火一つ。

 綺麗だ、とても綺麗だ。美麗字句な上辺だけの飾りなんてこの光景の前では無意味な物。只々純粋ながそこに在った。


「あははは、けほっけほっ!」


 ここには私以外誰もいない。私と火だけの世界。そう、世界の全てはここにある。世界の全てはここで燃える。

 炎の世界に包まれて、私は静かに……。


「火遊びしたいときは俺に言えって言っただろ」


 そんな声が聞こえた。


「うそ!おっちゃん!」


 私ははっと目を開ける。そこには袖なしの作業服と言うアバンギャルドなファッションをして、困ったような笑みを浮かべる何時ものおっちゃんがいた。


「どうやってここまで」


 助けに来たには早すぎる。それにビルの中は火の海の筈。とても人間に突破できる場所でな無いはず。それにそこを何とか潜ってきたにしてはおっちゃんの服に焦げ跡一つないのは不自然を通り越した何かだ。


「以前嬢ちゃんは俺の事を風って言ったろ?だから風に乗ってビルの側面を走って来た」

「はあ!?」


 何を言っているのか分からない。そんなもの人間業じゃない。幾らおっちゃんが桁外れの身体能力を持っていたとしても、幾ら奇跡があったとしても命の数が足りなさすぎる。


「しかしまぁ、よくもここまで燃えるもんだ」

「そりゃまぁ私だからね、当然だよ」


 私はえへんと胸を張る。そこで気づいた私の上半身はブラジャー一枚だ。


「あわわ、こっこれは」


 私が慌ててそれを隠すと。おっちゃんは着ていた作業着を私に掛けてくれた。これで巻かれた袖と合わせて、作業着全てを貰った事になる。





「さて、どうするか」


 おっちゃんは私の隣に座り込み、そう呟きをあげた。

 神のミラクル大発動で何とかここまでこれたものの。おっちゃんの体力はそこで打ち止めだったようだ、消耗しきったその体は全身が細かく痙攣していた。


「来てくれなくて良かったのに」

「約束したろ。火遊びする俺を呼べってな」


 おっちゃんはそう言ってくしゃくしゃと私の頭をなでた。

 世界燃える特等席に私とおっちゃんただ2人。こんな場所に付き合わせてとても申し訳ないが、おっちゃんは死力を尽くしてたどり着いてくれた。ならばその意思を尊重しよう。風は自由に気の向くままにしか吹かないんだから。


 轟々、轟々と愛しの我が子は雨にも負けず、風にも負けずすくすくと育っていく。私は感慨深くそれを眺める。世界が燃える、世界が終わる。独りぼっちで燃える終わるつもりだったけど、この火の前では一人も二人も誤差みたいなもの。ならば仲良く、2人仲良く炎の中に消えてゆこう。

 おっちゃんとの最初の出会いは火の前だった、本当の出会いも火の中だった。ならば最後の時間も火の中と言うのも運命だろう。

 おっちゃんとの日々が走馬灯のように流れる、ボヤを起こして怒られた日、河川敷の下らなくも大切な日々。キャンプファイアの思いで……。


「ねぇおっちゃん、キスしようか」

「はっ、嬢ちゃんみたいな小娘に――」


 私は有無を言わさずおっちゃんの口をふさぐ。初めてのキスは火の味がした――。









「比良坂の補充は順調に進んでいます」


 違法薬物と人体改造で作られた超人兵による比良坂部隊。その大半が先日の戦いで失われた。他にも失ったものは大きいが、命あっての物種だ。

 魔王と倉田は火が回った直後にたどり着いた比良坂の救援部隊と合流でき、賞金稼ぎ共を蹴散らして、何とか無事に生還することが出来た。


「……奴は」


 ギロリと魔王が倉田を睨む。


「はっ、小泉達也の行方については調査が難航しています。それと、奴の事務所を調べたところ、我が組はおろか、ウチの親組織の裏帳簿の写しまで出てきまして……」

「はっ、脅しのつもりか。タレこみすればいつでもサツにばらすぞと」

「おそらくは、その意図かと」


 とは言うものの、最初からこんな事を警察にばらす訳には行けなかった。自分たちの組織に、あんなにも大規模なテロを起こした人間が所属していたと言う事が明るみに出れば、破防法の適用例になってもおかしくはない。


「はっ、タレこみなんかするわけはねぇだろ。奴の首は俺が取る」


 源三は獰猛な笑みを浮かべ、タバコを口にした。

 倉田は、それを予知していたかのように、スムーズに火をつけこういった。


「あと、あのビルの跡地から少女の遺体は見つかっておりません」


 ビルは燃えた、大いに燃えた、きれいさっぱり奇跡の様に全焼した。倉田は念のために報告したのだが、遺体が残っていないのも無理はない全焼っぷりだった。

 あの燃え方ならば、骨まで燃え尽きていても可笑しくはない燃え方だった。

 下層に残っていた賞金稼ぎや比良坂の遺体はまだ、原型を留めているものもあったが、火力の強い最上階ではどんなふうになっていたのか想像に難くない。


 あのビルは、今回の大災害を記念となるモニュメントとして、何らかの形で残すと言う話も出ている。あの少女を始め、今回の大災害では、抗争をしたもの以外にも多くの民間人の死傷者が出てしまった、それだけの災害だけに、必要な行事であろう。





「はっはっはー、どうだい虎。中東の空気は」

「……日本より熱かねーですね」


 その時、竜也と虎は中東の地に在った。あの後少女の火力を知っている虎は一目散に脱出し、追手の比良坂を隠れて凄し、無事竜也と合流することが出来たのだ。

 竜也たちはその後、彼のコネを利用し予定されていた逃走経路を使い様々な国を経由して世界で最も混沌とした地の一つへとやってきていた。


「にしても、負けですかい。あそこまで追い込んでおきながら」

「まぁまぁ、勝負は時の運。僕としてはあれだけ遊べたら満足だけどね」


 竜也はそう言ってニコニコと笑う。


「あー、それにしても、楓ちゃんは元気にやってるかな?」

「……何言ってるんですかい?あの小娘は火の中に消えましたぜ?」

「はっはっはー、僕の妹を、魔王の血を甘く見ちゃいけないよ」





「あの小娘は生きている」


 はっ?と倉田は源三の言葉に困惑する。生きているはずがない。どう考えても脱出は不可能な状況だった。唯一可能とすればヘリで上空からと言った所だが、そんな記録も事実も無い。

 あの暗闇の台風の中、飛んでいるヘリなど一台も居なかった。


「なぁに、唯の勘だ。根拠はねぇ。それにあの小娘が生き残っていた所で何も変わりはねえ」

「……はっ」


 倉田は、そう言って源三が口角を歪めるのに首肯したのだった。



「そりゃ、勘ですかい?」

「ああそうだよ。混じり気なしの直感さ。だけどあの場所には武彦君も居たんだ。二人そろえば愛の奇跡で何とかなると思うよ」

「武彦って……。俺は奴の姿なんかあの場所で見ちゃいねぇですぜ」

「はっはっはー、そういう事にしておいた方が物語としては美しいのさ」


 虎は、上機嫌でそう笑う竜也を奇妙な目で見ているのであった。





 数年後、某所にて。何でも屋を営む一組の男女の姿があった。何でも屋とは表向きの話、その裏では万事件を様々な方法で解決する。もめごと処理やである。

 そこに1人の男が依頼に訪れた。男はいかにも憔悴しきった感じで、背筋を丸めて弱々しくドアをノックする。


「はいはーい、空いてますよー」


 中からは、女性の甲高くも明るい声が響いて来る。そのドアを潜った男を待っていたのは、燃えるような赤い髪をした1人の女性と、おっとりと柔和な顔つきをした中年の男だった。


「はい!それでは何を燃やしましょうか!」


 ご依頼と有れば、世界だって燃やして見せます。女性はそう言って朗らかに笑ったのだった。



世界を燃やす恋をしよう  完結

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世界を燃やす恋をしよう まさひろ @masahiro2017

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