第34話 火と風

「そこ!そこを塞いで!今度はあそこを開けて!扇いでもっと扇いで風を送り込んで!」


 私は黒服の人たちにお願いして、たき火の炎を下へと送り込む。私と火の付き合いはそん所そこらのものでは無い。上へ上へと目指す火も、私が誘導お願いすれば下へ下へと進んでくれる。


 そっちは危ない、こっちは安全。気分はよちよち歩きの子供をあやす母親だ。そんな気分に浸っている時に、倉田さんの焦った声が階段を駆け上がる音と共に聞こえて来た。


「組長!あの火は一体!」

「慌てるな倉田」


 魔王はそう言って私を顎で指す。私は倉田さんの驚愕の視線にぺこりと頭を下げる。


「下はもう解決したんですか?」


 何だあっけない、こんな事ならとっととやっておけばよかった。まぁ一歩間違えれば、みんな仲良くこんがり焼死な、紙一重の作戦だったけど。


「いえ、まだです、殿に比良坂を2体おいてきました、それよりもあの火は一体」

「そうですか、やっぱりそう簡単には行きませんか」


 流石にちょっと脅した位で引いてくれる人ばかりではないようだ。そして聞いておかなければいけない事がもう一つ。


「あと……あの火に巻かれて亡くなった人は居ましたか」


 倉田さんは、何だこいつ見たいな顔をしてから、質問に答えてくれた。


「いいえ。残念ながらあの攻撃で退却した敵は居ましたが、殺せた敵は居ませんでした」


 私はそれを聞き、胸をなでおろす。私の火に不純物はいらない。火は火であるだけで美しい。不純物が混ざるのは私が燃える時だけでいい。私だけを燃やしてくれればそれでいい。それは私がずっと思っている願いだ。


 しかし、あれで退散してくれない人たちがいたのは厄介だ。これ以上燃やしてしまえばおそらくはこのは私の手を離れ独り立ちしてしまう。そうなってしまった場合、鎮火は難しくなってしまう。元々私は燃やすのは得意だが、鎮火は得意ではないのだ。


 そうこうしている内に、いったん収まっていた銃声が再開する。場所はさらに近く。怒声や息遣いが響いて来るほど近くまで。


 チュンと跳弾が天井に跳ねる。

 近い、頭と腕の傷跡がじくじくと痛む。

 赤い飛沫が下から上に降り注ぐ。

 近い、血に染まったおっちゃんの服に手を当てる。


 バッと人影が飛び出してくる。同時にけたたましい銃撃音がフロアーに鳴り響き、その人影は一瞬で蜂の巣になるも、それは単なる囮に過ぎず。かつては人だったモノの成れの果てだった。


「源三―――!!」


 黒服の遺体を盾にフロアーになだれ込んできたのは、全身至る所血だらけ傷だらけの虎さんだった。その大きく見開かれた目は血走り正に手負いの獣の如し。


「テメェを殺せる日を楽しみにしてたぜぇえ!」

「させません」


 その叫びに、1人射撃を遅らせていた倉田さんが銃撃で返す。

 戦闘はついにこの場所で始まった。





「……無人、か」


 開け放たれたドアから入った武彦を迎えたのは、所狭しと機器が置かれた無人の車内だった。


「やぁやぁ武彦君。せっかく来てくれたのにモニター越しで申し訳ない。僕は虎や君の様に腕っぷしには自信が無くてね」


 車内に置かれたモニターの1つが竜也の姿を映し出す。その背後には今いる場所と同じように、多数の機器が置かれているが、それが何処かは全く判断が付かなかった。


「それで?ここに来てくれたって言うのは僕と仲良くしてくれるって事なのかな?」

「話を……」


 と、言いかけて、武彦の口が止まる。自分は何を言いたいのか、何を聞きたいのか。今の自分に残されたのは楓と言う少女だけだ。彼女の幸福を見守ることが空っぽの自分に残されたたった一つの願いだ。

 自分は少女を守るために、少女を危険にさらしてきた。思考と行動がバラバラでぐちゃぐちゃだ。


「話を……するまでも無い。アンタを止めればこの抗争は終わる。そうすれば、あの少女に一時の平和が訪れる」

「はっはっは、彼女の一番の理解者であり、最大の加害者である君らしいセリフだ。けどどうするんだい?ごらんのとおり僕はその場所にいないし、彼女は彼女でクライマックスの真っ最中みたいだけど?」


 その通り。自分は彼女の最大の加害者だ。親を奪い、火に関するトラウマを与え彼女を放火魔に仕立て上げ、挙句の果てに最も危険な場所に彼女を預けて来てしまった。


「そこで君に提案だ。居場所が分からない僕をあてども無く探すより、よっぽど早くよっぽど確実な話だ。君、魔王を裏切って僕につかないかい?魔王を退治すれば抗争は終わる、勿論彼女の身の安全も保障するよ」


 分からない、どうすればいいのか分からない。竜也の胸中も何もかもが分からない。

 ふと、自分の右手が熱を持つ。そこにはあの火彼女を助け出した時に出来た火傷の痕があった。

 そこに触ると、彼女の笑顔が浮かんでくる。その笑顔は炎の中で微笑んでいた。


「はっはははは」

「んー?」


 自然と口から笑いが漏れる。


『ごちゃごちゃしたこと考えてないで、全部燃やしてすっきりしよう』


 炎の中の彼女は、とびっきりの笑顔でそう言った。

 だが、火は彼女の専売特許。ならば自分にできることは風の様に駆け抜ける事だ。

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