第13話 作者が思ってるほど、読者は賢くなんかないぞ!


「師匠ッ!序章を書き上げましたよーッ!

 見てくださいっす!」


「ボツ」


「速すぎィ!!!流れるような速さ!

 読んでないっすよねそれ!」


「いや、隣で作業しあってるんだから、ちょいちょい見れるだろう。

 ちゃんと読んでるぞ」


 うららかな日。我が家の片隅で。

 私は、いつもどおりのほむほむくんのボケに、ツッコミを丁寧にいれていた。


 今回は、新作の序章を見て欲しいということらしい。

 まあ、見ての通りバッサリと切り捨てたが。


「いやあ、そりゃそうっすけど……。

 それなら、途中から助言くれても良かったんじゃ」


「自分で気づいて書き直すかもしれないだろう。

 それならそれが一番身につく。

 本人が完成というまでは私は口を出さない主義だ。

 そもそも、君も一々細かく言われるのは嫌がるたちだろう」


 大体私もそんなに暇ではないし。


「うぐっ!さすが師匠……俺のことをよく知ってるっす……ッ!

 でも、即ボツレベルのミスなら、指摘してくれても……

 っていうかっす!

 どれがダメなんすか!?これ。

 前言われたことを考えて、引っ張るあらすじとか第一話にしたっすよ!」


「わからないかい?」

「ふっ、師匠、愚問っすね!わかったら提出前に直してるっすよ!」

「む。ほむほむくんにしては、確かに理のあることを……」

「だから教えてくださいっす!」


 それでもちょっとは考えるふりをしたまえ。

 身にならんぞ。やれやれ。


「……まあいい。そうだな、まあ色々あるが、

 特別目立つ、即ボツレベルになる理由は1つだ。

 この名前付きキャラやオリジナル設定の多さはなんなんだ?」

「そんなに多いっすかね?」


「多い。改めて見てみたまえ」

 

   ※流し読みしましょう。絶対に真面目に読まないように

——————————————————————————————

「ついに始まったな」

「万事つつがなくね」

 

 神聖オルザック王国第17代皇帝、オルザック・レオニウスの腹心の将軍。

 赤龍将軍と呼ばれる、赤の軍団長でもある、ユグラ・アズハがつぶやき。

 さらにその片翼である、青の軍団長、ゲイナス・ギュルレが返す。

 彼らの目の前には、今回のデスラグナロクの戦場である、

 忌まわしき島、バハムルの島が目の前にあった。


「今回も生きのいい生贄(メルシ)がたっぷり捕まえれたわ」

「所詮は下賤のギニエ(異世界人のこと)共にすぎんが、精々、ていよくあがいてほしいものよの」

 

 さらに緑の軍団長である、四団長の紅一点。エリザベート・アディラが続き。

 黄の軍団長にして、一番の年長者であり、大木の賢者の異名をもつ

 ウルガ・オーギュストが、差別意識たっぷりの発言で締めた。

 6人兄妹の末弟であり、虐げられて育ったことが、その意識を助長したのかもしれない。


 では、彼らの視線の先にあるバハムルの島には、何が起こっていたかというと。

 天からの光の帯が降り立ち、そこから人が順次島に降り立っていた。

 ともすれば神秘的な光景であるが、彼らが感じ入るものは何もない。


 なぜならば彼らこそが、このデスラグナロクの計画者であり

 そしてこれは残酷なデスゲームの開幕の合図だからである。


 彼らの隣には、この召喚劇を可能とする、召喚術機(エメラダ)が静かに稼働していた。

 本来なら大量の、魔法生命力(オーラエナジー)を必要とするこの機械は、

 数百人のパワーが必要だが四団長はたった4人で稼働していた。

 それは彼らのパワーもさることながら、彼らの使うエメラダが、エメラダの中でも

 ダイヤモンドクラスの超一級品であったことも、その一端であろう。

 

 そして、そうとはしらず、異世界から召喚されたスメラギは、何もわからないまま

 後に親友となる、クロビシアキラと会合を果たしていたのだった。

 

 そして同時期。殺人鬼であるクリフォード。運命の人であるアイナ・スタンリーも

 時を同じくして、目覚め、活動をはじめることになる……


——————————————————————————————

 

「暗記テストかな?」

「酷ゥい!!小説っすよ!!小説!!」


「おかしいと思わないのがおかしいね!

 私は異世界の社会のテストでもこれから受けるのか?」


「違うっす!小説を読むっす!

 これは今後重要な登場人物とか、設定とかっす!」


「なんでこんなに一気に出すのかな?」


「いやあ、だってこれぐらい出さないと

 世界観とかわかんないかなって……。

 皆重要人物だし、重要な設定だし」


「それにしても多すぎだろ。

 君は読者を何だと思ってるんだ?天才か?絶対物事忘れないマンか?」


「えーだって、この作品多人数デスゲームだし。

 これでもまだ序の口っすよ。こっからまだまだ増えるっす!」

 

 えぇ……。正直お腹いっぱいなんだが。


「これからさらに第二話、第三話でまだまだ続々登場するのか……」


「そうっす!俺、群像劇書きたいんで!」


「初心者が群像劇とか討ち死にの未来しかみえないな。

 まあ、この作品はそれ以前だが」

「かなりズタボロ!一体何がそんなにダメっすか!」


「色々あるが……まず1つだけいうなら。

 『読者の能力を高く見積もりすぎ』だな。

 読者はこんなに賢くないぞ」


「ええ……読者さんを舐めて怒られるならともかく、

 賢く見積もって怒られるなんてこれ如何に!!

 納得いかないっす!

 つーか、これ賢いとかそういう話なんすか!?」


「そういう話だ。

 そして私は舐めてるわけではない。能力を正しく把握してるだけだ。

 なろう読者が……とかじゃないぞ。

 私自身を含めた一般人が、こんなもんだということだ。

 さっきもいったが、このオリジナル名詞の多さはなんだ。

 数えてみたが……人だけでも9人。設定名称だけでも9以上あるじゃないか!

 はっきりいうぞ。こんなもん覚えれるわけがない。私でも無理だ」


「え、でも、俺は覚えれたっすよ?頭良くない俺が覚えれたんだから

 大半の読者は覚えれると思うっすけど……

 はっ。もしかして俺は師匠より頭がいいはうッ!」


 舐めたことを抜かしはじめたので、チョップを叩き込んでおく。


「バカモノ。それは君が思い入れもあるし、

 推敲の段階で何度も何度も触れているからだ。

 何の興味もない、一通りすがりの読者が、同じ意欲で読むわけないわ!

 しかも、たった一回読んだだけでだと?ありえないな!

 試しに、この名前全部私が今作った造語に置き換えてみようか?」


「はうッ……!確かに……!それされたら俺も無理っす」


 打ちひしがれるほむほむ君。

 わかったか……と思ったが、しかし、それはつかの間のことだった。


「あ、でもでも師匠。でも師匠。今後の話分かりやすくするためには、

 最初にこういうのガッツリ説明したほうがいいって聞いたっすよ。

 それどうすか!

 あと師匠も、分かりやすさは正義って言ってたじゃないすか!」


 新たな言い訳を用意してきた。

 まあ、粘りだけは認めんでもない。大外れだが。


「確かに言ってたな」

「だったら!」

 

「だが、こうも言ったはずだ。最初の方だが。

 『読者は頭をつかうのは嫌いではないが、頭を疲れさすのは大嫌いだ』と。

 『わかりやすさが正義』というのは、

 『読者を疲れさせない』ためにあるのであって、

 疲れるなら、それはわかりやすくはない。

 そして、君のさっきの文章は大いに疲れる」

「うぐぅッ!」


「いい機会だ。

 レッスン8を教えよう。

 『お客を疲れさせるな』だ。

 これはお客を知る、の延長線上にある」


「レッスン8!

 『読者を疲れさせるな』……すか?」


「そうだ。小説の本質とは娯楽だからな。

 そしてそのためには

 『読者に期待するな』」


「お客を疲れさせないために……『読者に期待するな』!?

 な、なんかここにきてネガティブな響きの教えが!」


「だが大事だ。まあこれは君に限らず、コピーライターや

 セミナー講師でも、慣れてない人はよくやることだが……

 イマイチな話というのは、大抵作りて側が

 お客の意欲や能力を高く見積もりすぎ……『期待しすぎ』だ」

「むむぅ……」


「お客の記憶力は、間違いなく一般の作者が思っているほどではない。

 別に腐してるわけではなく、それが普通だということだ。

 前もいったが、読者というのは、疲れるために作品を読むのではない!

 むしろ『疲れを取り、楽しむために』読んでいる。

 そこで、頭を疲れさせたらどうなるか?」

「ゴクリ……」


「答えは簡単。

 『頭を疲れさせたら、読者は読むのを辞める』。

 チラシなら丸めてぽい。

 なろう小説なら、お気に入りから外してサヨウナラ……」


「怖い!そして厳しい!」

「厳しいな」


「あ、で、でも。推理小説とかは?あれはどうすか?

 SFとかも!あれ、頭使うけど好きな人は多いんじゃ……」


「ふっ、本当にそう思ってるのか?

 そうだとしたら、君はまだまだ『読者に期待しすぎ』だな。

 レッスン不合格だ」

「ええっ!!」


「あえていおう。推理小説ですら、大半の人は、特別推理しながら読んでいないと!」


「ええっ!そ、それ言っていいんですか!バッサリ!」


「じゃあきくが、本格古典ミステリでよくある

 「読者への挑戦」で、10分以上立ち止まる人がどのくらいいるのかな?

 ほとんどの人が1分以内にページを捲るだろう。

 「へーここでやっとフェアなんだ」ぐらいの感想しかもっているまい。

 名探偵コナンのコミックスで「犯人がわかったぞ!」で、

 自分も犯人が分かるまでページめくらない人がどれだけいる?

 殆どの人がすぐさまめくっているはずだ。君もそうだろう」


「うぐっ!は、反論できないっす……。確かにコナンは一気に読むっす」


「別に予想しないとか、推理を一切しないというわけではない。

 するさ。ただし『頭が疲れない範囲で』な。

 大抵の人は、それが数分以上に及ぶことはないだろう。

 10分も20分も推理に費やすような読者は非常にレアと認識すべきだ」


「うう……実際してないからなんとも言えない……」


もっと言えば彼ら自身も、それが疲れないからやるというだけで、疲れない範囲でしかしない。というのは間違ってはいない。


「では、実際どの程度から『頭が疲れてくる』のか。

 これはもう心理学の研究で出ている。

 マジカルナンバーと呼ばれるものだが……

 人が同時に覚えれる数。

 それは『4』だ。正確には4±1だが。

 だから、1話に登場するオリジナル名詞は、4つ以下が望ましい」


「4!たった4つだけなんすか!」


「そうだ。だが、もっというなら私個人は『3』だと思う。

 人により4前後、というだけで、万人向けにとるなら『3』だ。

 固有名詞が3を超えたら、もう脱落者が出ると思うべきだ」

「す、少ない……」


「そうだな。昔は『7±1』の法則と言われ、7つぐらいと言われた。

 だから携帯とか、090〜以下7桁とかなのだ。

 だが、研究が進み、7ですら多いということがわかった。

 人は、携帯も。5456732とあったら、545−6732と2つに分けて

 覚えてるのであり、7桁直で覚えてるわけではないということだ」


「あっ、確かにそうかもしれないっす。区切るっすね」


「そう。だから545万6732円と言われたら覚えられるが

 ホテルの受付番号は、5456732番ですとかいわれたら、

 簡単には覚えられないというわけだ」


「むむ……そういえば、なんか本屋とかの本も、

 成功の3つの法則!とか。3つのコツ!とか多いかもっす!」


「おっ。いいところに気づくじゃないか。その通りだ。

 彼らはそれ以上に分散すると、人が覚えないことを知ってるのだよ。

 ベスト3発表!とかも、ベスト5だと覚えてもらえないからだ」


「うーん。でも、流石になんか少なすぎる気も……

 流石に3つは少なすぎないすか?」

「そうでもない。人の記憶力は想像以上にとても儚い。

 『覚えよう』と思ってすら、4つぐらいが限界だ。

 そうだな。例えば、こういう問題をだそう。

 ほむほむ君、君、掛け算はできるかい?」


「いや、そりゃできるっすよ!」

「じゃあ、紙とペンがあれば、589×87はできるかい?」

「楽勝っす!」

「じゃあ、これを頭のなかに暗算は?」

「えっ……?」

「え、じゃないよ。頭の中に紙とペンを作って、さあ、出来るかい?」

「ちょっ……お待ちを」


そして5分後。


「いやもう、無理っす!589×7の時点で厳しいし、

 さらにその答えを覚えてられないっすよ!」

「必死でやっても?」

「今、まさに必死でやったっす!」


「ま、そういうわけだ。人の短期記憶は全く脆弱だ。

必死で覚えようとしてすら、そんなもんだ。

 たかが数個の数字すら、覚えきることができない。

 ましてや、聞いたこともないオリジナル名詞、思い入れもない作品を、となれば……だ」


「うう……よくわかったっすよ。

 あ、でも、師匠。それだとまだ疑問があるっすけど」


「なんだい?」


「でも、そうはいっても、たくさん出さざるを得ない時ってあるっすよね。

 ていうか、有名小説でも結構あるような……。

 そういう時って、どうするんすか?」


「ほお……いい質問だ。確かに、その通り。

 そうはいっても書かなきゃならないことはある。

 特に、序盤は覚えることだらけだ。

 人名に始まり、地名、スキル名、種族名、役職、度量衡……

 これらを一々1話3つ以下で出してたらやってられない」

「そうっすよね!どうするんすか?」


 そう焦るな。


「答えは1つだ。


『情報の重要度にランクをつける』をしたまえ。


 これをしてるかしてないかが、たくさん情報だしても

 読みやすい作家と、読みづらい作家の分かれ目なのだよ」


 これを知ってるか知らないかはかなり大きい。

 コピーライターや物語論だけでは収まらない。

 恐らく、会社やプライベートで、教えるの上手い下手に直結してるはずだ。


「情報の重要度のランク……?」


「いいかい?まず、なぜ『作者は読者ほど疲れないのか』を考えようか。

 『読み疲れ』において、なぜ作者と読者に感覚の差がこれほどでるか。

 それは、この『情報の重要度』の扱いの差に他ならない」

「むむ……」


「作者は全てを知っている。何が重要で、何が『忘れてもいい』情報か。

 しかし、読者は分からない。重要度の分からない読者はどうするか?

 『読者は全ての情報を、覚えようとする』のだ。

 そして、その結果、疲れ切ってしまう」

「おおっ!」


「いいかい。ここは超重要だよ。とっても大事だ。

 この前提は必ずもたなければならない。

 読者が疲弊するのは『全てを均等に覚えようとする』からだ。

 『全部は覚えなくていい』

 この情報をなげかけるだけで、読者の負担は一気に軽減する。

 逆にいうと、作者はその『情報の重要度の情報』を与えなければいけない」

「ふむふむ……」


「一例を出そう。軽く読み飛ばしてもよいぞ」


———————————————

 「ライゼナッハが、フォレスト・チェンと衝突した。

  チェンの部下であり家族であり、また養子であるオイゲン・ユナはチェンの補佐をした。その時、チェンの片腕であるラッテルトは、グリルパンツァー要塞にて通常通りその手腕を発揮し、補給を完璧に行っていた。つまり、準備は完璧だった。

  チェンはシュミット元帥の事を思い出した。彼はまさしく、アルリーアルの理想を受け継ぐ人だった。一方のライゼナッハも、ユクスタロトの想いを受け継いでいた。旗艦ウォークラフトに乗り込み、ゼクス・マーキスの戦略に則り、イングリドとカミナ・ルウを従え決戦に挑んだ。始祖エキナの作ったダイヤズロンド王朝を倒し、次に銀河を統一せんとして。そして衝突の結果、チェンが勝利を収めた」

———————————————


「これは、某架空戦記のキャラや設定を借りて、名前だけ変えて適当に作った一文だが……

 どうだ?まともに読もうとすると、恐ろしいほど脳が疲れるだろう?」


「めっちゃ疲れるっす!つーか脳がまともに読むのを拒否するっす!」


「想像力を刺激する文章だったかい?」

「暗記テストを強いられる文章だったっす!」


「だろうな。

 まあ、これが読みづらい理由は2つある。1つは『読むべき理由』が弱いことだ。

 人は読む『必要性』が見いだせない文を読む時、想像を絶する苦痛を伴う。

 たとえ、どれだけの名文であったとしてもだ。

 キレイな文をかけるのに、文全体が読みづらい人は、この動機づけが大抵下手だ。

 まあ、そこはまた今度話すとしよう」


 一息ついて、続ける。


「2つめは『どれが重要な情報か分からない』だ。

 これが今回の話の核だ。

 物語についていくには、情報を把握しないといけない。しかし、どれが重要かわからない。

 その結果、全部覚えようとし、そしてパンクする。

 いいかい。読者は『重要度に差がない場合、全部覚えようとする』のだ。

 作者は違うぞ?作者は何が重要な情報か知ってるからな。

 上の例でいうと、実はストーリーの把握には、チェンとライゼナッハ以外、実は全部どうでもいい。

 つまり『一行目と最終行以外どうでもいい』のだ。

 それがわかった上で、もう一度この文章を読んでみたまえ」


「一行目と最終行以外どうでもいい!という視点で読む、すか……

 中盤を読み飛ばすってことっすよね。ふむふむ……」


 そして、再び先程の文章を読むほむほむくん。


———————————————

 「ライゼナッハが、フォレスト・チェンと衝突した。



チェンの部下であり家族であり、また養子であるオイゲン・ユナはチェンの補佐をした。その時、チェンの片腕であるラッテルトは、グリルパンツァー要塞にて通常通りその手腕を発揮し、補給を完璧に行っていた。つまり、準備は完璧だった。

チェンはシュミット元帥の事を思い出した。彼はまさしく、アルリーアルの理想を受け継ぐ人だった。一方のライゼナッハも、ユクスタロトの想いを受け継いでいた。旗艦ウォークラフトに乗り込み、ゼクス・マーキスの戦略に則り、イングリドとカミナ・ルウを従え決戦に挑んだ。始祖エキナの作ったダイヤズロンド王朝を倒し、次に銀河を統一せんとして。



そして衝突の結果チェンが勝利を収めた」

———————————————

 

「めっちゃ楽になったっす!

 なんつうか、色々あってチェンが勝ったんだな、ぐらいで終わったっす」


「そうだ。それが『作者視点』だ。作者は読みづらくもなんともない。

 この感覚差を理解してないとなぜ読者がついてこれないのか、

 さっぱり分からないまま物語を書き進めることになる。

 これが

 『自分は読めるのに、読者から読みづらい言われて謎』という現象の正体だ」


「うう……こわっ!」


「作者は何を読み飛ばせばいいかわかってる。

 読者はわかってない。あるいは全部を読み飛ばす。

 だから、情報のズレがでる」


「むう、納得っす。でも師匠。いいっすか?

 読者を疲れさせないっつうのはわかったすけど、

 実際の小説で、一々ここ重要!とか書けないすよね?

 師匠も、チラシとかで重要!とか書いてるわけでもないすよね?

 具体的にはどうしてるんすか?」


「良い質問だ。確かに、実際は、重要度を表すといっても

 一々書くわけにはいかないだろうな。

 では、具体的にどうするかだが……答えは2つある。

 どちらも簡単だ」


「どうするんすか?」


「1つは、単に繰り返す。ただそれだけだ」


「そ、それだけ!?」


「いいかい。そもそも『一度出せば覚えるだろう』などという

 『期待しすぎ』なハードルが間違ってるのだ。

 たった一度で覚えるわけがないだろう。

 だが、逆に言えばここで格差をつけることができる。

 重要な情報は何度も繰り返し、そして重要でないのは

 一度きりで退散願うことにより、自然と重要な情報に目が行く」


「ふむむ?」


「重要な情報に、代名詞を使うのを避けるということだ。

 例えば、冒頭で

 『勇者アレスが……』といったら、その後に『彼は……』じゃなくて

 『勇者アレスは……』とか『勇者たるアレスは……』とか。

 しつこいぐらい繰り返すことだ。逆に町人Aなど、すぐ彼、でいい」


「なるほど。確かに自然と覚えるっすね」


「ちなみにこれもマジカルナンバーと同じく、3を基準とする。

 スリープラスの法則という。大事なことは3回繰り返せ。

 いや、4回でも5回でも繰り返せ。

 だから、スリー『プラス』だ。人はそれぐらいでようやく覚える」


「3回すか……」

「ただし、余りにも同じ文体で繰り返すと、アホにみられる。そこは変える必要はある」

「どんな感じすか?」


「再び例をだそう。

 『魔王を倒さねばならない。そう、僕らはこの世界を救うため、彼の地にいかなければならない。

  困難があっても、打倒魔王という勇者の使命を果たすために突き進むのだ』

 こういう感じだ。

 実は同じことを3回いってるが、どうだ?」


「あ、本当だ!余りくどくは感じないっす!結構自然に読めるっす!

 そんで、確かにここまで繰り返されると、目的も自然と覚えるかも!」


「実際はここまで連続ではかかず、ちょっと間をおいて書くがな。

 これぐらいはしないと、読者は、旅の目的という超重要事項であっても

 読み飛ばしたり、見落としたり、忘れたりする。

 それは読者が悪いのではない。一回書いただけではそういうもんだというだけだ。


 だから、重要な情報は何回も書くのだ。

 これが『スリープラスの法則』。3回以上繰り返せ、という法則だ。

 できれば、表現を変えて繰り返せ。

 

 ちなみにこれをキレイに使うと、印象に残るわりに

 クドさは感じない、いい感じの広告文章ができあがる。

 コピーライトでもとても大事なテクニックだ」


「な、なるほど……。

 って、今気づいたんすけど、師匠も俺に対して使ってるっすか?」

「お、よくぞ気づいたな。その通りだ。

 忘れてほしくない情報は繰り返したり、強調したりしている。意図してだ」

「どもっす!」


「常に読者の記憶力には気をはらうのだ。本当に覚えれないから。

 応用を話そう。

 例えば、第一話冒頭で『アカネ・ハイジ・ミリー』という3姉妹を紹介したとき。

 一回の紹介でさも読者が覚えたかのように、次から

 「アカネとハイジが喧嘩している」などと書いてはいけない。

 どう書けばいいか、分かるかい?」


「わかるっす!例えばこう書くすよね?

 『三姉妹の長女であるアカネと、次女のハイジが喧嘩している』とか!」


「そうだ!素晴らしいぞ。文章は長くなるが、分かりづらいよりはマシだ。

 勿論、中盤以後なら、アカネとハイジが喧嘩した、だけでもいい。

 だが、序盤は記憶力コントロールに気を払わねばならない」


「結構やること多いっすねえ。序盤って……」


「仕方ないさ。そこで大半決まってしまうからな。

 あと、こういう応用もあるぞ。

 キャラについて、一度紹介あるいは登場後に

 『長女のアカネが口を挟んだ』とか

 『ハイジがその特徴的な赤毛を振り回して突っ込んできた』とか

 『ハゲのミツルギが、その頭同様に、滑ったギャグを披露していた』とか

 書いていたりすると、自然にスリープラスを入れ込めたりする。

 これでそれが特徴でキャラを覚えるというPRにもなるし、

 他の情報はそのキャラを覚えるのに不要というPRにもなる」


「あーなるほどっす!そのキャラの特徴を、こまめにPRしていくんすね。

 それで、不自然じゃないように何度も重要情報を与えていくと」


 理解が早い。とてもいいことだ。


「その通りだ。だが、情報のランク付けはこれだけではないぞ。

 もう1つある。あるいは、さっきの方法より大事な方法がな」

「あ、そういえば2つって言ったっすね。

 繰り返しの他にまだあるんすか?それはなんすか?」


「それは、プラスの逆だ。『情報を消す』ことで重要度に差をつける」


「情報を消す?」


「例えば、第一話でやられて死ぬ、7人の山賊がいるとしよう。

 で、そいつらに『イチロー、ジロー、サブロー、シロー、ゴロー、ロクロ、シチロー』と

 全員に『設定では』名前があるとしよう。だが物語ではあえて出さない。

 あえてだ。重要ではないからだ」


「せっかく設定したのに!?」


「せっかく設定していても!だ。そこを切れるかどうかが、良作の分かれ目だ!

 さっきも話したように、読者の記憶容量は少なく、かつ『有限』だ。

 そいつに記憶容量を読者が使うと、他のことが覚えられなくなる。

 あるいは、そこで満タンになった容量に、さらに新記憶を与えようとすると

 『こんなに疲れて読むならもういいや』と、作品自体を投げ出しかねない。

 こんな山賊ごときにそんな価値はない」


「山賊の扱いが!物語の外でも扱いが酷い!」


「何度もいうが、読者は疲れたくて読んでるわけではない。

 他にも例を出そう。

 主人公がヒロインの家に世話になるとする。ヒロインには姉妹が4人いる。

 だが、いきなり名前を全部は出さない。

 一個上の姉。一番下の妹。などで最初は済ませる。

 出来る限り名前は出さない。代名詞や名詞ですませる」


「とにかく代名詞っすか!彼、とか彼女、とか!」


「そういうことだ。

 あるいは隣村にいく用事がある。だが、名前はあっても出さない。

 どうしても必要でない限り。

 武器を拾う、だが名前は出さない。

 『ロングソード』みたいな記憶領域を使わない普遍的な名前なら構わんが」


「『斬魔刀 霧雨丸』みたいなのも、やっぱダメっすか?」


「ダメだ。出したいのはわかるが、出来る限り出さずにすむならギリギリまでだすな。

 『禍々しい名刀』ぐらいで十分だ」


「もう本当に徹底してるっすねー。うーんなるほど……。

 全部そうすればいいのか……。

 あ、でも、いや待てよ……。

 師匠!ちょっと聞きたいすけど!」


「なんだね」


「ステータス!ステータスとかはどうすればいいっすか?

 めっちゃたくさんステータスやスキル表記したいときとか!

 描写しないってわけにもいかないし、かといって羅列しすぎると

 読者帰るんすよね?」


「ああ……ステータス系のやつか。確かにあるな。

 10も20もスキル表記したかったりするときとか。

 アイテム一覧とかも同じだが」


「そうそうそれっす!そういうのは?」


「それは3つ目の方法を使って、重要度を表す。

 ある意味、禁断の方法だ」


「き、禁断の方法……そ、それは?」


「簡単だ。何が大事で、何が大事じゃないか……

 キャラクターに、直接言わせるのだ。

 『おお、この「経験値倍加」が大事だな。他は後回しでもいいか』

 とか。このくらいストレートに言わせる」


「直接言わせる!そんなんありっすか!

 確かに、確かに分かりやすいけども!」


「言っとくが、良くある手法だぞ。

 キャラクターが

 『さあ、行きましょう。早く隣町にいかないと、病気のこどもが持たないわ』

 などといって、目的をこれ見よがしに確認したりするのはこの手法だ。

 余り連発すると、説明セリフの連呼になって白けるが……」


「だから禁断なんすね……。なるべくここぞというときまでとっておくっす」

「それが懸命だな」

「腕あげるっす……」


「まあ、色々いったが。

 それぐらい『忘れてはいけない』あるいは、

 『忘れても良い』という『情報ランクの情報』は大事ということだ」

「それはよく分かったっす。確かに一気にこられると、

 頭が破裂しそうになるっす。今の俺とか」



「ちと詰め込みすぎたか……。

 まあ、ちなみに今回の話でいうと、一番大事なのは。


 読者は頭を使って疲れるのが大嫌い!ということが一番大事で。

 だから、3プラスなどで自然に覚えさせること。

 「忘れてもいい」「あえて名前を出さない」で忘れる手助けをする。


 この3つが特に大事な話になるかな。

 忘れそうなので、復習しておくぞ」


「ありがたさーせんっす!正直、序盤のほう忘れてたっす!

 疲れさせないために、やるんでしたっすね!」


 なんだその感謝謝罪。スルーするけど。


「そうだ。ここらへんを心配りしない場合……。

 部分的にはキレイな文章であるのに、総合評価としては

 『くっそ読みづらい』『超絶目が滑る』という話が出来上がり、

 こういう話を他人に見せると

 『文章力はあると思うけど、なんか読みづらい』という評価が返ってくる」


「文章力はあるけど、読みづらい!

 そ、そういう評価、俺何回かみたことあるような!」


「あえていうが、これ全く褒め言葉ではないからな!

 本当に文章力があれば、スラスラ読める。

 まあ……批判をオブラートに包んでるというだけだな」


「つまり、あれっすね。そういう話は

 『頭を疲れさせまくってる文章』だと……」


「君の最初の原文みたいにな。

 ———————————————

  ウルガ・オーギュストが、差別意識たっぷりの発言で締めた。

  6人兄妹の末弟であり、虐げられて育ったことが、その意識を助長したのかもしれない。

 ———————————————

 これとかなに?こいつ自身の登場もいらんが、

 さらに兄妹の話とか今いるのか?絶対いらないよな?」


「はう……ッ!忘れた頃に追加攻撃!厳しいッ!

 だって設定あったからいれたかたっんす」


「気持ちは分かるがな……。

 書きたいから書く、は正しいが、書きたいもの全部書いてたら駄作しかできんぞ。

 設定の8割は捨てるためにあるのだ」


「ううう……また序盤に意識することが増えたっす。

 でも!これでまた成長できた!ってわけっすね!」


「うむ。頑張りたまえ」


「はいっす!」



☆☆☆☆☆



「ちなみに師匠!」

「なんだね?」

「このオリジナル名称使いすぎ現象、みたいなのについて

 名前とかついてたりするっすか?」


「あるぞ。一般的ではないが、

 このオリジナル名称多すぎ問題について、

 良い事例はある。一部の人には有名だ。

 小説家にとっての参考事例……として有名なわけではないが」


「おっ、それなんていうんすか?」


「ファルシのルシがコクーンでパージ現象だ。

 ちなみに元ネタはFF13だ」


「聞いただけで、ああ、なんかダメだなって察したっす!

 わかったす。なるべく伝わる言葉で書くっす!」


「うむ。分かりやすさは大事だ」


 私、FF7ぐらいからストーリーに

 ついていけなくなった派である。

 ちなみにDQは6のムドー戦以降、ついていけなくなった。


 懐古主義と呼びたくば呼んでくれ。

  


———————————————

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