第7話 あえて言おう!最低と言われるなろう読者の”本当の質”は○○だッ!

「さて、と……。お、このココアは美味しいな」


 コクコク……。

 ほむほむくんが階下から持ち込んできたコーヒーを味わいながら、話を続ける。

 いい出来だねー。


「ふぅ……っと、作品がウケないのは作者のせいであり、読者のせいではないと。

 作者は『お客』を知るべきで、その上でお客に合わないものを出すほうが悪い。

 じゃあ、なろうの読者は、お客としてどのレベルなのか?

 実際、なろうの読者の”質”が低いか?という質問だったな……」


「ふぃー!……あ、はい。そうっすね!

 それを、師匠の業界の、広告の観点で語ってくれるって話っす!」 


 ココアを飲んで、一息ついてた少年が、こっちに振り返り反応する。

「あと、ココアの出来は普通す。普段の師匠のが手抜きなだけっす(小声)」

 とか聞こえたが、気にしない。

 そもそも私のは手抜きではない。速度重視な作りなだけだ。


「そうだな……。では、それに答える前に逆に質問だが、そもそも読者の”質”が低いとはどういう意味だ?」


「逆に?どういう意味?ですか?」


「”質が低い”、の定義の話だ」


「うーん?うーん。そうっすね~。

 やっぱあれじゃないすかね?

 異世界転生!とかチートハーレム!とか。

 そういうのが流行ると、質が低いっていうんじゃ?

 あ、いやなんか違うな……」


 んーむ。あ~でもない。こうでもない。

 と、ぶつぶつつぶやきながら部屋を動き回る火村君。

 この子は、考え事するときは動き回るタイプのようだ。


 だが、やがて何かひらめいたのか、頭をあげ

 目を輝かせながら口を開いた。


「あ、そうだ!

 最初にいったあれっすよ!

 『頭使わない物語を好む』ってやつ。

 そしてそれがかさんで『頭を使えなくなった』読者!

 あとはそうですね……。異世界チートハーレムの批判でよくあるのっていうと……。

 あれだ!『ストレス耐性がない!』ってやつ。

 こういう読者が”質の低い”読者じゃないですかね?

 で、そういう読者が好むのが、異世界チートハーレムだから、

 逆説的に異世界チーレム好む人は、質が低い!

 どうっすか?この意見!」


「ほぅ……いやいや……。

 驚きだね!まさかほむほむくんからこんな鋭い意見がくるとは!

 うむ。まさに、そこらへんがよく見るような意見かな。

 その定義なら、そんなによく揶揄される質の定義と間違ってはいないだろう」


「え、そうすか?

 いやー実は、まさに掲示板にかいてあるようなことを、言っただけなんですけど!」


「……自分の手柄にしとけばいいと思うがな。

 まあいい。正直は美徳ということにしておこう」


 ため息をついて、話を続ける。


「では、そうだな。そういう『頭使いたくない、使わない』『ストレス耐性がない』。

 そんな読者を”質が低い”と想定した場合だ」


「はい!あ、そうだ!

 追加で、マナーが悪いとかは入りますかね?

 気に入らないとすぐ叩く!みたいな!」


「いや、それは作品の流行や、作品を読む時点では、関係のない話だし。

 民度やマナーの話は一旦置いておこう」


「わかったっす!」


「では、改めて。いわゆるストレス耐性がない読者……。

 そして、それをコピーライター視点からみた場合……

 なろう読者の質をどう思うかだが……


 『なろうは別に、読者の質は低くない』

 

 と、私としては断言しよう」


「ええええッ!そ、そうなんすか?」


「そうだ。なろうは別に低くない」


「ええーッ!絶対ウソっすよ!!いや、師匠が嘘つきとかではなくて!

 信じられないって意味で!だって、あんなに皆が言ってるのに……」


 何やらタコダンスめいた動きをしている。あたふたしすぎだろ。


「本当にその通りなら、なろうの外で売れるわけ無いだろう。

 だけど、現実はなろう以外のレーベルをぶっ潰す勢いで爆進中だ。

 特に新人賞系は大手でも虐殺レベルの憂き目にあっている」


「いやそうかもしんないっすけど。でも……。ええ~。

 あ!そうだ。師匠、なろうのことそこまで知らずに喋ってないすか?

 師匠が見てたのって昔でしたよね?」


「書籍化した奴はチラチラみてるし、Web小説の空気なんて昔も今も大して変わんないさ。

 空気の確認なんてちょいと見れば十分。

 別に適当に言ってるわけではない」


 実際はがっつりみていたが黙っておこう。


「ええ~でも。低くないってことは、高いってことですか?

 まあ、俺もなろうユーザーですから、それが本気なら、高いほうが嬉しいですけども!」


「いや、言うほど高くもない。それは間違いない」


「んぐッ……。うう、じゃあ、なんすか」


「そうだな。あえていうならこうだ。

 それは……『普通』だ!」


 そう。普通。特別高くもなければ、低くもない。

 まあ、普通はこんなもんさっていう感じだな。


「普通、っすかぁ?うーん……なんかそれでもまだしっくりこないような……」


「君さ、チラシや広告、セールスレターの、最後まで読む率を知ってるかい?

 3割も読んでくれたら超優秀だよ。

 1割未満が普通。下手が書けば1%すら切る。

 たった1枚の紙、1ページの文章でだ。

 いや、開いて冒頭だけでも読んでくれたらマシというものだ。

 見ないでポイすら山のようにあるんだからな。

 まず一行目が読まれる、それ自体に既にハードルがあるのだよ」


「え……師匠の仕事の中身って、初めて聞いた気がするっすけど、

 ライターってそういう世界なんすか。なんかなろうより厳しいような……」


「さてね。ただ、私は、それが普通な世界で仕事をしている。

 そこからみた、私の知る『お客』は、どういうものか?

 と言われたら……。

 『頭は使いたくない』『ストレスなんてもってのほか』『楽しいことなら受け取ってもいい』

 『不安があったら踏み込まない』『分からない物が出ても調べない』

 こういうものさ。どこかで聞いたことないかな?」


「あ!それって、さっき俺が言った……!」


「そう。なろうのユーザー特徴とにているな。

 ……というより、一般人が普通はこうで、

 なろうもたくさんの一般人がいる、1つのコミュニティにすぎないって

 いったほうがより正しいかな」

 

 というか、何十万人も特に選別なしで登録してたら、

 それは一般人に限りなく近づいて当たり前なのだ。


 まあ、それでも差がないわけではないが。

 こんな動画だのなんだのが溢れてるなか、文字で快感を得ようなんてやつは

 基本的に変にきまってる。隣に風俗やAVがあるのに、わざわざエロ小説かうようなものだ。

 

 だが、それは媒体の好みの話であって

 ストレス耐性において、そこまで差はないと私は思っている。


 

「そして、そんな一般人たちから比べて、なろうユーザーはごくごく普通だよ。

 というか、Web小説読みが……かな。

 私はだいぶ昔、小説を書いていたが、その頃と今に大した差はないように思えるね。

 いや、小説読みは、むしろ我慢強いとすらいえる」


「我慢強い……!?なろう読者が!?ついに真逆の意見が!」


「我慢強いさ。

 だってちょっとつまんなくても、そこそこ読んでくれる人が、それなりにいるじゃないか。

 それに、すぐ読むの辞める奴に腹立てる人もたくさんいるだろう。

 つまり、ある程度読むのが当たり前って思ってる文化があるってことだ」


「いや……まあ、そうかもしれないすけど」


「だが、広告とかに対して『面白くなるまで我慢して読もう』とか

 『序盤つまらないけど、とりあえず読もう』とか

 『なんかストレス溜まること書かれてるけど読むか……』

 なんていうお客がわずかでもいると思うか?

 皆無だよ、皆無。ゼロだ。ZERO。NOTHING!

 そんな天使みたいなお客を想定してたら、誰も広告作りなんて苦労しない」


 仕事の事になると、熱が入る。

 私は残ったコーヒーを静かにすすると、言葉を続けた。


「我慢なんてしない。そういう前提で作らないと誰も広告なんて読んでくれないよ。

 でも小説は未だそうじゃないと思ってる人がいる……

 ある程度我慢して読むべきである、なーんて言う人もたくさんいる。

 なんとも羨ましいな!天使みたいなお客だ。

 こういうお客はもっと大切にするべきだ。

 広告業界にも是非その説を広めて欲しい。仕事が楽になる」


 広まりすぎると、私の仕事がなくなるので程々にしてほしいが。


「はえ〜。確かにそういわれると、我慢強いのかも……。

 でも、なんでそうなるんすか?」


「そうだな……思うにだが。

 『作者は良いものを書くのが仕事』

 『良いものを見つけるのは読者の仕事』だと思ってるんじゃないかな。

 気楽だとはおもうが」


「ええ、それいうほど気楽な意見っすか?

 でも『良いものは勝手に売れる』ってよくいいますよね?

 だったら間違ってないんじゃ?」


「ふっ……。

 良いものが勝手に売れるなら……広告なんて必要ない!」


「はうっ!」


「必要ないなら、需要もない。

 だが、現実の広告業の元気さはどうだね?鬱陶しいぐらいだろう」


 カップを机に置き、静かに言い放つ。


「うう……ッ!正直、すまないっすけど、広告はどこでもウザいぐらいっす。

 あ、師匠の仕事にケチつけてるわけじゃなくて!」

「心配せんでも、そのような邪推はしないから安心したまえ」


 ウザいのは事実だからな。しかし、理由があるウザさなのだ。

 

「良い機会だから、少し脱線するが語ろうか。

 いいかい。存在を知り、価値を理解してもらわない限り、商品は売れないよ。

 レッスン5だ。『良いものは、勝手には、売れない』。

 何度も言うぞ?どんなによくても勝手には売れないんだ。

 なろう的にいうと、良いものでも勝手に評価されないというところか。

 私たちはそれをよーく知ってるし、私たちの仕事は、そのためにある」


 そう、良いものだろうと、勝手には売れない。

 それは『お客が全て精査出来る状態』のときのみ通用する理屈だ。

 『探索』『検索』という行為が必須になる状態では使えない。

 グーグルがない状態で、個人サイトが必然的に人気を博すことがあるだろうか?答えはNOだ。


 そう、情報や作品が山のようにある今の時代、勝手に売れるなんてそんなことはありえない。

 ましてや『良い』というものが、お客によって大いに異なるとなればなおさらのこと。

 適切なお客に、適切に見つけてもらい、適切な商品を届ける。

 それは、ぼんやりと眺めていて起こるものではない。


「良いものは、勝手に売れない、すか……?」


「そうだよ。売れてない商品の大半は、良さがない商品じゃあない。

 大半は、良さに”気づいてもらえてない”商品なんだ。

 あるいは、どこで戦うか、何を打ち出すかを失敗している商品なんだ。

 本人すら気づいてないそこをカバーするのが、私達の仕事だよ。

 さっき少し話したな。幼稚園に難解数学持ち込んでないかと。そういうギャップのある商品は珍しくない」


「……で、でも。それって師匠の業界の話っすよね?」


「そうだが……君、他人事のように聞いていないか?

 これは『なろう』や作品でも同じことだぞ。

 『良い作品だから、勝手に読まれる』。そんなことはほぼない。

 超天才を除いて、読まれるように作って、初めて読まれるのだ。

 そこを軽く考え『売り出し方』を軽く考えたがために、消えてる作品なんてそこらじゅうにあるさ」


「そ、そんなに大事すか?『売出し方』って……

 いい作品を書くことに集中するのが、作家の本業だと思うっすけど。

 そんな営業みたいな」

「あのね。君、お客の質……つまりお客のことを知りたいんだろう?……だったら、よく聞きな」


「はい」


「お客は『なんとなしに』、そこにたどり着いてるのではない……

 『頑張って』見つけに来てくれてるのだ!」


「はうッ!」


「『勝手に来るお客』なんて1人もいやしないッ!」


「うぐぅッ!」


「なろう読者が支払っている労力に対し、もっと作者は親身になったほうがいいぞ。

 時間だってタダじゃあないんだからな」


「何も考えず、フラッと来てるイメージだったっす……」


「それも間違いではないが、『探す』労力を軽視しすぎだな。

 食事じゃないんだから、生きるのに必須でもなし、読みたくならん限りこんわ。

 みんな『時間や労力を使い、探して見に来ている』のだ。

 たとえランキングであろうともだ。

 であれば『探されやすい』作品に客が流れるのは当たり前だし、

 『探されるために』そこに力を割くのも作者の仕事だ。

 作者の仕事じゃないと主張したとして、

 じゃあその努力を作者がやらないなら誰がやるんだ?

 誰もやりやしない。作者自身がやるしかないのだ」


「作者がやらないなら、誰も代わりにやらない……

 な、納得っす」


「そこを無視したがゆえに。

 良いものが”勝手に売れなかった”ゆえに消えた商品や人、店などいくらでもある。

 これはなぜか?お客がそこまで探してくれないせい?その通り!

 じゃあそれってお客が、冷たくて、質が低いからか?いや違う!」


 美少女が、内面のいい……でも引きこもりを勝手に見つけて勝手に告白してくれないからといって、

 そいつが冷たいことになるだろうか?勿論ならない

 お客のせいにするというのはそういうことだ


「それが普通というだけだ」


「……」


「お客に対する姿勢を、広告視点で、話してくれと言ったな。

 良いだろう。話そうじゃないか。

 私達コピーライターが、商品を売る時に何を考えるか?

 この『お客』は誰だ?『己』はなんだ?

 商品を知りつくす。ターゲットを調べ尽くす。ここがズレたら絶対即死だ。

 そして『見つけてもらう』そこに全力を尽くす。キャッチコピーも本文のうちだ。

 その後、『読んでもらう』ことに執念を燃やす。読みやすく、わかり易く。

 ページを開いてもらっても、閉じられたら意味はない。

 そして、『価値を信じてもらう』。価値が伝わらなければ意味はない。

 さらに『買ってもらう』。行動させる力。信じても買わない人はたくさんいる。

 そして、買ってもらっても、詐欺で買わせては意味がない。継続客になってもらわないと。

 つまり『満足してもらう』。一番欲しい人だけに買ってもらえるような選別力。

 

 ここまでやって、ようやく一区切りというところか。

 でも、その間、お客は当然全部を待ってくれるはずもない」


「……」


「面白そうって思わないと、開いてすらくれない。手にとってすらくれない。

 開いても、一瞬でも、退屈だなって思ったら。信用出来ないって思ったら、嫌な気分になったら。

 『そこで終わり』。

 リカバリーなんて、ない。

 それが広告業界の『普通』だ」


 コーヒーはいつの間にか冷めていた。

 一気に飲み干す。


「普通だ。普通だよ。ごくごくな。

 少しでも嫌な気分になったら、最後まで読まないのは読者の我慢が足りない?

 なろう読者特有の現象?

 まさかまさか。

 誰だって、つまんないものなんて、読みたくない。

 私だって、読みたくはない。

 チラシなんて99%が丸めてポイ。

 今の時代は娯楽が無料でもたくさんあって、でも時間は有限で。

 ストレスを我慢し続けて読む理由なんて、全くない」

 

「なんか、壮絶っすね……」


「そんなに難しく考えなくとも良い。

 つまんないのは読みたくない、よく考えれば当たり前だ。それだけの話だ」


「まあバッサリ言えばそうっすけど」


「……少し話逸れるが。

 『序盤を我慢して読んでくれない』、というのに文句つけるのも同じだぞ。

 『最初つまらなくても、我慢してくれ』って

 言える場所や時代が、『普通じゃない』だけだよ。

 競争が激しくない間はそれでもいい。

 だが、競争が激しくなれば、そうも言ってられない。連載形式となればなおさらな。

 その結果、100のシーンのうち20シーンだけが面白い作品より、

 100のシーンがあったら100シーン全部面白い作品のほうがいいよねって。

 そうなっただけの話だ」


「全部面白いっすかー」


「そうだ。事実、昔の名作と言われてる本は、とっくにそうだな。

 最初から面白い。ずっと面白い。最後まで面白い。

 ストレスなんてない。いや、あったとしても、そのストレスすら面白い」


「面白いやつはストレスすら面白い!?あ、でもその感覚わかるっす!

 きっとあとで巻き返しが来ると思うとワクワクしたり、

 先が読めなくてジリジリするけど、そのジリジリが気持ちいいみたいなやつですよね?」


「そうだ。素晴らしい作品は頭も使わない。

 いや、これも正確ではないな。頭は使うこともある。だが、疲れない。

 人は、頭を使うのは好きだが、疲れるのは嫌いだ。

 名作は頭を使わせても、疲れさせることはない。

 頭をつかうことが楽しいと思わせる。

 昔から、人は、ストレスが嫌いで、頭を疲れさせるのが嫌いだった。

 何も変わってはいない。審査がより厳しくなっただけの話だ」


「はあ、昔から……そうだったんすねぇ……。

 あ!そういえば、映画とかも、面白いやつはずっと面白いかもっす!」


「そうだな。ハリウッドで面白い作品なんか、3秒たりとて退屈させまい!って

 いうような気迫を感じるな。そのぐらいテンポの激しい作品も多い。

 それは逆にいうと、退屈させたらお客は帰るし寝るしまともに見てくれないしってことでもある。

 まさしく、お客の質は、なろうとかと同じじゃないか?」


「そっかー……。あれ?でも、ハリウッドでは異世界転生とかそんなにないっすよ?

 読者の”質”が同じなら、とっくに流行っててもよくないすか?」


「お、中々良い質問をするな。だけど、それは前にいったように

 ”流行のタイムラグ”というものがあるのが1つ。

 もう一つは……。ストレス対策が1つではないからだな。

 おもにストレスに対する対策は主に3つある。

 知りたいか?」


「知りたいっす!」


「いいだろう。3つの内訳は……これだ。


 1つ.最初からストレスを与えないようにするか

 2つ.与えてもそれ以上のカタルシスがあるとチラつかせるか、

 3つ.ストレスそのものを楽しむことを目的にした話にするか。


 このどれかだ。後半になるほど難易度は上がる。Web作品に1が多いのも無理はない。

 高度になるほど、3つめによる。ハリウッド大作は1、2、3全てを使いこなす印象だな。

 だが、どれを選ぼうとも、『普通の』お客がストレスを嫌うことには変わりがない」


「結局、ストレス対策はどこでも大事にされてるってことすか?」 

 

「そのとおり。別になろう読者が特別ストレス耐性低いとかはない。

 そして、時代のせいでもない。未来永劫、ストレス対策は必要とされ続けるだろう」


 私は頷いて、言葉を続ける。

 

「あとはそう……異世界転生がなろうで流行る理由は、単にストレスがないとかだけじゃないからだな。

 もっと別に大きい理由があるのだ。語るとちょっと長くなるがね。

 まあでも今は、そういう異世界転生などのストレスフリーが流行るからといって、

 だから読者の”質”が悪い、なろうが特殊であるってことにはならないってことだけ、覚えてくれればいい」


「ちょっとでも悪かったら、見ないってのは、どこでも普通ってことなんすね!

 『なろう読者の質は、別に低くはない』んすね!」


「そうだ。正確には他の媒体の受け手と、大して変わらん。

 小説でも映画でも、それらの本質は、娯楽だからな。

 娯楽は楽しむためにあるのだ。

 楽しくないものに、マイナスのエネルギーなんか受けたくないのが普通だ。

 昔は終盤で帳尻合えばよかったかもしれないが、

 今は、序盤から面白くないと、ライバルに負けてしまう、それだけの話だ。

 でも、それは読者が変わったわけではない。

 読者は今も昔も最初からそれを望んでて、

 今、それが分かりやすく伝わるようになっただけにすぎない」


「時代は変わるんすねぇ~。

 あ、そういえば、俺似たようなの聞いた事あるっすよ!

 俺の文芸部の友人が、将棋やるんすけど。将棋も昔は、終盤が大事っていわれてたけど。

 今はどんどん研究が進んで、序盤からもう大事。

 序盤から強く打っていかないと、ライバルに負けちゃうって」


「ほう、将棋指しの友人がいるのか。中々渋い趣味だな。

 あれも羽生世代の登場以降、今はスマホ対局やAIの発達で一気に進化したからな……。

 そうだな。ジャンルは違えど、起きてることは同じだ。

 別に将棋のルールが変わったわけではない。『昔から将棋は実は序盤大事』で。

 ライバルとの競争の結果、それにようやく、気づいてきたっていう。そういうことだな」


「それも時代っすか」


「そうだな。

 そんな状態で、昔ながらの気分で、序盤は研究しなくていい。

 そんな棋士がいたらどうなるかな?恐らくあっという間にいなくなるだろう。

 天才的なほど、終盤力が高ければ別かもしれないが……例外だろうな。


 同じ理由で、タイトルやあらすじ。序盤を手抜く小説家がいたら……

 今を生きてくのは厳しいだろう。よほど天才的に終盤が上手ければ別だが。

 だって周りは研究してるんだからな」


「なんか厳しい世界すねー!

 俺読み専にもどっちゃおうかなあとかふっと……

 いや、冗談ですけどね!

 受け取り手でいるぶんには、めっちゃいい世界になってきてるってことなんでしょけど」


 ほむほむくんは、苦笑しながら、そんな弱音をはく。

 とはいえ、そんな不安はまったく絵空事なんだけどな。


「なに。その分、勉強するための手法も一気に加速している。

 将棋で強くなるのが、昔より今のほうが圧倒的に楽なように。

 個人的な意見をいえば、物書きも、昔より今のほうがある程度のレベルまでなら圧倒的に楽だろう。


 実際に、書き始めてすぐ書籍化したような作者もたくさんいるだろう?

 あれは、周りにお手本がたくさんあるからだ!

 情報収集できるもの、情報交換出来る場所も、昔とは比べ物にならない。

 ゆえに、君だってこれから一瞬で駆け上がる可能性は、大いにある!

 頂点となると、今も昔も変わらないだろうが……そんなのは途中からまた考えればいいことだ」


「そっかー。じゃあ、不安になる必要はないんすね!」


「一切ない!

 それに、さっきはああいったがな。

 全部の箇所が面白いなど、理想であるけど、言うは易しとやらだ。

 皆目指すけど、そこまで全部はできない。だから安心してもいいよ。


 だけど、それを目指すこと。それだけでも、アドバンテージではある。

 未だに、終盤さえ面白ければよい、最後まで読んでくれれば分かる、という人もたくさんいるからな。

 君が、序盤から力をいれれば、そいつらを一気にごぼう抜きできるだろう。

 なんせ、彼らは意識すらしてないってことが大いにあるからな」


「おお……意識するだけで勝てるんすか!

 それなら俺もできそうっす!」


「そうそう。『序盤から面白い』を目指すだけで勝てるぞ。

 少なくともそこらを手脱いてる大半の作者にはな」


 ちなみに広告の視点だと、序盤から面白くないと100%勝てない。

 『序盤つまらないですが、最後まで読めば面白いです』なんていうチラシなんて

 ゴミのような存在価値だろう。

 むしろ終盤なんて雑でもいい。序盤120%だ。


「序盤大事すか!それだけで勝てるんすか!」


「ああ、勝てる。序盤全力するだけで勝てる!

 しかもこの利点はこれだけじゃないぞ。

 もし、全力を傾けた序盤でダメなら、またやり直しもできるんだ。

 あとで全力だす、っていうより、よっぽど傷が浅くてすむ。

 つまり、勝てる上に、何度も何度も挑戰しやすいんだ。

 だからあえていおう。これぞ、弱者の戦法だと!」


「うおおおおお!なんかやれそうな気がしてきたっす!

 ごぼう抜きっす!燃えてきたんで、今から帰って書くっす!

 師匠!今日もありがとうございました!」


 そういうがいなや。

 彼は私の家を飛び出て、うおおおおおおお!と叫びながら遠ざかっていった。

 ……。

 うーん。私が高校のころはあんなアグレッシブな物書きにはついぞ出会わなかったな……。

 さすが基本は運動部なだけあるか。


 やれやれ。

 でもまあ、そうすると次の相談はあの場所になりそうかな……。


 なんてったって。

 そう、タイトルは、セールス文の中でも一番悩む場所だからな……。

 

 もう既に姿が見えなくなった道路を窓ごしに眺めると。

 私は鍵をかけに階下に姿を消していった。

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