第6話 非テンプレが受けないのは読者のせい!……ってあいつが言ってました



「~というわけで、僕の作品が”なろう”で受けないのは、読者の”質”のせいだと思うんす!

 如何っすか、師匠!」

「 死ね 」

「あふぅッ!……酷いッ」


 何を言い出すのだこいつは。


 そこはある晴れた午後の日。とある一軒家の一室の中の出来事である。

 私は、いつもどおり世迷い言を話しだした眼の前の少年を、二文字で切って捨てた。

  

「それと何度もいうが、師匠はよせ。氷室(ひむろ)さんでいいといってるだろう。親戚だし」

「いやでも師匠は師匠ですし」

 

 少年は自失しながらも条件反射のようにそう答えた。

 「何がおかしいの?」と言わんばかりの表情とセットである。

 なんでコイツはこんなに師匠よびにこだわるんだろう?


「あのな……火村(ほむら)君よ。私は別に君から金を取ってるわけでもないし。

 曲がりなりにもプロのコピーライターとして、私なりに思うことを伝えてるだけだ。

 そもそも、師匠を許容すると、君が弟子ということになるが。

 君、コピーライターになりたいのか?」

「いえ、俺は小説家になりたいんで。全く。全然」

「……普通弟子って師匠と同じ道を歩みたくてなるものではないのか」

「いえ!でも師匠と弟子って、なんか憧れる関係じゃないですか!

 僕、師匠って呼べる人が欲しかったんで!それに名前も対比でカッコいいし」

「本当に呼びたいだけじゃないか!」


「いや、そんなことはどうでも「どうでもよくない」いいっす!」


 私の声が途中で割り込まれるが、気にせずやつは続ける。

 こいつ本当に私に敬意持ってるんだよな?


「いやそのあれですよ!それよりも、さっきの話!

 『死ね』って酷くないですか?俺そんな間違った持論言ってるわけじゃないと思うんすけど。

 それに、俺だけじゃなくて、俺以外にも結構言ってる人いることっすよ。

 さらにあれだ。師匠って、今べつに、現役で作家やってるわけじゃないっすよね?

 師匠が小説書いてたのって昔だったはずだし」


「まーそうだな。大分前の話だ。今は私は書いてないし、

 なろうにも別に通いつめてるわけではない。

 君と話すようになってから、多少は見たり、調べるようにしたが」


「む。じゃあやっぱり今のことあんましらないんじゃないですか。

 それなのに、そんなに読者について強く言えるんすか!? 」


「それは言えるさ。コピーライトも小説も、文章で人気をとるということは変わらないからな。

 どの業界も、真理というものは大体共通するものだ」


「むうう……!」


「それに、参加してなくとも前回のように

 調べるだけで見えてくる真実というのは多分にあるものだ」


「そうかもしれないっすけど……」


 不服そうだな。


「……まあいい。そこまで不満があるなら、

 じゃあ、もう一度言ってみたまえ。さっきの論とやらを」


 長くなりそうだな……。

 そう思いながら、電子タバコのスイッチをいれる。

 今日もいちご味だ。

 ふぅ……。この一息が心地よい。


「ええ、いいっすよ。

 あれっすよ。『小説家になろう』……ここは、凄い特殊な環境だってことっすよ。

 ランキングを見ればわかります。

 あの後、俺もデータみたりしたんすよ。

 で、思ったのは、ここの読者は、かなり”変”だと想うんすよ。

 毎回同じようなパターンだの、テンプレだの。

 チートやハーレム。俺TUEE。悪役令嬢。転生転移。

 そればっかりうける。俺は『なろう』を見だしたのは

 ここ1年すけど、流石に似たようなのばっかりってことわかりますよ」


「ふうん?でも君もそういうのに惹かれて読み始めた1人じゃないのかね」


「うっ……!な、何故それを知って……!

 い、いや、まあそうすけど。今は違うっす。つかそれはまあおいといて!

 問題はですよ。師匠。そういう作品の特徴として、あんまり頭を使わないのが多い……

 っていうか、読者をバカにしてるんじゃ?って思うのが多い!ってことすよ。

 こんなの、『普通』だったら、人気でないと思うんすよ!」


 『普通』ってどこのこといってるんだ。

 内心で私は突っ込んだ。


「でも実際人気あるだろう」


「ええ、ええそうなんすよ。

 しかし、それだけじゃあないっす。それだけならまだよくて。

 問題は、他の『真面目な作風』の作品が受けないってことなんすよ!

 

 これは何故か?

 これは俺が考えるに、読者はきっと、頭使わない作品ばっかりに慣らされて

 ついでに、そういう作品を好む層が集まったせいで、

 もう、読者は頭を『使えなくなった』人しか

 集まってこないし、いないんすよ……!」


 少年は立ち上がり、部屋の中を両手を上げ下げしつつ、歩きながら語り出す。

 テンションあがってきたらしい。


「へー」


 私の方は逆にだだ下がりだが。

 さがったテンションを吐き出すように、煙を吐き出す。


「そうするとどうなるか!

 難しい作品が、受けない!頭を使って、ひねるように、推理して楽しむような作品や。

 重く、重厚なテーマを扱った作品。あるいは深く隠された設定を読み解き、

 行間を感じ取るような作品が受けなくなるんす!」


「つまり?」


「俺の作品が受けないのは読者のせいっす」


「やっぱ死ね」


「やっぱ酷ゥいッ!俺が一生懸命説明した甲斐は一体どこへ!?」


「やれやれ……まあ、そうだな。

 確かに、1理ないこともない」


「あ、やったー!ですよね?」


「だが、9理ない!」


「うぐッ……」


「つーかあれだろう。どうせそれ、また、ネットの意見に影響されたんだろう。

 君、影響されやすいからな」


「うっ、い、いやあ……やだなあ。ははは。

 じ、自分で考えた意見っすよ。うんうん」


「本当かなぁ?どうせなんで人気ないんだって愚痴って、

 そういう答えが返ってきたから飛びついたとかじゃないのかなぁ?」


「うう……なんでそんなに見てきたように……ッ。

 ハッ!やはり師匠はエスパー……ッ!?」


 目が泳いでるぞ。本当こいつは考えがわかりやすいな。


「まあ、どこからの意見でも構わないけどな。

 よろしい……。いいかい。ほむほむくんよ」


「ほむほむ!?なんすかその某魔法少女な呼び名!

 いや、別にいいっすけど!」


 なんか喚いてるがガン無視だ。


「いいか、曲がりなりにも、私の弟子を自称するなら、よおく次の言葉を覚えておくんだ。


 『商品が受けないのは、100%、作り手の責任だ』


 これはコピーライト……いや商売の鉄則だ。

 なろうといえど、人気を求めればそれは本質は商売と変わらない。

 売れないのはお客のせい?否、否、否だ。

 問題は常に作り手の側にある。

 まあ、君の界隈の言葉に直すと。


 『作品が受けないのは、100%、作者の責任だ』


 ということになるな」


 まー、この子がいかなる思想を持っててもいいが。

 それとセットで私の弟子を名乗られても困る。

 もっとも、ここの外ではそんなに吹聴してないそうだが。


「ひゃ……ひゃくぱーせんと、っすか?

 あの……流石にそれは言い過ぎなのではないかと思うっすけど……」

「……そうだな。確かにいいすぎたかもしれん。

 正確には、『受けを狙って受けないのは、100%、作者の責任だ』だな」

「あんま変わってないっす!」


「何をいう、十分に変わっている。

 まず言うが、そうだな。

 100歩譲って、仮に『なろう読者の質が低い』としようか。

 ここでいう質が低いとは、真面目な話を嫌う、難解な話が分からない、という定義としよう。

 では、そんな質の低い読者がいるとわかってる、なろうで書くことを選んだのは、誰だ?」


 コンコンと、電子タバコで机の角を叩く。


「え?」


「え?じゃないよ。

 君がなろうで書くのは仕事か?義務か?依頼か?お金で誰かに命令されたのか?」


「いやあ、まさか。もらえるなら貰いたいっすけど!

 それは勿論趣味すよ。あわよくばワンチャン書籍化しないかな?とかもありますけど。

 今のところは趣味っす。書きたいから書いてるっすよ」


「そうだな。そのはずだ。

 つまり、なろうで書いてるのは紛れもない君自身の意思。

 誰に強制されたことでもない。

 低レベルな読者しかいない、とわかってて、難解な話を書いたなら。

 それはそこを選んだものの責任だろう。

 そして、仕事などではなく命令者がいない以上、作者自身の責任だ」


「え、えぇっ!それは極論では……!

 そ、それに、後から気づいたってこともあるっすよね?その場合は?」


「ランキングをざっと眺めるだけでも傾向はつかめるだろう。

 そんなものもサボってるなら、やはり作者の責任だし。

 眺めた上で分からないなら、それもやはり能力も含めて作者の責任だ」


「うぬぅ……」


「ちょっと難しかったかい?

 そうだな……。なろう読者でわからないなら、仮に幼稚園児に例えてみるか」


「幼稚園児!ぷふっ、師匠も辛辣な例えをしますね!」


 こいつに分かりやすい言葉に置き換えただけで、私自身が思ってるわけではないんだが……。

 まあ、いいけど。


「……。ではここでさらに質問だ。

 ほむほむくんよ。もし君が、幼稚園にいって、園児を楽しませる役目を、私から与えられたとする」


「またほむほむ!?

 いや、それより、師匠からの直々の命令だったら、俺は頑張ってこなしちゃいますよ!」


 ほー中々可愛いことをいう。


「で、君の手元には、DVDが4つある。

 1つは『水戸黄門』。1つは『プリキュア』。1つは『妖怪ウォッチ』。1つは『難解数学の証明講義』だ。

 どうする?」


「ん~そうっすねえ。女の子にはプリキュアを見せて、男の子には妖怪ウォッチかな?

 部屋を分けられないなら、妖怪ウォッチだけにするかもしれないっす!」

    ※この世界ではまだウォッチはブーム中です


「ほう。ほぼ満点の解答だ。

 では、もしここで、水戸黄門や難解数学講義を見せる人がいたらどう思う?

 うけると思うか?」


「いやあ、うけるわけないっすよ!何考えてんすかそれ!て思うっす」


「もしそれを出して、受けなかった場合、それは幼稚園児が悪いっていうか?」


「いや、どう考えてもそんなの見せるほうが悪いっすよ!

 そもそも数学が何かがわかんない年齢じゃないすか!

 100%寝ますよ!あるいは暴動ですよ!

 ……って、あれ?うーん……。

 そういうことなんすか?」


「そういうことだ。

 もし、ここで君が『難解数学』のDVDしかもってないのに、上司に、幼稚園にいけ!と言われたら

 それは上司が悪いだろう。上司をバカだのアホだのいうだろう。

 だが、実際には上司とは君自身のことだ。

 君は君の意思で、幼稚園にいくことを選んだ、であれば、その客層レベルに文句をいうのは

 全くもってお門違いだ。低レベルが嫌、じゃあいくなよって話だ。行ったあとで文句をいうんじゃない」


「な、なるほど……」


「これはコピーライトの基本でもあるけどな。

 客層を調べて、それに合わせるというのは。

 ……そういえば前、依頼を受けたときの話だが、子供向け英会話教室のチラシを作りたいという話で

 全部ひらがなで書かれたチラシの草案を見せられたことがあってな。

 なんだあれは。子供向け教室に金を出すのは親だろうが。

 本当の客層を分かってないからこんな……」


「師匠!話が暗黒面にそれかけてます!師匠!」


 ハッ。いかん。つい心の声が。


「……まーそういうわけで、ほぼ全ての作者は、自らの意思でなろうにいることだろう。

 強制ではなく、『選択』してそこにいるはずだ。

 であれば、相手のレベルに文句いうのは、お角違いだ」


「確かにそうっすけど……」


 まだほむほむ君はぶつくさいってる。

 ちょっと納得いってない感じかな。 

 仕方ない。もう少し説明するか。


「大体だね……。

 作者は、『どこで書くかも選べる』し。

 『何を書くかも選べる』はずだろ」


「まあ、そうっすね」

 

「一方で読者はそれらを作者に強要することはできない。

 感想を通じてお願いぐらいはできるけどな。強制力なんざ皆無に近い。

 もし、作者に対し『△△で、○○を書きなさい』っていう指令書があるなら、

 売れないときは、そいつの責任だということはできるだろう。でもそんなものはない」


「むむ……ッ」

 

「『権力の強さ=責任の強さ』というのが私の持論でね。

 作者には全ての自由がある。

 よって、全ての責任も作者に準ずる、というわけさ」

 

「な、なるほど……!

 あ、でも師匠!それって、相手が幼稚園だ!ってわかってるからの話っすよね?

 これ、分かってなかったら、大惨事じゃないすか?

 場所の『選択』ができないのは勿論、変なものを与える可能性も……!」


「おっ、なかなかやるじゃないか。いい着眼点だ。

 その通り。大惨事だよ。

 というわけで、レッスン3『お客を知る』だ」


「お客を知る……!

 レッスン2は、己を知る、だったっすよね?」


「そうだ。それと同じぐらい大事だ。

 『お客を知る』というのは、とてもとてもとても、とーっても大事ということだ。

 大抵の作家は『己を出す』ことにのみ集中してるが……

 ハッキリいうが、お客を見ずして受けるなど、宝くじを狙って当てに行くようなものだ」


 ここは、重要なとこだからな……。

 私はこいつが理解できるよう、数拍おいてから、続きを語りだす。


「『お客を知る』事をしないと、絵本を大学教授にみせたり

 難解数学を幼稚園に持ち込む事をするハメになる。

 そんなことをして誰が幸せになれるというんだ?

 これを、ターゲッティングと呼ぶ人もいるな。

 コピーライトの世界でも、『一番大事』と言ってもいい概念だよ」


「『お客を知る』……!ターゲッティング……!師匠……!

 なんか俺、すげー頭よくなった気がします!」


「お手軽な頭で何よりだ。本当はもっと長く語る必要がある場所だけど……

 まあ、まずは、そこだけ分かってくれればいい」


 ターゲッティングについて詳細に語れば本が三冊あっても足りない。

 もちろんそんなことをすれば、こいつはのび太くんの速度で寝るだろう。

 

 今は『お客を知る』が死ぬほど大事だと分かってくれただけでよしとしよう。



 

 だが、実際の話、例えば商品が良ければ勝手に売れる、と思ってる人はとても多い。

 もちろん一面では正しい。なんとも職人的な意見ではあるが。

 しかし現実にはそれは『誰にとって良い商品か』『その商品をどこにおいたのか』

 というのが抜けていると、とんでもない不幸を引き起こす。

 

 痩せ気味で苦しんでる人に、どんな素晴らしいダイエット商品を渡しても評価なんぞされない。

 いやむしろ怒りすら引き起こすだろう。

 ジムにプロテインを置けば売れるだろうが、本屋に置いても困るだろう。

 だが『己を出す』ことのみに集中してる人は、おうおうにしてこの手のことをやってしまう。

 自分の全てをだして、それで受け入れられない苦しみは地獄だというのに。

 何故受け入れられないのかと、自分の中に原因を求めすぎる。しかし全ては相手あってこそだ。

 

 ありとあらゆる人が均等に集まる場所なんてないからな。場には必ず何かの偏りがある。

 偏ったものと、真逆のものをだせば『勝手に売れる』なんて一生待ってもありえない。

 逆にハマっていれば、多少不出来だろうと飛ぶように売れる。

 ここも、いずれは伝えていかないといけないな……。


 ふぃーッと煙を吐き出し、そんなことを考えた。


「あ、でもでも師匠!そうするともう一つ疑問があるんすけど!」


「なんだ?」


「相手のレベルに文句いうのがお角違いってのはわかったっす。

 でも、常にそのレベルに合わせた手札を持ってるとは限らないっすよね?

 さっきみたいに、『難解数学』や『水戸黄門』しかDVD持ってない人はどうなるんすか?」


「おぉう?良い質問だ。質問にはそいつのセンス全てがでる。

 ほむほむくんとは思えんな」


「え?そうですか?へへへ。

 それって、なろうでいうと、真面目な話、しか書けない人っていうことになるすけど、

 そういうのも、その人の責任、になるんですか?

 どうですか!?この重いテーマ!」



「なるよ」




「思った以上にバッサリ!!

 ええっ、酷くないすか?

 割りと重いテーマになりそうだと思ったのに!

 その人、真面目な話、しか書けないんすよ!」


「だってそんなの、それしか書けないのが原因だろ。

 他の話を書くスキルが足りなかった。能力不足だった。そりゃ作者の責任だ。

 悪いとまでは言わんがね。

 ただそれだけの話だよ」


「で、でも……そんなこといっても。幼稚園じゃなければ、受けたかもしれないんすよ?

 めっちゃレベルが高い話で、凄く高尚で有益な話なのかもしれないのに?」

「じゃあ、場所を移動すればいい」

「そこでしか発表場所がなかったら?」

「幼稚園児にも分かるように、作り直すしかないだろう。

 例えば水戸黄門なら、可愛らしい森のくまさんうさぎさんにキャラを置き換えるとか」

「作り直す能力がなかったら?」

「勉強しよう」

「作り直す時間や労力がなかったら?」

「なんとか捻りだそう」

「作り直したくなかったら?」

「甘えるんじゃない」

「バッサリっすね……」


「そりゃあね」


 もし私の仕事で、売れるチラシ製作を頼まれて、難解な文章でチラシを作って。

 これが受けないとしたら、お客が悪いですよ。私悪くないですよ。とかいってたら

 私の仕事は明日からはなくなるだろう。

 もっとも、これが依頼でもなんでもなく、自己満足の趣味であれば問題はないが……。 


「別にウケたくない。無理に読まれなくてもいい。っていうならそれでもいいさ。

私も趣味で書くことを否定する気などない。

 感想欄を拒否する、PV0でも気にしない、

 純粋に自己表現・自己満足としての小説、それも別にいいじゃないか」


「あ、自己満足はいいんすか。それは肯定するんすね」


「否定する必要がないからな。それに……」


 再び煙を吐き出す。


「それに『時代・環境にあってないだけ』というだけで弾かれる

 『評価されない名作』は確かに存在する。

 良い例が二次創作とかだな。パイ的に絶対に広く受けないし

 まず書籍化やまともな商業展開も不可能だが、それでも確実なる名作はあるし、

 その分野限りの天才は存在する。

 でも、前提でいっただろう。『ウケたいなら』と。

 運が悪かった、時代が悪かった、それだけではその先には何も光がない。

 超ドマイナー二次創作なら名作書けるのにと嘆いたところで、何が変わるわけでもない。

 ウケたいなら、作者としての器を増やすしかないね」


「でも、なんかあえてレベル落とすのって、読者に負けた感がないっすか……?

 妥協するっていうか……」


「おいおい。ほむほむくんよ、何言ってるんだ。

 まるで聞いてると、レベルを落として話すことは簡単に聞こえるが?」


「違うんすか?」


「超真逆だ。まあレベルを落とすということを、分かりやすくする、という意味だとする。

 だが、『分かりやすく話す』ということはとてもむずかしい」


「そ、そうなんすか?」


「そうだ。少しむずかしい話になるから、無理して覚えなくてもいいが。

 本当にレベルの高い人というのは、複雑な話をシンプルに語れる人のことをいう。

 この高いところと低いところの『往復』が出来る人のことをいってだな。

 この『高低の幅』がでかいことが、一番ステージが高く……、

 これを、抽象度の往復といって……」


「あの、師匠。ちょっとよくわかんないっす」


「……とまあ、こういうわけだ。

 難しい話を、難しいままに語るというのは、実はそんなにレベルが高くない。

 難しい話を、バカでも分かるような話を書ける作者こそ、もっともレベルが高い、という話だ。

 そして、作品というのは意識しないでおくと、どんどん難しくなるものだ。

 私とて、そこのジレンマとは日々戦いだ。

 だが、覚えておくといい。『分かりやすい』は小説で最大優先すべき条件だと」


「そうなんすか?意識しないとそんなに難しくなるもんすかね?」


「作者と読者のもつ情報量は違うからな。気づかないうちに説明を端折ったりしがちだ。

 だが覚えておきたまえ『分かりやすさは正義』だ。

 もし終始分かりやすい話があったら、作者は相当気を配ってると考えて良いよ。

 そしてそれは見た目よりもかなり難しいことだ」

 

「そうなんすね!

 なんか、分かりやすい話みると、俺でも書けるって思いますけど」


「それは短絡的すぎるな。

 だがそれは絵本をみて、作者は小学生レベルだと思うようなものだ。

 勿論、逆だな。高度なレベルで話を作れる人の可能性のほうがよっぽど高い。

 同様に、異世界転生お気楽チーレム系だからといって、作者のレベルが低いとは決して限らない。

 むしろ人気作家の場合、本質的に面白い話をつくれる作家である可能性のほうがよっぽど高いな。

 表面の文章やジャンルだけで、作家としてのレベルは測れないね」


「え、じゃあ、師匠は、異世界転生チーレム系とか、悪役令嬢系とか。

 その他お手軽無双系とか、なんとかみても、見下したりとかしないんすか?」


「しない。する必要がないからな。

 むしろ真剣に客層をみていて好ましいぐらいだ」


「あんな簡単にウケてるけど、中身薄いじゃん!面白くないじゃん!

 そんなに筆力ないじゃん、ジャンルウケだけじゃん!とかないんすか?」


「ない。私はそもそも筆力基準で物語の良し悪しを判定してないし。

 それに軽い作品も好きだし」


「そ、そうだったんすかーーーッ!

 俺、師匠もまじめ系の作品が好きなんだとばっかり……!

 そんで、異世界転生チーレム系とか書いたら、なんか、

 師匠に作家として低く見られるかと思ってたりしてたっす!」


「……何だ、私の評価を気にしてたのか?」


「え、ええ!だって師匠に『あー火村くんはレベル低いなー浅いなー』とか思われてたらショックなんで!

 ちょっと、レベル高いふうな作家であることを、ちょっと示してこようかなと!」


「心配ない。そう思う次元はとっくに通り過ぎて今更落ちようもない」


「酷ゥイ!!!いや、でも逆に考えれば、こっから上昇しかしないということ……!」


「……時々、その鋼メンタルが心底羨ましくなるわ」


 しかし、そういうことか。

 段々つながってきた。

 

「……ふん。あれか。要するに君、多分『真面目っぽい作品』を書いてみたんだな?

 なんかカッコいい作家的な雰囲気を求めて」


「ギクッ」


「そんで、人気が出なかったと」


「ギクギクッ」


「それを、読者のせいにしようとして、わけわからんことを急にいいだしたのか」


「ぐはあああっ!な、なぜそこまで……!

 や、やはり師匠はエスパーだった…………!?」


「君の短絡的な思考に慣れてきただけだよ」


 いやあ、変だとおもった。

 だってこの子、基本的にお気楽チートハーレム好きなはずだからな。

 真面目な話を書きたいという欲求自体そもそもないはずだし。

 

 まあ、私の評価が欲しくてやったというところに、

 多少の可愛さを見出さなくもないけども。


「じゃあ師匠!俺はこのままずっと異世界書いててもいいんすね!

 それでも、師匠は俺を見限ったりしないんすね!」


「少なくとも、高尚だの低俗だのでは見てないから安心しな。

 そもそも作品に、高尚だの低俗だのは本来ないんだ。

 小説とは本来単なる娯楽なのだからね」


「はい!!今度からは、思う存分、好きなのを書きます!

 そんで、読者のせいには、二度としないっす!」


「そうだな……。少なくとも私の弟子を自称するなら、そうしてほしいものだ。

 その台詞をはくぐらいなら、即座にその場所を移動することだ。

 それか、その場所に適応すべく努力を重ねるんだな」


「はい!頑張るっす!」


「良い返事だな……。まあ、その意気を長く持ってほしいものだ」


 やれやれ……といったところかな。

 まあ、読者のせいにしてるうちは、作家としての実力も上がらない。

 作家100といった理由は、実はそこもでかかったりもする。


 実際は売れない事に関しては、時代の流れや、運といったものも本当は絡む。

 が、まあ、これは強調しなくていいだろう。やる気に水をさすこともない。

 こいつは私とは全く違ったタイプの作品を作れる可能性がある。

 その時期がいつになるやら、実に楽しみだ。


「では、まだ時間はあるし、お互い執筆にでも入ろうか。

 ああ、コーヒーでも飲む?それともココアがいいかい?」


「ココアが飲みたいっす!

 ……つか、師匠。なんか、師匠が作るからみたいな空気だしてるけど、

 それ作るのいつも通り俺っすよね?」


「当たり前じゃないか。ぎぶアンドていくというやつだ。

 知識とは本来有料なのだよ。

 それに、君は、私が料理とか掃除とか細々しくやると思っているのか?」


「いえ……全く思ってないっす……。

 むしろ雑すぎるんでやらなくていいです……師匠の入れたやつって不味いし……

 超手抜きで作るし……」


 何やら諦めた顔をして、ため息をつきながら、立ち上がって台所に向かっていく。

 君が学生のくせに味に拘りすぎなだけだと思うがな。

 あとため息をつくと、幸せが逃げるぞ。


「あ、そうだ……そういえば師匠」


「なんだ?」


「実際、なろう読者の”質”って、低いんですかね……?

 師匠は、仮とはいえ、幼稚園に例えて今喋ってましたけど……。

 ほら、師匠『お客を知る』が大事って言ってたじゃないですか?

 実際、どうなんかなって!」


「ほう」


 あれがたとえだと一応理解してたのか。ほめておこう。


「ほら、師匠って、プロのコピーライターでしょ?

 っていうことは、一般人にたくさん文章を見てもらってるわけじゃないっすか!

 より、客観的に意見が言えると思うんすよね!」


「ふーん……まあ、良い質問だ!

 ふむ……じゃあ、次は『果たしてなろう読者の質は、どの程度低いのか?』

 そこを答えていこうか。お望み通り、プロのライターとしてな」




――――――――――――――――――――――――――――――

裏情報……氷室姉さんは、味オンチではないけど、

     旨くするためのごく僅かな手間ひますら惜しむ、面倒くさがり派です

     納豆の醤油の袋すら割くのを面倒がるタイプ



9700文字

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