黄色い四つ、白く湿る
雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞
さぁて、どこからお話ししましょうか……
これは、聞いた話なんですがね──
都市伝説といいましても、ピンキリでございまして。
このピンというのがポルトガル語の『点』──そこから転じてサイコロの一の目。
キリといいますのがキリスト『十』字架で、十。
つまりは一から十まである──というのも、都市伝説の類でございます。
さて、ご当地柄、私の住んでいますところには、防空壕というのが県内津々浦々にありまして。
ええ、そのうち、危険でないものは、子どもが遊び場に使っていたりするんです。
さて、夏のある日のことでございます。
ある少年が、山でカブトムシをつかまえておりあした。
自由研究にでも使うつもりだったんですかねぇ、とにかくカブトムシが欲しかった。
しかし、その日に限って見つからない。
少年はどんどん山の奥に入ってしまう。
気が付くと、すっかり見覚えのないところまで来てしまった。
さすがにまずいと思って、少年はきた道を引き返そうとしたんだそうです。
そこに、穴が開いていた。
山の斜面にですよ、こう……洞窟というには背の低い穴が開いているんです。
もちろん、来たときそんなものはありはしなかった。
穴の奥からは、ひんやりとした風が漂ってくる。
どうも怪しい。
少年は首をかしげるんですが、ふと思い出すわけです──これが防空壕じゃないかって。
ふだんはもちろん、危ないから近づいてはいけないと言われているわけですよ。
しかし少年は、ちょうど、駄目だと言われればやりたくなる年ごろで。
どれ、ちょっと覗いてみようか。いい塩梅なら、ひみつ基地にしてやろうかと、そう考えたわけです。
それで、すっかりカブトムシのことなんか忘れて、少年は穴の中に入っていくんですね。
穴に入ろうとしたとき、奇妙な感触があったそうですよ。
薄いところてんを突き破るような、そういう鈍い感触。
首をかしげながら振り返りますが──当然なんにもない。蜘蛛の巣かなにかだろうと勝手に納得して、少年は奥に進みます。
穴の奥からは、やっぱり薄ら寒い風が吹いている。
夏の日ですから、それはありがたいもののはずだったんですが、どうしてか少年は鳥肌がとまらない。
それでも好奇心に突き動かされるまま、奥へ奥へと進んでいく。
いやぁ、おかしな話ですよ。
いくら防空壕だって言っても、そんなに深いわけがないんですから。
ずいぶん進んだ頃、もう引き返そうかなぁと少年が思いはじめたころ、ようやく突き当たりが見えてきた。
なぁんだ、大したことはなかったなぁと、少年は強がりとともに、胸をなでおろしました。
ところが。
そこに、なにかがあるんです。
よく目を凝らせば、どうやら縦穴らしい。
地下へと続く穴が、ぽっかりと口を開けているんだそうですよ。
なんだろうと思って、近づいてみる。
穴の縁に手をかけて、中を覗き込む。
──深い。
真っ暗な闇が、一面に広がっている。
たまたま持っていた懐中電灯で、少年は穴の奥を照らしたそうですよ。
目が合った。
ぬたぬたと奇妙な照り返しをする、きいろい目が四つ。
彼を、穴の底から見つめていたそうです。
「わっ!」
と声を上げて、少年は尻もちをついた。
その拍子に、懐中電灯は穴の奥に転がり落ちてしまう。
次の瞬間、
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
──と、怖気が走るような、この世のものとは思えない叫び声が聞こえてきて。
ええ。
恐ろしくなって、少年は逃げ出してしまったんだですね。
必死で走って、山の中を駆けて。
どうにかこうにか、家に帰りついた。
それで、父親や母親にその話をしたんですが、誰もまともに取り合ってくれない。それどころか怒られる。
少年は意気消沈して、うなだれるんですが。
ただ……お爺ちゃんだけは、耳を傾けてくれたんですねぇ。
そうしてただ一言、こう言ったそうです。
「それは、オカクレだ」ってね。
穴から出るとき、最後に少年は振り返ったそうなんですよ。
そのとき、見えてしまった。
縦穴から、ひしりと張り付くような質感をした、湿った白いなにかが這い出して来るところを。
ええ、聞いた話ですよ。
私のこの話をした時、彼は怯えた様子でこう言っていました。あれは目ではなくて。
「まるで、十字架のようだった」──と。
……おあとがよろしいようで。
黄色い四つ、白く湿る 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます