ごんぎつねと兵十の愛

にょんギツネ

第1話(これで完結です)

 昔々、ある村に青年が体の弱い母親と共に暮らしていた。青年は母親のために時折森の中に食料を得に行くが……青年では分かりにくいな。仮に俊明としあきとでも呼んでおこう。

 俊明は森のさちを探しに行くが、まだ初秋しょしゅうなのに急に木の実も獣も見かけなくなってきた。不思議に思った俊明だったが、原因を探っているような暇もなく、秋は深まり徐々に冬へと近づいていく。


「すまない、おっかさん。どんどん森で食べ物が取れなくなってきたんだ」

「いいんだよ。俊明としあき

「ぼくが不甲斐ないばかりに……」


 それからさらにしばらく経ち、彼は森から得られる食べ物が増えることもなく、原因もわからないまま冬が訪れた。森や村が雪におおわれるまでの間も森の中を探索していたが、そのに時ちらりと視界の端に黄金こがね色の影がかすかに見えたくらいだ。

 結局、そのまま森は雪に閉ざされ彼は冬ごもりすることになったが、寒さにやられたのか母親はどんどん弱り次の年の春を迎えることなく亡くなってしまった。

 母親を亡くして悲しみに包まれながら働くこともなく暮らしていた俊明。もちろん家に引きこもっているせいでどんどん食料が減っていく。しかし食料の減り方が男一人が暮らしているにしては遅い。彼が不思議に思って食料庫を観察しながら日々を過ごしていると、たまに食べ物が増えていることがあることに気が付く。さらにしばらく観察していると、金色の髪の娘が食料庫にこっそりと忍び込んで食べ物を置いていっていた。

 俊明がお礼を言うためにか娘を捕まえると、驚いた様子の娘の頭や腰から髪の毛と同じ色の――狐のようなそれが生えた。目を見開いた彼は娘の尻尾や頭の上に生えた大きな耳を見つめると、娘は困惑した顔で尻尾を揺らしどこか怯えたように俊明を見返す。


「なぁ、おまえ。おまえがこの食料を持ってきたのか」

「そうです」

「なぜだ」

「実はおれはあなたに謝らなければいけません」


 申し訳なさそうに見上げてきた娘に、今度は俊明が眉を寄せて狐の娘を見つめる。


「おれの悪戯いたずらであなたを悲しませてしまいました」

「悪戯? どういうことだ」

「あなたがいろいろと表情を変えるのを見るのが好きで、森で何度も食べ物を隠し動物を追い立てました」

「するとおまえが森で見かけた金色の影なのか」

「そうです。あなたを森で見なくなって、あなたの家を見に行くとあなたが嘆き悲しんでいるではありませんか。このままではあなたが弱ってしまうので食べ物を持ってくるようにしました」

「……おまえ、気がついていないのか」


 怒りをにじませるような鋭い視線を送る俊明に、狐の娘は困ったように首をかしげる。


「ぼくの母が死んだのだ」

「あなたのお母様が」

「そうだ」

「しかしあなたが怪我をしたりお腹をすかせたわけではないのでしょう?」

「おまえっ!」


 狐の娘の言葉が母親の死で傷ついた心に触れてしまったのか、肩を掴みそのまま押し倒す俊明。


「そうすればあなたは喜びますか」


 恐怖も嫌悪も見せることがなく、透明な瞳で俊明を見返す狐の娘。


「あなたのお母様が亡くなったことでどうして悲しんでいるのかはわかりませんが、それであなたの心が癒やされるならば構いません。どうぞおれを抱いてください」

「おまえは……」


 一切動じずに俊明を受け入れようとした狐の娘に我に返ったのか、体を戻して狐の娘を開放する。


「母親はいないのか」


 先程の行動とまるっきり変わって気を遣ってきた男をじっと観察する狐の娘だったが、自分のことに興味を持ってくれていることに気がつくと嬉しそうに微笑んだ。


「いません」

「父親は」

「おれに両親はいません。小さな頃から一人で生きてきました。でも、おれはあなたを見ていると楽しいです」

「……おまえも、一人なのだな」


 と首をかしげる狐の娘。


「ぼくと暮らさないか」

「なぜです? よろしいのですか」

「それは……」


 視線を外し、数秒ほど黙り込む男。


(この娘は人ではないだろうが、心を学ばねばならぬ)


「何でもいいだろう。一緒に住んでみないか」


 花の咲くように笑う狐の娘。


「はい。お世話になります」

「そうか」


 ふと、俊明は何か思い出したかのように考え込み、数秒ほど悩んでいたようだったが口を開く。


「今更だが……おまえ、おなごなのにぼくと一緒でいいのか」


 狐の娘はきょとんとした顔をしていたが、何かを念じると煙に包まれる。再び煙が晴れるとそこから若いオスの狐が出てきた。


「問題ありません。あの姿は仮初かりそめのものでしたから」

「おまえ……おのこだったのか」

「はい。これで間違いはおきません」


 俊明は呆気あっけにとられた顔をする。


「ははは。……また騙されてしまったな。これからよろしく頼む」

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