【小説】『電気じかけのクジラは歌う』を読みました。妙にクリティカルヒットした作品だった

2022年5月2日






 前回は、いい感じのSF作品を見つけたものの読む前に同じ作者さんの積読を解消しよう、として感想を書きました。で、今回は満を持して見つけたいい感じのSF作品について。


 タイトルは『電気じかけのクジラは歌う』です。








  書籍情報



  著者:逸木 裕


 『電気じかけのクジラは歌う』


  講談社 講談社文庫より出版


  刊行日:2022/1/14



  あらすじ(Amazonより転載)

 人工知能の作曲アプリ「Jing」により作曲家が絶滅した近未来。元作曲家の岡部の元に、自殺した天才・名塚から指をかたどったオブジェと未完の傑作曲が送られてくる。彼の残したメッセージの意図とは――。名塚を慕うピアニスト・梨紗とともにその謎を追ううち、岡部はAI社会の巨大な謎に肉薄していく。








 人工知能と言えば現代でも囲碁や将棋AIなどがプロ棋士を負かしたり、あるいは何年か前に人工知能が書いた小説が文学賞の一次審査を通過したり、そのほか人工知能が美少女イラストを生成するサービスがあったりなど、その進化は常に話題性のあるものです。この『電気じかけのクジラは歌う』という作品はそこからもっと発展した未来で、人工知能が音楽を制作するようになった世界の話。


 あらすじにもある通り、この『電気じかけのクジラは歌う』では人工知能による作曲サービスによって人間のアーティストが淘汰された世界となっている。確かに人工知能が聴き手の好みに合わせた楽曲を無限に制作できるのであれば、表現者としてのアーティストは注目されにくくなる。


 作中においても、主人公は作曲を諦めむしろ人工知能作曲を支える道を選んだが、それでも人工知能に抗う人物が何人も登場し、現代でいうところのYouTuberのように過激さや奇妙さで話題作りをするアーティストや、作曲を続けているものの廃人同然の生活をしている者など、無限にある作品に埋没しつつもそれぞれのやり方で人工知能の音楽と向き合っている人たちのドラマがある。


 現実でも、無限というわけではないものの、YouTubeの台頭によってアマチュアでも楽曲を発表、もっと広く素人でもエンタメを発信できる時代でもある今、娯楽のコンテンツは無限に限りなく近いくらいの数が存在している。それこそ小説においても小説家になろうやカクヨムなどの小説投稿サイトがあって、ただでさえ商業作品でも読み切れないほどの作品数があるのにアマチュア小説も合わさると、もう一生作品には困らないのかもしれない。


『電気じかけのクジラは歌う』では聴き手の好みに合わせて人工知能が楽曲を提供するが、我々の現実でも音楽や小説でも探せば好みに合致する作品は少なからず出会えるでしょう。その環境において果たして創作する意義はどこにあるのか? もちろん人工知能がある作中世界とは違い現実ではまだまだ人間による表現者の需要はあります。ですが、自分が創作した作品よりも優れた作品が既に存在していたら? 自分が創作した作品は凡庸あるいは劣化でしかなく、創作に伴う苦しみを味わうだけならば、自身が創作する意義はどこにあるのだろうか?


 作中では人工知能による、言わばに埋没していくアーティストたちが登場しますが、しかしながらこれら作中の描写は現実にも通ずるものがあり、さながら現実ではといったところでしょうか。その中で、人気作を生み出すには人気者になる必要がある、新しいものはなく先人の名作をアレンジし続けていくしかない、その結果として迷走し本来の創作の意義を見失う、といった埋没しているが故の創作への行き詰まりは、実際に小説を書くのをやめた自分としては痛いほどに突き刺さりました。


 この『電気じかけのクジラは歌う』では人工知能による音楽でアーティストが淘汰されましたけど、作中と似たようなことを私はカクヨムで経験しましたね。もっと言えば、YouTubeとかTwitterとかのソーシャルメディアにおいて受け手側の一般ユーザーでしかありませんけど、それらのサービスにおいても消費しきれない無限のコンテンツに虚しさを覚えることは多々あり、『電気じかけのクジラは歌う』の世界の話は決してフィクションに留まるものではないと、読みながら強く感じましたね。



 ただし今回読んだ『電気じかけのクジラは歌う』はあくまでフィクションであり、フィクションだからこそ創作の意義という問いテーマに対する答えを結末に提示してくれている。人工知能による無限の音楽があろうが、それでも人間が作曲し続けていく意義はちゃんとある、とした内容はテーマ性としても一貫性があり、また近未来を描いたサイエンス・フィクションとしてもある種の思考実験を見せてくれたこともあって、SFとしてかなり質の高い作品だと感じました。


 SF作品として大変満足しましたけど、同時にもっと早くこの作品に出会えていれば、自分も拙いながらも小説の執筆を続けられていたのかもとふと思ったり。それほどまでに、音楽ではなくとも創作に携わった経験のある方であればクリティカルヒットする内容の小説でした。











 あとこの作品の主人公は、人工知能による作曲サービスを提供している大企業と取引をしているフリーランスですが、奇しくも自分も似たような仕事をしていまして、大手企業から仕事を受けている個人事業主として共感を覚える描写が多々あった点も、また個人的にクリティカルヒットした要素でもありますね。


 とくに作曲家時代の主人公が人工知能音楽の台頭によって仕事がどんどん減っていくシーンとかは、自分も実際にコロナ禍で経験したばかりですので、いやホント心が痛い。いざというときのために蓄えていましたけど、本当にその「いざ」が来てみると、仕事がないことそのものが苦痛で、減っていくだけの貯金を見て焦りが募り、どうすればこの流れを止められるのかがまったくわからないまま時間だけが過ぎていく。その経験がそのまま小説の中で描かれているものですから、作中の主人公に対して「お前は俺か!?」と強く感じました。


 普段フィクション作品に触れるときでも登場人物に共感することはあまりなく、むしろ客観的で俯瞰した視点で楽しむのですけど、今回の『電気じかけのクジラは歌う』では登場人物に共感せざるを得ない内容で、自分としては珍しい体験をさせてもらった作品でもありますね。








 さらにこの作品の気に入ったところをあげると、SF作品としての近未来描写が秀逸だったのもある。人工知能が作曲する時代設定だからこそ、音楽以外でも自動車の自動運転など、人工知能による自動化された未来世界であるのは当然のこと。ですがそれでも変わらないものもあるとし、その一つがスマートフォン。


 以前どこかで書いたかもしれませんが、近未来なのに当たり前のようにスマホが登場するのはいかがなものか、と批判したことがあります。いやだって、90年代のポケベルやゼロ年代のガラケーと進化してきた携帯端末ですから、これからの将来もっと斬新な進化を遂げる端末が登場してもおかしくないはずです。それなのに近未来でそのままスマホを登場させるのはSFとしての想像力が足りていない、と自分は主張しました。


 この『電気じかけのクジラは歌う』の作中でも近未来なのにスマホが登場しますが、しかしながら腕時計や傘などの例を上げつつ、これ以上イノベーションが起きないところまで最適化された道具、という扱いとしてスマートフォンを登場させたのは、いちSFファンとして唸らされた。近未来でスマホを登場させるにあたってこういうフォローがされているのは素晴らしい。スマホが出てくるのは序盤なのですが、序盤にこのシーンがあったおかげでSF作品として一気に引き込まれましたね。











 といった感じで、『電気じかけのクジラは歌う』はSFファンとしてももちろん、創作経験があって現在フリーランスとして仕事をしている自分としては、二重にも三重にもクリティカルヒットした作品でして、自分この小説を読めて幸せだと素直に感じました。なんか、久々に刺さる作品に出合えましたね。いやー満足。








 ということで、『電気じかけのクジラは歌う』でした。










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