【小説】『虹を待つ彼女』を読みました。謎の「新しさ」を感じた興味深い作品だった……

2019年10月25日




 例の如くAmazonを彷徨っているときに、2020年を時代設定にしたIT系の小説を見つけたので、「これは旬のうちに読まなければ」と思い、作中の時代に追いつく前に買って読みました。タイトルは『虹を待つ彼女』







  書籍情報



  著者:逸木 裕


 『虹を待つ彼女』


  KADOKAWA 角川文庫より出版


  刊行日:2019/5/24



  あらすじ(Amazonより転載)

 圧倒的な評価を集めた、第36回横溝正史ミステリ大賞大賞受賞作!!

 2020年、研究者の工藤賢は死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。モデルは美貌のゲームクリエイター、水科晴。晴は“ゾンビを撃ち殺す”ゲームのなかで、自らを標的にすることで自殺していた。人工知能の完成に向け調べていくうちに、工藤は彼女に共鳴し、惹かれていく。晴に“雨”という恋人がいたことを突き止めるが、何者かから調査を止めなければ殺す、という脅迫を受けて――。極上のミステリ×珠玉の恋愛小説! 第36回横溝正史ミステリ大賞受賞作。







 あらすじについては単行本版(刊行日:2016/9/30)の方がより捉えやすいため、こちらも掲載します。


  あらすじ(Amazonより転載)

 二〇二〇年、人工知能と恋愛ができる人気アプリに携わる有能な研究者の工藤は、優秀さゆえに予想できてしまう自らの限界に虚しさを覚えていた。そんな折、死者を人工知能化するプロジェクトに参加する。試作品のモデルに選ばれたのは、カルト的な人気を持つ美貌のゲームクリエイター、水科晴。彼女は六年前、自作した“ゾンビを撃ち殺す”オンラインゲームとドローンを連携させて渋谷を混乱に陥れ、最後には自らを標的にして自殺を遂げていた。

晴について調べるうち、彼女の人格に共鳴し、次第に惹かれていく工藤。やがて彼女に“雨”と呼ばれる恋人がいたことを突き止めるが、何者からか「調査を止めなければ殺す」という脅迫を受ける。晴の遺した未発表のゲームの中に彼女へと迫るヒントを見つけ、人工知能は完成に近づいていくが――。










 昨今様々な分野において実用化されている人工知能を題材にした作品であり、まさに今の時代にとってホットな内容となっています。ミステリーの小説賞で大賞を受賞した作品でして、確かに実際に読んでみると広義的なミステリーとして傑作であることは間違いないですね。ミステリーは何も狭義的な殺人や密室だけのものではない、ということを改めて実感した作品でもありました。


 ミステリーはミステリーなのですけど、謎を追求することに固執しているわけではありません。登場する人物のドラマと作中の謎がうまいこと噛み合っていて、人物にスポットを当てて描いていく過程で謎に直面しどんどんと深みにはまっていく様は、ある種ヒューマンドラマ的な要素も含まれていると言えるのかもしれません。この小説投稿サイト「カクヨム」でのジャンルに当てはめるならば、当然「ミステリー」にも該当しますが、個人的にはむしろ「現代ドラマ」の方がしっくりくるような印象を受けました。またこの作品が執筆された年代を考えると近未来の物語でもありますので、一応「SF」ジャンルとして解釈することもできなくはないといった具合ですかね。一口に「この作品は○○(ジャンル名)だ!」とは言い切れない、多面的な見方ができる小説でした。




 人工知能という専門的な分野のお話になりますが、しかしそれら人工知能に関する説明や描写がペダンチックに語られているわけではないため、冗長で退屈な文章になることなく非常に読みやすかったです。


 というか文体そのものが過度に装飾されたものではなく、ある種シンプルにまとまったスタイリッシュさを感じられるものであり、文字数を感じさせないくらいにスルスルと内容が入ってきます。文庫本で460ページほどある作品で小説としてそこそこ長いお話になりますが、軽快にページを捲ることができるあたり、作者さんの筆力の高さが伺えますね。デビュー作でこれとは、いやはや恐ろしい……。






 ミステリーに限らずあらゆる媒体の作品において、物語としての到達点があると思います。その結末としての到達点が読めてしまう作品もあったりしますし、どんでん返しを繰り返して意外性により予測不能な展開であったりと、物語には必ず目指すべきオチというものがあります。


 この『虹を待つ彼女』という小説もきちんと完結した結末が用意されているのですが、しかし読み進めている間は、全くもって結末の予測ができない作品でした。それはストーリー構成の意外性により二転三転するといったものではなく、確かに結末に向けて話は進んでいるのに目指すべき場所がまるでわからない、といった感覚でしたね。


 王道な推理小説であれば犯人を暴いて終わりですし、この『虹を待つ彼女』では「故人を人工知能で再現する」という目的があってそこに向かってストーリーが進展していき謎が生まれては真実が明かされるのですが、ではその人工知能が完成したら一体どうなるのか、人工知能が完成した先に何があるのか、ということがベールに包まれているという感じですかね。順調に物語は進むのに到達点だけが想像できない、というのはすごく新鮮さがあって、なかなかできない読書体験だったような気がしています。






 といった具合で、『虹を待つ彼女』という小説は様々な角度から見ることができ、さらには物語としての新しさもあって、しかも異常なまでのリーダビリティを発揮しているという、かなり贅沢な作品に仕上がっている印象を受けました。おそらく幅広い層にウケるであろう、読む人を選ばない作品だと感じました。


 あえて読む人を選びそうな要素を上げるとすれば、主人公の性格がかなり拗らせていて、おそらく多くの人が嫌な奴と認識するところですかね。この主人公の性格を受け入れられれば一気に物語が加速するといった具合かと。というかこの主人公だからこそこのストーリー展開があって、そしてあの結末に至るので、尖った主人公が持ち味の作品ともいえるかもしれません。関係ないですけど主人公の性格がなんだか自分と似ているような気がして謎の親近感がわきました。






 という感じで、人工知能を題材にしたミステリー作品『虹を待つ彼女』についてでした。面白かったです。







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