【小説】『プロジェクトぴあの』を読みました。オタクカルチャーだけど想像以上にハードSFだった
2021年10月31日
前々から気になっていたものの、上下巻もので長い作品だったのでなかなか読むタイミングがつかめなかったのですが、今回時間を作って読んでみました。まあ思っていた以上に難解科学のハードSFで読むのに時間がかかってしまいましたけどね。タイトルは『プロジェクトぴあの』。
書籍情報
著者:山本 弘
『プロジェクトぴあの』
早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2020/3/18
あらすじ(Amazonより転載)
上巻
ようこそ旧人類ども。これは結城ぴあの―人類の恩人、科学の歌姫、最後のアイドル―の物語だ。男の娘のボク―貴尾根すばるは、秋葉原の電気街で彼女と出会った。「宇宙へ行きたい」と大真面目に語るぴあのは、やがてトップアイドルに上り詰め、物理法則をねじ伏せ、大発明で世界を変革する。そんな最高にマッドな突然変異の超天才に恋をしてしまったボクは…。閉塞したリアルを打ち破る、山本弘・ハードSFの最高到達点!
下巻
結城ぴあのは無理解な箪笥の群れを押し退け、超光速粒子推進を実用化した「ピアノ・ドライブ」の開発に成功した。人類はとうとう、光の速度を超えてあらゆる場所へ旅する手段を獲得したのだ!実現に近づく「宇宙へ」という彼女の渇望。地球の外へ、そして系外宇宙へ飛び出さんとする眼前に立ちはだかった最後の強敵は、太陽の怒りだった―!?全ての不可能を可能にする山本弘・ハードSF、その最高傑作。
作者はお馴染み山本 弘 先生。SF作家としての活動が長いのはもちろん、小説投稿サイト「カクヨム」でも投稿されており(@hirorin015)、確かカクヨムがサービス開始した頃にやっていたラジオだったかニコ生だったかで、パーソナリティの声優さんが山本氏の作品を取り上げたのを記憶しています。プロでしかもベテラン作家であることを知らないまま取り上げ案の定総ツッコミされた挙句、紹介後に明かされた企画内容が、取り上げた作品の作者に声優のサイン色紙を一方的に送り付けるというもので、ベテラン作家宛てに若い声優さんのサインを送る流れが面白かったですね。
その他近年だと、創作界隈で論争となった「異世界シャワー問題」の発端となった発言をされた方でもあります(確か16年か17年頃だったと記憶しています)。また18年では脳梗塞で倒れられまして、カクヨムで闘病日記を投稿されています。
その脳梗塞の事情もあり、この『プロジェクトぴあの』は「ハードSF作家山本弘の遺書」とされている作品でもあります。詳細は『プロジェクトぴあの』のあとがきをお読みください。早川書房があとがきを公開しています。
「これは "ハードSF作家・山本弘" の遺書だと考えてください。」『プロジェクトぴあの』著者あとがき全文公開
https://www.hayakawabooks.com/n/nf9f666619589
さて、今回読んだ『プロジェクトぴあの』ですが、一言にオタクカルチャーなハードSFといったところで、小説の内容も一言で言い表すと「アイドルの少女が宇宙を目指す」というものになります。
導入部分からAR(拡張現実)が発展した少し先の近未来(2020年代頃)として描かれ、秋葉原発信のオタク文化の観点から物語が進んでいきます。上巻の中盤以降ではAR技術を活用したライブシーンは圧巻で、実に映像向きな内容だと感じました。
ただまあ、作中で描かれているオタク観は若干古臭さ(懐かしさ)があるように感じられました。作中後半に登場する新動画投稿サイトのアイディアはもうYouTubeとかで行われているし(それに作中の新動画サイトの課金システムを実際にやったら流行らない以前にクソ過ぎて炎上しそう)、そもそも現実の秋葉原はもうオタクの街ではなくなっていて寂れていますしね。
ただこの作品は2014年に単行本として発表されていることを考慮すると、この頃であればまだ秋葉原もオタクの街でしたし、ニコニコ動画もまだ活気があった時代でもありましたので、14年頃から分岐した近未来と思えば納得できます。
とはいえこのオタク文化の未来観については的中しているものもあって、作中で描かれているバーチャルなアイドルの出現によりリアルアイドルの人気が奪われるというのは、実際にVTuberの台頭を見ると確かにその通りになったという感想になります。もっともこれも2010年代頃の初音ミクをはじめとするボーカロイドから着想を得たと思われる未来観だと思われますけど。
そういったオタクカルチャーを下地にして、宇宙に焦がれる人気アイドル結城ぴあのが独力で宇宙を目指すお話。その宇宙を目指す過程において、様々なアプローチで既存の物理学に挑戦していくエピソードが、オタクパートと交互に描かれていく展開。
この科学パートがまた難解でして、難解科学の描写は実にSFらしいSF、それこそハードSFといっていいくらいのレベルの高い話が続いていくといったところ。SFに慣れていても、説明が専門的過ぎて正直よくわからない部分もありました。まあ要点がつかめるよう嚙み砕いていますので、全く理解できないものでもないのですけどね。説明描写における取捨選択の上手さはさすがベテランSF作家だと感じましたね。
そんなこんなで、ARを活用した映像向きなアイドルパートと、難解な理論構築をじっくり読ませる科学パートという両極端の要素を融合させ、またそういったギャップも楽しいのが上巻の内容になります。
一方下巻では、上巻のラストにおいて見出した物理学の常識を覆す新理論をもとに、実際に宇宙進出していく物語になります。
ハードSFとして難しい科学の話は上巻で描いているため、下巻は理論よりも行動に移していくことが多く、難解さは控え目で割と「そういうもの」として飲み込めるシーンが特徴的ですかね(もっとも下巻を読むころには作品の難解さに慣れてしまっているせいもあるかも)。あと下巻ではアイドルパートとかオタクパートも控え目で、ガッツリ宇宙進出パートとして描かれている。
そのため、SF描写や科学描写がメインの上巻とは違い、下巻ではフィクションとしてのドラマ性としての読み応えがあったように思えました。
結末に関しても、変人(天才)ヒロイン結城ぴあのらしいオチだと感じ、読後感もよかったです。ホント、超大作に相応しい意外性もあって、久々に熱中できるSFを読んだ気がしますね。
そんなこんなで、上下巻で長い話、しかも難解科学で読むのに時間がかかる作品ですが、SFとして素晴らしい作品だと感じました。読んだ時期的なものもあるかもしれませんが、秋の夜長に相応しい作品ではなかろうか。
SFファンでなくともハードSF入門としてもオススメできるくらいキャッチーな題材でもあるので、是非。(難解だけど一応文章は読みやすいので)
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