【小説】『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』を読みました。読みやすいけど、かなりマニアックなセレクトだ!
2020年10月23日
今年は早川書房から『2010年代SF傑作選1』『2010年代SF傑作選2』が出版され、今現在のSFシーンを把握するのに最適な二冊となりました。そして夏には『日本SFの臨界点』と題して、『2010年代SF傑作選』の編者の一人である伴名 練氏が新たに編纂した作品集が登場しました。『2010年代SF傑作選』ではベテラン作家と新人作家で分けられていましたが、今回は恋愛編と怪奇編で組んでおり、その恋愛編を読んでみました。
書籍情報
編者:伴名 練
『日本SFの臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人からの手紙』
早川書房 ハヤカワ文庫JAより出版
刊行日:2020/7/16
あらすじ(Amazonより転載)
『なめらかな世界と、その敵』の著者・伴名練が、全力のSF愛を捧げて編んだ傑作アンソロジー。恋人の手紙を通して異星人の思考体系に迫った中井紀夫の表題作、高野史緒の改変歴史SF「G線上のアリア」、円城塔の初期の逸品「ムーンシャイン」など、現在手に入りにくい、短篇集未収録作を中心とした恋愛・家族愛テーマの9本を厳選。それぞれの作品への解説と、これからSFを読みたい読者への完全入門ガイドを併録。
恋愛編収録作品は、
中井紀夫『死んだ恋人からの手紙』
藤田雅矢『奇跡の石』
和田毅『生まれくる者、死にゆく者』
大樹連司『劇画・セカイ系』
高野史緒『G線上のアリア』
扇智史『アトラクタの奏でる音楽』
小田雅久仁『人生、信号待ち』
円城塔『ムーンシャイン』
新城カズマ『月を買った御婦人』
です。
ネタバレにならない程度に作品を紹介していきます。
『死んだ恋人からの手紙』は、宇宙戦争に出兵した男性と残された女性との超遠距離通信の話。通信の際に異空間を通過させる性質上通信にランダムのタイムラグが発生するため、女性のもとに届くメッセージは時系列がバラバラになってしまい、何度も話が前後しながら語られるのが特徴。でもストーリー構成としてはしっかり順序立てているので読みやすい。通信によって語られる地球外生命体の生態もかなり面白い。
『奇跡の石』はソ連時代の超能力SF。共産圏にて特殊能力者が住まう村に滞在する話で、とくに異質な能力を持つ幼い姉妹との交流が描かれている。超能力を題材としているせいか割とフワッとした内容ではあるが、むしろそういった要素がラストのオチに味わいを増している要因になっているのかもしれません。
『生まれくる者、死にゆく者』はさらにフワッとした話。老人は自然消滅のように亡くなっていき、子供は自然発生のように生まれてくるという、かなり特殊な世界。まるでファンタジー作品のような幻想感のある作品ですが、内容はかなりいい感じの家族愛の話。
『劇画・セカイ系』はセカイ系を全力で皮肉ったライトノベル的な作品。ゼロ年代に流行ったセカイ系のような青春時代を過ごした主人公は、当時のヒロインとの決別ののちうだつが上がらない人生を過ごす大人になったものの、ある日そのヒロインが帰還してくる。だが主人公には現在の恋人がいて修羅場突入さあどうなる!? みたいな感じ。
『G線上のアリア』は歴史改変もの。中性ヨーロッパに電話回線が登場していたらというifな設定。この電話回線に関する考察というか設定がかなり興味深いのがポイント。最終的にインターネット的な広がりにまで拡大していき、SFとして面白い要素が詰まった作品。
『アトラクタの奏でる音楽』は唯一の百合SF。ARが普及した京都を舞台に、路上ライブを活用した新しい技術を試行錯誤しながら研究しつつも、アーティストと技術者との大人百合百合がなかなかに尊くていい……。SFとしてもちょっと先の近未来感がエモくてこれもいい感じ。
『人生、信号待ち』も割とフワッとした不思議系の話。信号待ちの間で居合わせた男女が一生を過ごす内容で、導入としてはかなりホラーな感じ。……ホラーというか世にも奇妙な物語っぽい感じ。中盤もオチも含め全体としてもやっぱり世にも奇妙な物語。
『ムーンシャイン』はいつもの円城塔作品。円城塔作品はわからないという感覚を楽しむ要素がありますが、この作品も例に漏れずやっぱりよくわからない。ただ他の作品と違う点としては、これまでの前衛的であり感覚としてよくわからないというものではなく、この作品はただ普通に難解なSFであるところ。数学SFですが数学用語がもうそもそも理解できねぇ……。
『月を買った御婦人』は19世紀のメキシコ帝国を舞台にした歴史改変もの。公爵令嬢に求婚した殿方に対してお嬢様は「月が欲しい」と言い出し、結果として月に到達するためにどんどん科学技術が発展していく大胆な歴史改変。要は19世紀版竹取物語。
さて収録作品を簡単に紹介してきましたが、恋愛編と銘打っているだけあって作品のドラマ性がよく、またSFとしてもそこまで難しい内容でもないので(円城塔作品は例外)、小説としてとても読みやすい部類に入る作品ばかりだったのではと思いました。
一方で、今ではもう手に入りにくい書籍未収録作品を中心に集められたせいか、ラインナップがかなりマニアックであり、むしろ玄人向けのアンソロジーですらあるといった感じもしました。
読みやすいけど、でもハードルが高いという矛盾。何といいますか、よくも悪くもSFマニアによるSFアンソロジーといったところでしょうか。
最後の入門ガイドのSF解説はとてもためになるものですが、基本的にSF入門に相応しいのは『2010年代SF傑作選』だったような気がしました。『2010年代SF傑作選』でSFの魅力に気付いたのなら、次は『日本SFの臨界点』でもっとディープな世界に踏み込んでいく、みたいな感じでいいと思います。
といった具合で、今回は『日本SFの臨界点[恋愛篇]』でした。
次は『日本SFの臨界点[怪奇篇]』です。
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